ポリマーをナノ粒子形状に設計することで優れた抗菌性を発現することを発見

- 銀などの高価な金属元素を使わない抗菌性ナノ材料 -

2022/05/27

【本学研究者情報】
〇大学院工学研究科化学工学専攻 教授 長尾 大輔
研究室ウェブページ

発表のポイント

  • 銀のように高価な金属元素を使わずに、抗菌性を発現する粒径200 nm以下のナノ粒子状ポリマーを合成することに成功。
  • ポリマー表面にはプラス電荷を有する官能基が導入され、その導入荷電基の調整により抗菌性が発現。
  • 開発したナノ粒子状ポリマーは水中でも安定で、長期保存が必要な水溶液系における菌体の増殖抑制に期待。

概要

金属の中には、銀や銅のように抗菌作用を示す元素があることは広く知られており、それらの金属粉体が練り込まれたプラスチックや繊維などの様々な抗菌製品があふれています。これらの金属は、ナノ粒子(注1)にすることで、抗菌性がさらに高まります。そのため近年ではナノ粒子状の抗菌材料が盛んに研究されています。

これに対して、プラス電荷を有する有機ポリマーにも、金属成分のような抗菌性があることは知られていました。東北大学大学院工学研究科の菅恵嗣准教授と長尾大輔教授らの研究グループは、キリンホールディングス株式会社との共同研究により、食品トレイなどによく利用される汎用的なポリマー材料であるポリスチレンを、ナノサイズで粒径を揃えて合成する技術を確立し(図1)、金属元素に依存しない抗菌性ナノ粒子の実現に成功しました。

本成果は、4月25日にACS Applied Bio Materials に掲載されました。


図1:本研究で合成した粒径の揃ったナノサイズのポリマー粒子

詳細な説明

銀や銅といった金属元素には抗菌作用があることはよく知られており、金属成分を材料表面に塗布したり、金属粉体にしてプラスチックや繊維などに練り込んだりする利用法があります。これらの金属をナノ粒子化することによって抗菌作用はさらに高まると期待され、研究開発が進められています。しかし、一部の金属が希少で高価であることや、製造工程の途中段階でナノ粒子が凝集して失活しやすいことも問題視されていました。

これに対して、プラス電荷を有する有機ポリマーにも、金属成分のような抗菌性があることは知られていました。そこで、プラス電荷をもったポリマーをナノサイズの粒子として合成できれば抗菌性が高くなると考えました。ポリマーとして、食品トレイなどにも利用されている汎用的な材料であるポリスチレンに注目しました。しかしながら、これらの有機ポリマーをナノサイズで、しかも粒径を揃えて合成する技術は十分に確立されていませんでした。

東北大学大学院工学研究科の菅恵嗣准教授と長尾大輔教授らの研究グループは、キリンホールディングス株式会社との共同研究により、有機成分のみで抗菌性を発現するナノ粒子状ポリマーの合成に成功しました。

開発した抗菌性ナノ粒子の合成には、石鹸のような界面活性剤を用いない「ソープフリー乳化重合」と呼ばれる手法を使いました。ソープフリー乳化重合で得られるポリマー粒子は、他のポリマー微粒子重合法に比べ粒子表面に存在する分子の数が少ないため、重合条件(原料とする分子の種類や量)の影響が粒子表面に表れやすいという特徴があります。今回の重合には、イミダゾリウム骨格を有するカチオン性ラジカル重合開始剤(注2)(ADIP、キリンホールディングスより提供、図2左)を用い、スチレンとカチオン性コモノマー(注3)(VBTMAC、同図左)の共重合により、図2右に示すような粒径200 nm以下のナノ粒子状のポリマーを合成しました。コモノマーの濃度を変化させることで、粒径が揃った粒子を得ることに成功しています。


図2:(左)本実験で用いた重合開始剤(ADIP)およびコモノマー(VBTMAC)の化学構造式
(中)VBTMAC添加濃度と合成粒子の分散度(注4)(粒径のばらつき度合)の関係
(右)合成粒子の電子顕微鏡像

合成した粒子について、表皮ブドウ球菌(S. epidermidis)に対する抗菌性を調べた結果を表1に示します。異なるコモノマー濃度での重合や、市販の重合開始剤を用いた重合実験も行い、それらの抗菌性も合わせて評価し比較したところ、粒子状ポリマーの抗菌性の発現には、カチオン性重合開始剤ADIPとカチオン性コモノマーVBTMACの両者を使うことが必要であることが明らかになりました。その抗菌性を最小発育阻止濃度(MIC)で評価したところ、塊状重合と呼ばれる方法で合成されたアクリル系ポリマーに比べて50倍以上高い抗菌性を示しました。

表1:粒子状ポリマーの合成条件、粒子径、および抗菌性

ソープフリー乳化重合によって得られるポリマー粒子の表面には、重合開始剤由来のイオン基が導入されることが知られています。今回は、重合開始剤(ADIP)由来のカチオン性官能基と、カチオン性コモノマー(VBTMAC)由来のカチオン性官能基によって粒子表面がプラス電荷となります。ミクロな視点で解析した粒子の表面状態が、ナノ粒子状ポリマーの抗菌性を決める重要な因子となり得ることが実験的に明らかになりました。

開発したナノ粒子状ポリマーは、安価なモノマーを用いて1回の反応操作で合成することができます。この粒子は、菌に直に接することで増殖抑制を図る接触型抗菌材料(contact-killing agent)として利用することが可能です。また、水溶液中でも安定であるため、ナノ粒子状ポリマーを水溶液に加えるだけで菌増殖抑制が期待でき、液体系製品の長期保存にも展開できるものです。

論文情報

タイトル: Surface Characteristics of Antibacterial Polystyrene Nanoparticles Synthesized Using Cationic Initiator and Comonomers  (カチオン性重合開始剤とカチオン性コモノマーを利用した抗菌性ナノ粒子の表面特性評価)
著者: Keishi Suga, Makina Murakami, Shota Nakayama, Kanako Watanabe, Sayuri Yamada, Toshikazu Tsuji, Daisuke Nagao
掲載誌: ACS Applied Bio Materials
DOI: 10.1021/acsabm.2c00046
URL: https://doi.org/10.1021/acsabm.2c00046

用語説明

(注1)ナノ粒子

大きさ(直径)が100 nm程度かそれ以下の粒子の総称。100 nmは1000万分の1メートルのこと。

(注2)重合開始剤

モノマー(本研究ではスチレン)が互いに重合反応して連なったものがポリマー(本研究ではポリスチレン)であり、その重合反応を開始するための試薬

(注3)コモノマー

複数のモノマーが重合に関与する(共重合する)場合、主成分モノマー(本研究ではスチレン)に対して、副成分モノマー(VBTMAC)をコモノマーと呼ぶ。

(注4)分散度(Cv値)

粒径のばらつきの度合いを表す指標。一般に10%以下が単分散とされる。

お問合せ先

< 研究に関すること >
東北大学 大学院工学研究科 化学工学専攻 教授 長尾 大輔
TEL:022-795-7239
E-mail:dnagao@tohoku.ac.jp
< 報道に関すること >
東北大学工学研究科・工学部 情報広報室
TEL:022-795-5898
E-mail:eng-pr@grp.tohoku.ac.jp
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