東北大発の磁性材料“センダスト合金”、発見から90年目で再び脚光

- 超高感度磁気センサへの応用に期待 -

2022/06/17

【本学研究者情報】
〇大学院工学研究科応用物理学専攻 教授 大兼 幹彦
研究室ウェブページ

発表のポイント

  • センダスト(FeAlSi)合金の軟磁気特性注1の発現機構を解明し、広い組成範囲で優れた軟磁気特性が実現可能であることを発見。
  • 世界で初めて、センダスト合金のバルク注2材料と同等以上の優れた軟磁気特性を示す薄膜試料を作製することに成功。
  • 開発したセンダスト薄膜は、脳磁計注3などに応用が可能な超高感度スピントロニクス磁気センサ注4,5の感度を飛躍的に向上させる新材料となることが期待される。

概要

センダスト合金は、1932年に東北大学金属材料研究所の増本量名誉教授、山本達治氏により発見され、優れた軟磁磁気特性を示すことから、ハードディスクドライブ(HDD)の磁気ヘッド注6などに応用されてきました。仙台で生み出され、粉(ダスト)にしやすいことからこの名称がつけられました。ところが、軟磁気特性を示す化学組成は組成図上の一点のみであり、その作製が非常に困難であることが従来の常識でした。

東北大学大学院工学研究科博士後期課程2年の赤松 昇馬氏と大兼 幹彦教授らは、センダストの軟磁気特性発現機構の謎を解明し、原子規則度の制御によって、広い組成範囲で軟磁気特性を実現しました。さらに、優れた軟磁気特性を示す薄膜試料の作製に成功し、最先端スピントロニクス材料として応用可能であることを示しました。このセンダスト薄膜は、脳磁場などの微弱な生体磁場を検出可能な超高感度スピントロニクス磁気センサの感度を飛躍的に向上させる新材料となることが期待されます。

本研究成果は、2022年6月15日(現地時間)、米国の科学誌Applied Physics Lettersに掲載されました。

研究内容

センダスト合金は、1932年に東北大学金属材料研究所の増本量名誉教授、山本達治氏により発見された、優れた軟磁気特性を示す磁性材料です。増本名誉教授らは、FeAlSi合金の組成を微調整した数百種類もの試料を作製し、何度も実験を繰り返し、軟磁気特性が著しく向上する組成(センダスト中心組成と呼ばれる)を有する、 Fe73。7Al9。7Si16。6センダスト合金を発見しました。優れた軟磁気特性を示すセンダストは、バルク状態でHDDの磁気ヘッドなどに用いられてきましたが、以降長らくセンダストに関する新たな研究報告例はありませんでした。

本研究では、センダスト合金を最先端スピントロニクス材料として応用するという、極めて挑戦的な試みを実施しました。ナノメートルオーダーの膜厚のセンダスト合金薄膜を作製し、その磁気特性を詳細に調査した結果、バルクと同等以上の軟磁気特性を示すセンダスト薄膜の作製に世界で初めて成功しました。

バルク状態では、優れた軟磁気特性を示すセンダスト中心組成は組成図上の一点のみであり、その作製が非常に困難であることが従来の常識でした。しかし、本研究により、その軟磁気特性発現の機構が、薄膜試料中のD03規則構造注7の割合と、Al濃度のバランスであることが解明されました。具体的には、原子規則度注8の低下に伴い、軟磁気特性が発現するAl濃度が増加することが明らかになりました(図1)。薄膜における原子規則度は成膜後の熱処理温度によって比較的容易に制御可能なため、従来よりも極めて広範囲の組成域でセンダスト薄膜の優れた軟磁気特性が実現可能であることが示されました(図2)。


図1:センダスト薄膜の軟磁気特性を得るためのガイドライン
原子規則度とAl濃度のバランスによって、センダストの軟磁気特性が得られることが明らかとなった。原子規則度は熱処理によって制御可能であることから、図2に示す通り、センダスト合金の軟磁気特性発現領域を大幅に拡大できる。

図2:センダスト(FeAlSi)合金薄膜の軟磁気特性発現範囲
センダストの軟磁気特性発現機構が解明されたことで、従来よりも極めて広範囲で軟磁気特性を発現させることが可能になった。

本研究で開発されたセンダスト薄膜は、脳磁計などへの応用が期待されるトンネル磁気抵抗(TMR)センサ注5への応用が可能です。既存の材料よりもさらに優れた軟磁気特性を示すため、その感度を飛躍的に向上させる新材料として期待されます(図3)。


