光周波数帯で作動する高速応答ダイオードを実現 ― 光の波動性を用いた新たな光電変換を可能に ―

2020/01/27

発表のポイント

  • 光をアンテナで捉えダイオードで整流することで電力として取り出すことができ、従来の光の粒子性に基づく光起電力効果(太陽電池)とは異なる光の波動性に基づいた光電変換が可能となります。
  • マイクロ波領域(数GHz)では90%以上の変換効率が実現されており、高効率な電力変換技術であることが明らかになっていますが、可視光の波長域(数百THz~)では既存のダイオードでの整流が困難であり、高速(数百THz~)で作動するダイオードの実現が必要でした。
  • これまでに報告されている高速応答ダイオードと比較し、約1,000倍の電力変換効率向上に寄与するダイオード性能を実証しました。さらに構造最適化によって約10,000倍まで光電変換効率の向上が可能であることがわかりました。

概要

光を直接電力に変換するデバイスの一つに"レクテナ"があります。これは、アンテナで捉えた光(電磁波)をダイオードで整流するデバイスです。このデバイスにおいて、これまでに電子レンジの波長域(マイクロ波領域(数GHz))では90%以上の電力変換効率が得られていましたが、太陽光のような可視光波長域(数百THz~)では、このような高い周波数で作動する高速応答ダイオードがないため作動できませんでした。東北大学大学院工学研究科の松浦大輔(当時 修士学生)、清水信(助教)、湯上浩雄(教授)のグループは金属―絶縁体―金属トンネルダイオードにおいて、トンネル層と金属の間に自然酸化膜を意図的に成長させることでダイオードの高速応答性能が大幅に向上し、従来の10,000倍の光電変換効率向上が可能であることを明らかにしました。

本研究成果はSpringer Nature社の学術誌「Scientific Reports」に2019年12月23日付(英国時間)でオンライン公開されました。

詳細な説明

1. 研究背景

レクテナ(rectifier + antenna)とは図1に示すようにアンテナとダイオードから構成されるデバイスであり、電磁波をアンテナで捉えダイオードで整流することで直接、電力として取り出すことができます。この原理によって光を電力へ変換するデバイス「光レクテナ」は光の波動性に基づく新たな光電変換技術として注目されています。電子レンジの波長域(マイクロ波領域(数GHz))では90%の変換効率が報告されていることからわかるように、非常に高効率な光電変換が実現可能であり、従来の太陽電池を凌駕する光電変換デバイスの実現が期待されています。また、全ての物体からは熱ふく射(赤外光)が放出されており、これらの熱ふく射を電力利用するこれまでにない電源システムの実現も期待されます。例えばウェアラブルデバイスや自立型センサなどの電源といった応用が可能になると考えています。


図1 光レクテナを用いた電力変換イメージとその光電変換メカニズムの概要

しかし、光を整流するためには数百THz以上で振動する電場に対して応答するダイオードが必要です。高速応答のためにはダイオードの電気抵抗と静電容量の積、すなわちRC時定数を下げる必要がありますが、既存のpn接合型ダイオードでは低減できるRC時定数に限界があり光の整流は困難でした。高速応答に適したダイオードとしては金属―誘電体―金属(MIM)トンネルダイオード※1が知られています。このダイオードではトンネル層として数nm厚さの誘電体層を均一に形成する必要があり作製が難しいという欠点がありますが、このダイオードを低抵抗化することで光の周波数において応答可能なRC時定数が実現できると考えられています。これに加えてさらにダイオードの整流性能、すなわち電流―電圧曲線の非対称性(逆バイアス時と順バイアス時の電流比)も重要な因子になりますが、図2に示すようにMIMトンネルダイオードにおいては抵抗の低減と非対称性の向上はトレードオフの関係にあります。つまり、低抵抗化のためにトンネル層厚さを薄くしたり、障壁の高さを小さくしたりすると非対称性は低下し、整流性能が下がってしまいます。したがってMIMトンネルダイオードの最適化だけでは高効率な光電変換が実現できず大きな課題となっておりました。


