無機化合物の2つの基本構造の共存と制御を達成

―環境浄化や人工光合成の実現に向けた新たな材料設計指針を提示―

2022/08/03

【本学研究者情報】
〇大学院工学研究科知能デバイス材料学専攻 教授 高村 仁
研究室ウェブページ

概要

NaCl(塩化ナトリウム)に代表される岩塩型構造注1とCaF2(フッ化カルシウム)に代表される蛍石型構造注1は、無機化合物において、最も基本的な結晶構造です。また、岩塩構造の層(岩塩層)を持つ化合物や蛍石型構造の層(蛍石層)を持つ化合物も数多く知られています。

京都大学大学院工学研究科の加藤大地 助教、阿部竜 同教授、陰山洋 同教授、東京工業大学理学院化学系の八島正知 教授、大阪大学大学院工学研究科の佐伯昭紀 教授、東北大学大学院工学研究科の高村仁 教授らの共同研究グループは、この2つの構造ユニットを共存させ、制御できることを発見しました。同グループは、光触媒注2として知られていた酸塩化物Bi12O17Cl2の構造解析を行い、蛍石型構造に似た構造を持つ蛍石層(蛍石ユニット)の中に部分的に岩塩型構造に似た構造を持つ岩塩ユニットが内包されることで、波打った構造を有することを見出しました。加えて、フッ素を挿入する反応を行い、岩塩ユニットと蛍石ユニットの複合パターンを変化させ、構造を平坦化させることで光触媒活性が最大6倍と大幅に向上しました。本成果は、無機化合物の新しい構造の構築と制御法を示したものであり、今後、この2つの基本構造を自在に組み合わせることが可能になれば、新しい機能性材料の開発につながることが期待できます。

本成果は、2022年8月2日(現地時刻)に国際学術誌「Advanced Functional Materials」のオンライン版に掲載されました。


岩塩型構造に似た構造を有する岩塩ユニット(オレンジ色の部分)と蛍石型構造に似た構造を有する蛍石ユニット(水色の部分)が複合した初の層状酸塩化物Bi12O17Cl2とフッ素挿入反応による岩塩/蛍石ユニットの再配列。岩塩/蛍石ユニットの再配列により、Bi12O17Cl2の波打っていた層が平坦になり、光触媒活性が向上した。

詳細な説明

1. 背景
NaCl(塩化ナトリウム)に代表される岩塩型構造とCaF2(フッ化カルシウム)に代表される蛍石型構造は、無機化合物において、最も基本的な結晶構造です。また、岩塩層を持つ化合物や蛍石層を持つ化合物も数多く知られています。例えば、蛍石型構造と似た構造を持つ物質としては、高効率で安定な光触媒材料として、近年盛んに研究されているビスマス酸塩化物注3という物質群があります。これらの物質は、ビスマス(Bi)と酸素(O)からなる蛍石層(Bi2O2層)と塩素層などが積層した層状物質で、層の組み合わせや積層の順序によりさまざまな物質群が合成可能であることが特徴です。Bi2O2層はBiが2列分存在しているため二重(n = 2)蛍石層と言われますが、最近我々のグループでは蛍石層の厚みnを増やした三重(n = 3)蛍石層を有する光触媒を開発しました(図1)。これは蛍石層の厚みnを制御することで、さらなる物質開発を示唆するものですが、現状報告されているビスマス酸塩化物ではn = 3が最大で、Bi–O層のバリエーションは非常に限られていました。


図1:従来の酸塩化物光触媒の構造例。各Bi–O層のBiの列数(蛍石層の「厚み」)nは、二重(n = 2)と三重(n = 3)のみが知られていました。

2. 研究手法・成果
本研究では、Bi12O17Cl2というビスマス酸塩化物に着目しました。本物質は、環境浄化や人工光合成など、様々な用途に対して高い光触媒活性を示すことから、ここ5年間で精力的に研究されている物質です。にもかかわらず、1980年代にその存在が報告されてから40年近く経過した今でも、その結晶構造が解明されていませんでした。結晶構造が未解明であることが、本物質のさらなる活性向上を阻んでいました。