図3:従来のTMRセンサ材料と本研究のセンダスト薄膜の感度比較
本研究のセンダスト薄膜を用いることで、従来に比べて高感度なTMRセンサが実現可能となる。 SQUIDと同等レベルの磁場分解能を持つTMRセンサが実現できれば、遥かに多くの脳情報を非常に簡便に得ることが可能となり、医療機器やBMI(Brain-Machine Interface)技術などへの応用が期待される。
結論 :

本研究により軟磁気特性を示すセンダスト薄膜を作製する方法が明らかとなったことで、センダスト合金はバルク状態での軟磁性材料としてだけでなく、最先端スピントロニクス薄膜材料として再び脚光を浴びる可能性が高まりました。このような新材料の登場は、スピントロニクス素子の性能を飛躍的に高める可能性を秘めており、近年目覚ましい向上を続けているTMRセンサの感度を、さらに飛躍させることが期待されます。また、本研究をきっかけに、TMRセンサ以外のスピントロニクスデバイスへの応用展開も考えられ、センダスト薄膜の研究が大きく広がっていくものと考えられます。

支援 :

本研究は日本学術振興会科学研究費、および、東北大学先端スピントロニクス研究開発センター、同国際集積エレクトロニクス研究開発センター、同スピントロニクス国際共同大学院の支援によって実施されました。

用語説明

(注1)軟磁気特性

外部の磁場に反応して比較的簡単に磁界の向きが反転する性質を軟磁気特性と呼ぶ。

(注2)バルク

薄膜状態でない物体や流体をバルクと呼び、一般的にある物質の特性といえばバルクの性質を指す。反対に薄膜状態の物質は、界面の影響を受けることから、その特性は一般にはバルクよりも劣ることが多い。

(注3)脳磁計

脳の神経細胞を流れる微弱な電流から発生する磁場(脳磁図)を測定する装置。電気で測定する脳波と比べて高空間分解能(mm単位)かつ高時間分解能(ms単位)で脳の活動部位を推定することが可能である。

(注4)スピントロニクス

電気工学(エレクトロニクス)と磁気工学(マグネトロニクス)が融合した新しい工学領域。FeやCoなどを始めとした強磁性材料の薄膜を用い、その電荷とスピンの両方の自由度を自在に制御することで画期的なデバイスを実現する。東北大学が世界的にリードする分野の一つであり、大野英男総長や、本研究グループの安藤康夫教授らが中心となって、2019年4月に「東北大学先端スピントロニクス研究開発センター」が設立され、世界トップレベルの研究が進められている。

(注5)スピントロニクス磁気センサ(通称:TMRセンサ)

極薄の絶縁体を二層の強磁性体で挟んだ構造の素子において、それぞれの磁化の向きで素子抵抗が変化するトンネル磁気抵抗(TMR)効果を用いた磁気センサ。これを用いた脳磁計は、従来の超伝導量子干渉素子(Superconducting quantum interference device: SQUID)を用いたものと比較して、高空間分解能、高ノイズ耐性、低コスト、ウェアラブル性といった様々なメリットがあり、次世代型の脳磁計として期待されている。

(注6)磁気ヘッド

ハードディスクドライブ(HDD)を構成する部品の一つで、プラッタ上に記録された各種データ(磁気情報)を読み書きするための機構。微小な磁場の変化に対して敏感に応答する必要があり、優れた軟磁気特性材料が用いられる。

(注7)D03規則構造

センダスト合金が有する結晶構造(図3)。作製条件などの影響でその原子配列が乱れることにより、不規則構造(通常の体心立方構造)に変化する。

(注8)原子規則度

センダスト合金の結晶構造がD03規則構造の規則性にどの程度従っているかを表す指標を原子規則度と呼ぶ。主に試料成膜後の熱処理温度によって制御可能であることも本研究によって明らかとなった。

論文情報

タイトル: Guidelines for attaining optimal soft magnetic properties in FeAlSi films  (FeAlSi薄膜における優れた軟磁気特性を達成するための指針)
著者: Akamatsu S*, Oogane M, Tsunoda M, Ando Y.  (赤松昇馬*、大兼幹彦、角田匡清、安藤康夫) *責任著者
掲載誌: Applied Physics Letters, 120, 242406 (2022)
DOI: 10.1063/5.0086322
URL: https://doi.org/10.1063/5.0086322

お問合せ先

< 研究に関すること >
東北大学 大学院工学研究科 応用物理学専攻 教授 大兼 幹彦
TEL:022-795-7946
E-mail:mikihiko.ogane.e4@tohoku.ac.jp
< 報道に関すること >
東北大学工学研究科・工学部 情報広報室
TEL:022-795-5898
E-mail:eng-pr@grp.tohoku.ac.jp
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