“貼るワクチン”にマイクロニードルポンプを搭載

~注射と同等以上の免疫効果を動物実験で確認~

2022/09/06

【本学研究者情報】
〇大学院工学研究科ファインメカニクス専攻 教授 西澤 松彦
研究室ウェブページ

発表のポイント

  • 流れ(電気浸透流)を発生するマイクロニードルポンプ[1]をワクチン接種に応用
  • モデルワクチンでのマウス実験では血液中の抗体(IgGおよびIgE)が皮下注射と同等以上に産生することを確認
  • 別途開発しているバイオ発電パッチ[2]と組み合わせて電源を含むオール有機物の使い捨て型ワクチンポンプパッチの実現を目指す

概要

皮膚の表層にはランゲルハンス細胞注1による優れた免疫システムが備わっており、ワクチン投与の効果が高いと期待されています。東北大学大学院工学研究科および高等研究機構新領域創成部の西澤松彦教授のグループは、“痛くない”マイクロニードルポンプによる皮膚内ワクチンの免疫効果を、マウスによる動物実験で検証しました。

痛みを感じない短針が多数並んだマイクロニードルは、1mmより薄い皮膚表層へのワクチン投与(皮膚内ワクチン)に適した“貼るワクチン”として注目されています。研究グループは、多孔性のポーラスマイクロニードルに「流れ(電気浸透流)」が発生する性質を付与した「マイクロニードルポンプ」を開発し、ニードル内に充填したワクチン溶液を電気的に放出することに成功しました。そして、モデルワクチン(OVA)をマウスに接種し、血液中の抗体(IgGおよびIgE)が効率よく産生することを確認しました。人々を注射の痛みから解放し、医療従事者でなくとも簡便に行える“貼るワクチン”の適用拡大への貢献が期待されます。

本成果は、2022年8月24日に薬剤送達に関する専門誌Journal of Drug Delivery Science and Technologyで公開されました。


マイクロニードルポンプが生み出す電気浸透流によって高効率の皮膚内ワクチンを実現

研究の背景など

新興・再興感染症の世界的流行(パンデミック)はボーダレスな現代社会の最大の脅威であり、その根本的予防を担うワクチンの開発と供給体制の構築が世界的な重要課題となっています。ワクチン投与には、注射器や高圧ガスによるインジェクターなどが用いられますが、投与時の疼痛に加えて、衛生管理や操作の専門性が課題となっており、そのため、痛みを感じない短針が多数並んだマイクロニードルを用いる経皮ワクチン製剤が、新規ワクチン投与手法の有望なオプションとして注目されています。皮膚表層(表皮)にはランゲルハンス細胞による優れた免疫システムが備わっているため、筋肉注射や皮下注射よりも優れた免疫効果が得られる可能性もあります。このような“貼るワクチン”が実現すれば、人々を注射の痛みから解放し、医療従事者の感染リスクの低減や被災地や途上国へのワクチン医療の普及にも寄与すると期待できます。

しかし、マイクロニードルにワクチンを塗布(もしくは内包)して皮膚刺入後に溶出させる方法では投与量に制限があり、また、乾燥に弱いワクチンなどには適用が困難です。そこで、本研究では、多孔性のポーラスマイクロニードルにワクチン溶液を充填し、皮膚内に吐出(輸送)することを考えました。ポーラス構造の内壁にマイナス電荷を固定しておくことで、通電時に「流れ(電気浸透流)」が発生する「マイクロニードルポンプ」の機能を利用します。

詳細な説明

エポキシ樹脂で作製したポーラスマイクロニードルアレイ(針長250µm・孔径1μm程度)の孔内に、厚さ20nm程度のポリアクリル酸の薄膜を形成しました。この固定された負電荷によって通電時に電気浸透流が発生することが明らかになりました。図1は、ブタの皮膚切片を用いて行ったモデルワクチン(OVA注2)の投与実験です。受動拡散によるOVAの漏出は2時間後にもほとんど進んでいないのに対して、電気浸透流が皮膚内への吐出を明らかに促進することが示されました。