電子顕微鏡、X線および中性子回折注4単結晶X線回折注5など様々な解析手法を組み合わせることで、Bi12O17Cl2が他のビスマス酸塩化物と同様にBi–O層とCl層からなる層状構造を有していることを明らかにしました。しかも、本物質のBi–O層(Bi6O8.5層)は、従来のビスマス酸塩化物と比較して非常にユニークな2つの特徴を有していることが明らかとなりました(図2)。まず1点目の特徴としては、Bi–O層の厚みがこれまでで最大の六重n = 6であり、最も「分厚い」Bi–O層であることです。2点目の特徴としては、従来の酸塩化物と異なり、Bi–O層内に、蛍石型に似た蛍石ユニットに加えて部分的に岩塩型構造のような構造を有する岩塩ユニットが共存していることで、波打った構造を有していることです。


図2:(a) Bi12O17Cl2の電子顕微鏡像。ここではBiのみが白い点で見えています。Biの列が6列存在し、a軸方向にまっすぐではなく、波打っていることが見てとれます。 (b) 本研究で明らかとなったBi12O17Cl2の結晶構造。電子顕微鏡やX線回折などの手法を組み合わせることで初めて構造が明らかになりました。(c) c軸方向から見たBiO2.25ブロック。BiO2.25ブロックには、岩塩型構造のような配位多面体(オレンジ)と蛍石型構造(水色)のような配位多面体が共存しています。

さらに、今回明らかとなった結晶構造の知見を元に、低温でBi12O17Cl2にフッ素挿入反応を行い、新規化合物Bi12O17–0.5xFxCl2 (4 ≤ x ≤ 6)の合成に成功しました。構造解析の結果、この新しい酸フッ化塩化物では、Bi–Oブロックの波のような構造の歪みが消失し、代わりに層間方向に蛍石層と岩塩層が交互に積層するような構造に再配列が起こっていることが分かりました(図3)。また、有機物分解に対する光触媒活性を測定したところ、フッ素化した物質で大幅に光触媒活性が向上していることが分かりました(図4a)。これは、波のような構造の歪みが消失し、光を吸収することによって生じた電子が、層内を流れやすくなったためだと考えられます(図4b)。岩塩型構造も蛍石型構造も代表的な結晶構造ですが、このような2種類の構造ユニットが同一の層内で複合した例は他に類が無く、構造化学と物質科学の観点から非常に興味深いと言えます。


図3:フッ素化反応前後でのBi–O(–F)層の構造変化の模式図。フッ素挿入により、c軸方向に蛍石ユニット(水色)と岩塩ユニット(オレンジ)が交互に積層する構造に変化しています。また、フッ素化により波のような構造の歪みが消失して、Bi–O(–F)層が面内(ab方向)に平らになっています。

図4: (a) 酢酸分解に対する光触媒活性。Bi12O17–0.5xFxCl2のフッ素量xが増えるに従って、光触媒活性が大幅に向上しています。(b)フッ素化前後の光伝導度。フッ素化後に光伝導度の向上が見られ、光吸収によって生じた電子がスムーズに表面に移動することで、光触媒活性が向上したと考えられます。

3. 波及効果、今後の予定
長年謎だったBi12O17Cl2の構造が解明されたことで、この物質の光触媒としての物質開発がさらに加速することが期待できます。また、岩塩型構造と蛍石型構造は代表的な結晶構造ですが、これらの基本的な構造ユニットが組み合わさることで、新しい構造が生まれるということは基礎科学の観点から非常に大きな意義があると言えます。特に、Bi2O2蛍石層は誘電材料や光学材料など、今後応用していく上でも様々な重要な物質の構成要素であるため、光触媒材料に留まらず材料科学分野全体に示唆を与えるものであると期待できます。