図2 レクテナ光電変換効率とダイオードの電流密度(抵抗の逆数)および電流—電圧曲線非対称性との相関図(一点鎖線)。先行研究で報告されているダイオードの性能(黒点)および各種材料を用いたMIMダイオードの理論性能(破線)。
2. 研究成果

図2に示すように高い光電変換効率を実現するためにはダイオードの低抵抗化と非対称性を同時に向上させることが必要です。これに対し研究グループはトンネル層を構成する金属酸化物とその金属を用いた電極層(本論文では酸化チタン(TiO2)とチタン(Ti))の間に酸素不定比性※2の自然酸化膜(TiO2-x)を形成することでダイオードの高速応答性と高い非対称性が実現され、光電変換効率を大幅に向上できることを明らかにしました。この特性はトンネル障壁形状の概略図(図3)に示されるように酸素不定比性を持つ酸化物層の導入によって、単純なMIM構造よりも順バイアス時の有効トンネル障壁厚さが縮小することで電流密度が向上するのに加え、順―逆バイアス時の有効トンネル障壁厚さの差が大きくなり、非対称性も向上することに起因しています。


図3 酸素不定比性の自然酸化膜形成によるMIMトンネルダイオードのトンネル障壁形状制御およびダイオード特性向上のイメージ図

実際の構造としてはスパッタした下部電極層(Ti)を大気中で加熱することで表面に自然酸化膜(TiO2-x)を形成し、原子層堆積法※3によってトンネル絶縁層(TiO2)を形成した後、上部電極層(白金(Pt))をスパッタした積層構造となっています。作製した構造断面を透過型電子顕微鏡によって観察すると、想定した界面構造が形成できていることがわかりました(図4)。また作製したダイオードの電流―電圧曲線は、酸素不定比性酸化物層を有するトンネル障壁モデルを用いて解析した結果とよく一致し、一方で酸素不定比性酸化物層の無い構造の解析結果とは差が見られました。以上の結果より酸素不定比性の自然酸化膜がダイオード特性に影響し、高い電流密度と非対称性の向上に寄与したことが明らかとなりました。


図4 (左上)TiO2-x層を有するMIMトンネルダイオードの電流—電圧曲線の実測値(黒点)とTiO2-x層あり(青破線)とTiO2-x層なし(赤破線)の場合の解析結果。(右上)MIMダイオード理論性能値と実測性能値の比較。(中央下)作製したダイオードの上面SEM像と断面TEM像。
3. 今後の展望

本研究は光レクテナ用のダイオードとして、酸素不定比性の自然酸化膜を形成しトンネル障壁形状を制御することで、従来のMIMトンネルダイオードを用いた場合の理論値と比較して1,000倍以上の効率向上(先行研究において可視光域の発電に成功した光レクテナ用ダイオード比[2])が実現可能であることを示した画期的な成果です。さらに自然酸化膜の膜厚最適化により、約10,000倍の高効率化が期待できることも明らかとなり、光レクテナの実現性向上に大いに貢献する技術であると考えています。

今後は本ダイオードを組み込んだレクテナシステム実現のため、光アンテナの作製およびそれらを組み合わせた光電変換システムの作製を行い、エネルギー変換や情報通信技術等へ応用していくことを考えています。

