化学強化ガラスの強さを局所評価できる新手法を開発 - 落としても割れないスマホガラスの実現に向けて -

2020/02/21

【発表のポイント】

  • 化学強化ガラス(*1)の強さの起源である残留圧縮応力の局所評価に成功
  • 従来法と比べて高い空間分解能(~1 µm)を有する
  • ガラス構造と強さの関係を理解できる
  • より強くて割れにくいガラスの開発や品質検査への応用が期待される

【概要】

東北大学大学院工学研究科応用物理学専攻の寺門信明助教と、佐々木隆成氏(当時、大学院修士課程)、高橋儀宏准教授、藤原 巧教授らは、有限会社折原製作所との共同研究により、化学強化ガラスにおける残留応力を高い空間分解能(~1 µm)で非破壊・非接触に評価する手法を開発しました。

スマホのカバーガラスとして爆発的に普及した化学強化ガラスですが、その強さ・割れにくさは残留圧縮応力とその空間分布に大きく左右されます(図1a)。しかし、従来の検査方法ではその空間分布を詳細に評価することが困難でした。今回、顕微ラマン分光(*2)と「詰め込み効果」(*3)と呼ばれる化学強化モデルに基づいて応力の局所評価式を導出し、市販の化学強化ガラスの応力分布を求めることに成功しました(図1b)。また、その評価式はガラスの組成や網目構造に関する情報を含むことから、「割れにくい」からより強くて「割れない」ガラスの開発や品質管理への応用が期待されます。

本研究成果は,英国オンライン科学誌「Communications Physics」に令和2年2月21日に掲載されました.


図1.a) 化学強化ガラスと圧縮応力層.圧縮応力がキズの伸展を防ぎガラスを割れにくくする.b) 新手法によって得られた残留応力の深さ依存性と顕微ラマン分光の概略図.強さの起源である残留圧縮応力の空間分布をレーザー光によって非破壊・非接触に評価できる.

【詳細な説明】

研究の背景

酸素とケイ素(化学記号Si)などを主成分とする酸化物ガラスは、古くから人工的に生成され、ガラス瓶や窓ガラス、そして光ファイバーなど、透明で美しい材料として我々の生活に身近な材料の一つになっています。このガラスは、しかし、脆く壊れやすい材料でもあり、ちょっとしたキズが要因で割れてしまいます。イオン交換という化学方法により、イオン半径の大きな原子をガラス表面から浸透させて圧縮応力層を形成し、キズによる割れやすさを克服したものが化学強化ガラスです。代表的な化学強化ガラスは、ゴリラガラスやドラゴントレイルといった製品名で知られています。

この割れにくいという性質を利用して、スマートフォンやタブレットなど、携帯端末のカバーガラスとして爆発的に普及した化学強化ガラスですが、その強さは残留圧縮応力の大きさと空間分布に強く影響されます。ガラスは、規則的で均一な構造を持つ結晶材料とは大きく異なり、空間的に不均一な網目のような構造を持つ材料です。網目の大きさが異なる多様な微小構造の集合体がガラスといってよいかもしれません。そのため、イオン交換によって生じる応力の変化は微小な構造ごとに異なり、実は不均一な空間分布を持つのでは、そして、小さなキズによって特に割れやすい領域があるのではと予想されます。しかし、従来の検査方法では数mm~cm程度が限界であり、その空間分布の詳細を知ることは困難でした。

研究内容の詳細

当研究室では、ラマン分光法という計測方法によって、種々のガラス構造を統一的に特徴付ける研究を従来から進めていました。ボソンピークと呼ばれるガラスに特有の分光特性が、その単位体積とある一定の関係を持つという発見もその一つです[1]。今回、それらの知見を活かし、顕微ラマン分光と「詰め込み効果」と呼ばれる強化の基礎モデルに基づいて残留応力の局所評価式(図2)を導出し、市販の化学強化ガラスの残留応力分布を求めることに成功しました。この評価式はガラスの組成や網目構造に関する情報を含むことから、残留圧縮応力の空間分布をµmの空間精度で評価でき、強さの主体となる起源を明らかにできると考えられます。


図2.イオン交換によるガラス構造の変化と応力評価式.母体ガラス(a)のNa+をより体積の大きなK+に交換することを考える.b)はガラスの体積の緩みがほとんどなく圧縮応力が最大となる.c)は現実の化学強化に相当し,体積の緩みと圧縮応力が両方存在する.一方d)は体積が完全に緩んだ状態であり圧縮応力は存在しない.「詰め込み効果」の新たな解釈に基づき,残留応力σがヤング率Eとポアソン比νのほか,ガラス固有の網目・ランダム構造などを反映する平均原子容V,イオン交換率s,及び構造緩和率rによって決定できることを導いた.ここで,パラメータV, s, とrは顕微ラマン分光を用いて評価されるため,残留応力を高い空間精度で評価することが可能となる.
研究の意義・今後の展望

化学強化ガラスは私たちが毎日手に触れる身近なガラス材料ですが、微小構造の観点からガラスの強さを高い空間精度をもって評価する手法はありませんでした。今後、この画期的な方法によって強化ガラスの緻密なデザインが可能となり、「割れにくい」からより強くて「割れない」ガラスの開発や品質管理への応用が期待されます。

用語解説

*1化学強化ガラス

詰め込み効果(*3)を利用して表面に圧縮応力を与えたガラスのこと.通常のガラスの弱点であった割れや傷に対する耐性を持つ.

*2顕微ラマン分光

レーザー光を集光照射して散乱光スペクトルを局所評価する手法.ガラス固有の網目構造などに関する情報を得ることができる.

*3詰め込み効果

ガラス内部のアルカリイオンをイオン半径のより大きなものに交換することによってガラスの網目構造が圧迫される現象のこと

参考資料

[1] K. Nakamura, Y. Takahashi, M. Osada, T. Fujiwara, J. Ceram. Soc. Jpn. 121, 1012–1014 (2013).

論文情報

タイトル:A novel method for stress evaluation in chemically strengthened glass based on micro-Raman spectroscopy
(和訳:顕微ラマン分光法に基づく化学強化ガラスの新応力評価法)
著者: Nobuaki Terakado, Ryusei Sasaki, Yoshihiro Takahashi, Takumi Fujiwara, Shuji Orihara, Yoshio Orihara
掲載誌: Communications Physics(DOI: 10.1038/s42005-020-0305-7)
URL: https://www.nature.com/articles/s42005-020-0305-7

お問合せ先

東北大学工学研究科・工学部 情報広報室
TEL:022-795-5898
E-mail:eng-pr@grp.tohoku.ac.jp
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