4. 研究プロジェクトについて
本研究は、科学技術振興機構 戦略的創造研究推進事業 さきがけ「ローンペアの自在配列制御による低次元性・低対称性物質の創成」(JPMJPR21A5)、CREST「ヒドリド含有酸化物を活用した電気化学 CO2 還元」(JPMJCR20R2)、JSPS Core-to-Core Program「エネルギー変換を目指した複合アニオン国際研究拠点」(JPJSCCA20200004)、研究活動スタート支援(JP21K20556)、基盤研究(A)(JP20H00398)、特別推進研究(JP22H04914)、文部科学省科学研究費助成事業 新学術領域研究「複合アニオン化合物の創製と新機能」(16H06438、16H06439)、Seventh framework programme of the European Community - ESTEEM2の支援を受けました。

中性子回折、放射光X線回折、中性子TOF回折実験は、それぞれthe National Institute of Standards and Technology、SPpring-8のBL02B2ビームライン(課題番号2022A1081、2020A1669)、J-PARCセンターのiMATERIA(課題番号2020A0085、2020PM2002)にて行いました。構造解析について、Artem Abakumov教授(スコルコボ科学技術大学)およびTatiana Corelik博士(ウルム大学)との共同研究で行いました。

用語説明

(注1)岩塩型構造、蛍石型構造

岩塩型構造や蛍石型構造は、イオン結晶を代表する結晶構造です。両者の構造では、陽イオンの配置は同じ立方最密充填で並んでいるのに対して、陰イオンは蛍石型構造で四面体間隙サイト、岩塩型構造では八面体間隙サイトを占有しています。

(注2)光触媒

光触媒は、光照射下で触媒作用を示す(化学反応を促進する)物質で、通常の触媒プロセスでは困難な化学反応を常温で進行させることができます。例えば、光触媒を利用することで人間に有害な有機物や細菌を分解し、大気や水質の浄化、抗菌や除菌などに利用できます。また近年、地球温暖化や化石資源の枯渇によるエネルギー問題から、化石資源に代わる新たなエネルギー資源の開発の重要性が増しています。光触媒と太陽光のエネルギーを利用した人工光合成は、石油資源に代わるクリーンなエネルギー製造方法として大きな注目を集めています。

(注3)ビスマス酸塩化物

ビスマス(Bi)、酸素(O)、塩素(Cl)から構成される物質。層状の構造を有しており、近年高効率で安定な光触媒として注目を集めています。

(注4)X線および中性子回折

X線や中性子などの放射線を物質に照射すると、結晶構造の違いを反映した回折(反射)パターンが生じます。その反射のパターンを解析することで、結晶構造を明らかにすることが可能です。

(注5)単結晶X線回折

方位の揃った単結晶にX線を照射しその回折を観測することで、結晶構造の情報をより詳細に得ることができます。

論文情報

タイトル: Bi12O17Cl2 with a Sextuple Bi-O Layer Composed of Rock-Salt and Fluorite Units and its Structural Conversion through Fluorination to Enhance Photocatalytic Activity(岩塩と蛍石ユニットを有する6層ビスマス酸化物ブロックから成るBi12O17Cl2の結晶構造とトポケミカルフッ化反応による光触媒活性の向上)
著者: Daichi Kato, Osamu Tomita, Ryky Nelson, Maria A. Kirsanova, Richard Dronskowski, Hajime Suzuki, Chengchao Zhong, Cédric Tassel, Kohdai Ishida, Yosuke Matsuzaki, Craig M. Brown, Koji Fujita, Kotaro Fujii, Masatomo Yashima, Yoji Kobayashi, Akinori Saeki, Itaru Oikawa, Hitoshi Takamura, Ryu Abe, and Hiroshi Kageyama, Tatiana E. Gorelik, and Artem M. Abakumov
掲載誌: Advanced Functional Materials
DOI: 10.1002/adfm.202204112
URL: https://doi.org/10.1002/adfm.202204112

お問合せ先

< 研究に関すること >
東北大学 大学院工学研究科 知能デバイス材料学専攻 教授 高村 仁
TEL:022-795-3938
E-mail:takamura@material.tohoku.ac.jp
< 報道に関すること >
東北大学工学研究科・工学部 情報広報室
TEL:022-795-5898
E-mail:eng-pr@grp.tohoku.ac.jp
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