図1 ポーラスマイクロニードルとOVA投与実験後のブタ皮膚切片の写真(電流を流さない場合と、0.5 mA/cm2を印加した場合で2時間投与)。

マイクロニードルポンプによる皮膚内ワクチンの効果をマウス(4匹)を用いて評価しました。図2aに示すように、1週間開けて2回接種した後、更に1週間後に血清中のOVA特異的なIgG1とIgEをELISA法 (Enzyme-Linked Immuno Sorbent Assay)で検出しました。皮膚下への注射による接種(①)と生理食塩水の電気浸透流吐出(②)を対照実験として、OVA溶液の自然漏出(③④)と電気浸透流吐出(⑤⑥)による抗体産生量を計測しました。図2bに結果を示します。IgG1については、マイクロニードルポンプによるOVAの電気浸透流吐出(60min)で皮下注射に匹敵する産生量が確認できました。そして、IgEに関しては、短時間の電気浸透流吐出(1min)によって注射以上の産生が認められました。電流を流さない自然漏出(通常のマイクロニードル法)による産生は両抗体について比較的低レベルに留まりました。これらの結果により、痛みを感じないマイクロニードルによる“貼るワクチン”の免疫効果が、電気浸透流のポンプ機能によって格段に向上することが実証できました。

マウスによる実験は東北大学大学院医学系研究科皮膚科学分野の山﨑研志臨床教授、照井仁助教の協力の下、東北大学動物実験専門委員会による承認を受けて実施されました(動物実験承認番号: 2021医動-048) 。


図2 (a) 実験方法:①~⑥の条件でOVAを投与し、血清中の抗体(OVA-IgG1およびOVA-IgE)を計測。①では1 mg/mlのOVA溶液を注射し、③~⑥では約0.02mlの10 mg/ml OVA溶液をマイクロニードルに充填。(b) 実験結果:条件①~⑥の各々において、マウス4匹で得られた抗体生産量の平均。

今後の展開

多孔性のポーラスマイクロニードルに電気浸透流を発生させることによって、マイクロニードル法の利点を活かした新タイプの皮膚内ワクチンが提案できました。新型コロナウイルス感染症のワクチンについても、本法の有用性を確認する実験を予定しています。一方で、別途開発してきた酵素によるバイオ発電でもポンプを駆動できることを確認しており、現在、電源を含むオール有機物の使い捨て型ワクチンポンプパッチの実現を目指しています。

付記

本研究は、東北大学新領域創成のための挑戦研究デュオ(FRiD)、東北大学ポストコロナ社会構築研究推進支援、科学研究費補助金基盤S(22H04956)、およびJST A-STEP産学共同 (JPMJTR20UJ)の支援のもとで行われました。

論文情報

タイトル: Intradermal Vaccination via Electroosmotic Injection from a Porous Microneedle Patch
著者: Hitoshi Terui, Natsumi Kimura, Reiji Segawa, Shinya Kusama, Hiroya Abe, Daigo Terutsuki, Kenshi Yamasaki and Matsuhiko Nishizawa
掲載誌: Journal of Drug Delivery Science and Technology, 75 (2022) 103711.
DOI: 10.1016/j.jddst.2022.103711
URL: https://doi.org/10.1016/j.jddst.2022.103711

用語説明

(注1)ランゲルハンス細胞

表皮に多く存在する樹状細胞で、抗原を効率よく取込み、リンパ節へ遊走してTリンパ球に提示することによって免疫応答を引き起こす。

(注2)OVA

オボアルブミン(卵白を構成する主要なたんぱく質)の略称であり、抗原特異的免疫応答を評価する際のモデル抗原として一般的に使用される。

参考情報

[1] “貼る注射「マイクロニードルポンプ」を開発”

東北大学プレスリリース 2021年1月29日
Transdermal electroosmotic flow generated by a porous microneedle array patch
Nature Communications, 12 (2021) 658. DOI: 10.1038/s41467-021-20948-4
Porous microneedle patch for electroosmosis-promoted transdermal delivery of drugs and vaccines
Advanced NanoBiomedical Research, 2 (2022) 2100066. DOI: 10.1002/anbr.202100066

[2] “O2タンク内蔵!ウォータープルーフ仕様のバイオ発電パッチを開発”

東北大学プレスリリース 2022年8月22日
Water-Proof Anti-Drying Enzymatic O2 Cathode for Bioelectric Skin Patch
Journal of Power Sources, 546 (2022) 231945. DOI: 10.1016/j.jpowsour.2022.231945

お問合せ先

< 研究に関すること >
東北大学 大学院工学研究科 ファインメカニクス専攻 教授 西澤 松彦
TEL:022-795-7003
E-mail:nishizawa@tohoku.ac.jp
< 報道に関すること >
東北大学工学研究科・工学部 情報広報室
TEL:022-795-5898
E-mail:eng-pr@grp.tohoku.ac.jp
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