エネルギー変換デバイスへの応用としては高効率な太陽光発電デバイスやアンテナの設計によって感度波長域が任意に制御可能である特徴を生かし、人体のような室温付近の物体からの中・遠赤外光を光電変換することによるセンサ用電源等への応用が期待できます。また、我々がこれまでに取り組んできた熱光起電力発電(Thermophotovoltaics; TPV)システム[3-5]への応用も考えられます。図5に示すようにTPVは熱源によって中間体を加熱し、中間体からの熱ふく射を光起電力(Photovoltaic; PV)セルで発電するシステムで、太陽光や工業排熱といった様々な熱の有効利用を可能とします。中間体からの熱ふく射スペクトルを制御することでPVセルの感度波長域との整合性を向上し、高い発電効率・発電密度を実現することができます。このシステムにおいては赤外光用PVセルの発電性能向上が大きな課題の一つとなっており、赤外光用PVセルに代わり光レクテナを用いることで高効率な光電変換を可能とし、TPVシステムを用いた太陽エネルギーおよび工業排熱の有効利用促進に寄与すると考えられます。さらに、今後予想される通信周波数帯の増大に対応する電子デバイスの高速化技術等への貢献も可能であることから情報通信分野への応用も期待されます。


図5 熱光起電力発電(TPV)の概要

論文情報

Author:Daisuke Matsuura, Makoto Shimizu and Hiroo Yugami
Title:High-current density and high-asymmetry MIIM diode based on oxygen-non-stoichiometry controlled homointerface structure for optical rectenna
Journal: Scientific Reports, 9, (2019), 19639.
DOI: 10.1038/s41598-019-55898-x

参考文献

[1] W. C. Brown, “Optimization of the efficiency and other properties of the rectenna element”, 1976 IEEE-MTT-S International Microwave Symposium, (1976), 142.
[2] A. Sharma, V. Singh, T. L. Bougher and B. A. Cola, “A carbon nanotube optical rectenna”, Nature Nanotechnology, 10, (2015), 1027.
[3] M. Shimizu, A. Kohiyama and H. Yugami, “High-efficiency solar-thermophotovoltaic system equipped with a monolithic planar selective absorber/emitter”, Journal of Photonics for Energy, 5, (2015), 053099.
[4] A. Kohiyama, M. Shimizu and H. Yugami, “Unidirectional radiative heat transfer with a spectrally selective planar absorber/emitter for high-efficiency solar thermophotovoltaic systems”, Applied Physics Express, 9, (2016), 112302.
[5] A. Kohiyama, M. Shimizu and H. Yugami, “Radiative heat transfer enhancement using geometric and spectral control for achieving high-efficiency solar-thermophotovoltaic systems”, Japanese Journal of Applied Physics, 57, (2018), 40312.

用語解説

※1:金属―誘電体―金属(MIM)トンネルダイオード

仕事関数が異なる2種類の金属によって数nmオーダーの誘電体層が挟まれた構造をしており、左右の金属にバイアスを加えるとトンネル効果によって電子が移動します。左右の金属の仕事関数に差があるためトンネル障壁の形状が非対称となり、順バイアスと逆バイアスでトンネル障壁に差が生じ整流性能を示します。

※2:酸素不定比性

化合物の酸素組成が定比からずれているものです。金属表面に形成される自然酸化膜には酸素空孔が含まれており、定比より酸素が欠損した状態になっています。このような酸化物が作るトンネル障壁は定比の酸化物より小さくなります。

※3:原子層堆積法

原子層堆積(Atomic layer deposition)による成膜方法です。CVDと異なり、違う種類のプリカーサがそれぞれ独立のステップとして導入され排出されます。各ステップにおいてプリカーサ分子は基板表面で吸着可能なサイトが表面になくなった時点で反応は終了します。そのためサイクル数をコントロールすることで任意の構造・サイズの基板に対して高精度かつ均一に成膜することができます。

謝辞

本研究の一部は科研費 挑戦的萌芽研究JP15K13395の支援を受けて行われました。またTEMによる構造観察およびX線反射法による酸素不定比性酸化物層の解析は東北大学工学部技術部合同計測分析班の宮崎孝道様、東北大学電気通信研究所研究基盤技術センター評価部の丹野健徳様に多大なるご協力をいただきました。

お問合せ先

東北大学工学研究科・工学部 情報広報室
TEL:022-795-5898
E-mail:eng-pr@grp.tohoku.ac.jp
ニュース

ニュース

ページの先頭へ