貼る注射「マイクロニードルポンプ」を開発

~「流れ」を発生するマイクロニードルが薬やワクチンの高速注入を可能に ~

2021/01/29

発表のポイント

  • 多孔性材料によるマイクロニードルを実現(ポーラスマイクロニードル)
  • ニードル孔内への電荷固定によって電気浸透流の発生に成功
  • 皮膚を通した薬剤注入と組織液採取の高速化を実証
  • バイオ電池による駆動も可能(オール有機物の使い捨て型ニードルポンプパッチ)

概要

痛みを感じない短針が多数並んだマイクロニードルは、美容分野で急速に普及し、さらにリモート医療の要であるセルフメディケーション(自主服薬)や簡易ワクチン投与への利用拡大が期待されています。しかし、薬剤やワクチンをマイクロニードルに塗布(もしくは内包)して皮膚刺入後に溶出させる従来の方法では、注入量と注入速度に制限がありました。東北大学大学院工学研究科および高等研究機構新領域創成部の西澤松彦教授のグループは、多孔性のポーラスマイクロニードルを開発し、電気で「流れ」(電気浸透流)が発生する性質を付与することによって、電気式の貼る注射「マイクロニードルポンプ」による多量・高速の注入、および皮下組織液の高速採取を可能にしました。

今後は、先に発表したバイオ発電パッチ[1]に組み合わせることで、オール有機物の使い捨て型ニードルポンプパッチとして、美容・健康・医療分野における経皮セルフメディケーションおよび簡易ワクチンへの応用を進めます。

本研究成果は、2021年1月28日付で科学誌「Nature Communications」で公開されます。


“バイオ発電で「流れ」を生む” オール有機ニードルポンプパッチ

詳細な説明

超高齢化、大規模自然災害、さらにコロナ禍を通して、高効率なリモート社会システムへの移行が急がれる中、リモート医療の要であるセルフケア(各自で行う健康管理)のためのインフラ整備が進み、在宅オンライン診断やウェアラブルデバイスによる常時健康管理、そして安全で適切なセルフメディケーション(自主服薬)などの充実が望まれています。セルフケアデバイスを象徴する先進ツールとして注目される「マイクロニードル」は、痛みを感じない数100ミクロンの短い針(マイクロニードル、MN)が多数並んだ「貼る注射」であり、既に美容分野ではヒアルロン酸パッチが急速に普及しています。そして、薬剤やサプリメントの高効率な経皮浸透、さらにワクチンの投与方法としても注目され期待が集まっています。


図1  リモート・セルフケア社会を支えるマイクロニードル技術

注射針のような中空のマイクロニードルを再現性良く作製するのは未だ困難です。そのため、マイクロニードルによる薬剤投与には図2左に示す2種類の方法が考えられてきました。1つはニードルの表面に塗った薬剤やワクチンが皮膚への刺入後に溶け出すタイプで、もう1つは、薬剤を含むマイクロニードル全体が溶けるタイプです。マイクロニードルに塗布・内包できる薬剤は少量に限られ、脆弱な薬剤については塗布・内包の操作、および保存が困難な場合があります。また、両タイプ共に、薬剤の溶出には一定の時間が必要です。そのため、多量の薬剤やワクチンを高速で注入できるマイクロニードル技術の創出が、医薬分野での用途拡大と普及促進に有効だと期待されてきました。


図2 ポーラスマイクロニードルが多量・高速の皮下注入を可能に

東北大学の研究グループは、多孔性のポーラスマイクロニードル(PMN)を創出し(図2右)、これを用いる新タイプの経皮投薬システムによって、上記課題(多量薬剤の高速投与)の解決を目指しました。そのためにはPMNを通して「流す」メカニズムの開発も必要です。注射器のように圧力で押し出す(吸い込む)方法は、完全に密封された接続を必要とし、マイクロニードルに組み合わせるのが困難です。そこで我々は、電気で発生・制御が可能な「電気浸透流(EOF, Electro Osmotic Flow) 」に着目しました。EOFは、固定電荷を有するイオン導体が、対イオンの移動方向へ溶媒(水)の移動を引き起こす現象です。例えばハイドロゲルの高分子鎖に電荷が固定されていると(図3ではマイナスイオンが固定)、プラスイオンの移動がEOFを生み出します。このようなハイドロゲルを充填してPMNに電荷を固定すると、経皮投薬や組織液の採取をEOFで加速できると考えました。さらに、図4に示す様に、酵素によるバイオ発電パッチ[1]と組み合わせることで、電源装置から解放された「オール有機物の使い捨て型ニードルポンプパッチ」が実現し、電源事情に恵まれない途上国や被災地などへの医療普及にも寄与すると考えられます。


図3 PMNに適した電気式の「流す」メカニズム
電気浸透流の原理(マイナス固定のゲルの場合)

図4 バイオ発電PMNパッチのEOF効果で高速化する経皮注入・採取

実験結果の一例を図5に示します。PMNとフルクトース/O2電池によるバイオ発電パッチによって、外部からの電力供給を必要としない自立型デバイスとして駆動させる可能性を探りました。図5aに示した写真の様に、3セルを直列つなぎして高電圧化しています(図5b)。フルクトース溶液はバイオ電池とPMNの間のコットンに含ませてあり、 O2 は大気中から取り込まれます。図5cはアノードで観察されたデキストリンのブタ皮膚への注入、図5dはカソードでのグルコースの抽出実験の結果です。PMN無しでは進まないデキストリンの皮下注入が確認され、グルコースの抽出についてもEOFによる明らかな促進が確認されました。


図5 バイオ電池PMNパッチによる経皮EOF:(a)バイオ発電PMNパッチの写真、(b) フルクトース/O2バイオ電池の構造と出力特性、(c)アノードにおけるブタ皮膚切片へのデキストリンの注入、(d)カソードにおけるグルコースの抽出

今後の展開

多孔性のポーラスマイクロニードル(PMN)を創出し、電気浸透流(EOF)の発生が実証できたことによって、既存マイクロニードルの課題(多量薬剤の高速投与)を解決する新タイプの経皮投薬システムが提案できました。今後、この「EOF発生機能を有するPMNポンプ」を、先に発表したバイオ発電パッチ[1]に搭載し、オール有機物の使い捨て型ポンプパッチのプラットフォームとして、美容・健康・医療分野における経皮セルフメディケーションおよび簡易ワクチンへの応用を具体化していく予定です。

論文名・著者名

Title: Transdermal electroosmotic flow generated by a porous microneedle array patch
Authors: S. Kusama, K. Sato, Y. Matsui, N. Kimura, H. Abe, S. Yoshida, M. Nishizawa
Journal: Nature Communications
DOI: 10.1038/s41467-021-20948-4

参考情報

[1] “Totally organic electrical skin patch powered by flexible biobattery” S. Yoshida, H. Abe, Yuina Abe, S. Kusama, K. Tsukada, R. Komatsubara, M. Nishizawa, J. Phys. Energy, 2 (2020) 044004. DOI: 10.1088/2515-7655/abb873

“オール有機物のバイオ発電スキンパッチが完成” 東北大学プレスリリース 2020年1月29日
https://www.tohoku.ac.jp/japanese/2020/01/press20200129-01-skin.html

お問合せ先

東北大学工学研究科・工学部 情報広報室
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