排ガス浄化のための酸素貯蔵セラミックスを低温作動化

- EUの排ガス規制厳格化への対応に期待 -

2022/09/28

【本学研究者情報】
〇大学院工学研究科知能デバイス材料学専攻 教授 高村 仁
研究室ウェブページ

発表のポイント

  • 酸素貯蔵セラミックス注1が400 ℃で従来の13.5倍の貯蔵量を達成
  • 優れた酸素貯蔵特性を示す結晶構造を従来よりも400 ℃低い温度で合成
  • 排ガス浄化触媒の特性向上やパラジウム等の貴金属使用量低減に期待

概要

自動車産業では電動化に加え、欧州で策定中のEuro7注2など排ガス規制強化への対応が喫緊の課題です。排ガス浄化触媒の高性能化と貴金属使用量削減の鍵を握るのが酸素貯蔵セラミックスです。東北大学大学院工学研究科知能デバイス材料学専攻の高村仁教授らは、セリウム・ジルコニウム系酸化物にコバルトと鉄を固溶させ、400 ℃という低い作動温度で従来の13.5倍の酸素貯蔵量を達成しました。また、優れた酸素貯蔵特性を示す結晶構造を得るために、これまで合成に1200 ℃という高温が必要でしたが、その温度を800 ℃に低減しました。この酸素貯蔵セラミックスの低温作動化と高性能化は触媒中のパラジウム等の貴金属使用量削減にも貢献します。

本成果は2022年9月27日(現地時間)に英国王立化学会の国際学術誌「Journal of Materials Chemistry A」に掲載されました。


図1:排ガス触媒用ハニカム(左)と今回開発された酸素貯蔵セラミックス(右)

背景

2050年のカーボンニュートラルに向けて自動車産業では電気自動車(EV)へのシフトが加速しています。一方、2021年度の国内自動車販売数におけるEV比率は依然として1%未満と低く、エンジン搭載車の排ガス浄化は環境問題において引き続き最重要課題です。実際、欧州では2025年の導入を目指して次期排ガス規制(Euro7)の策定が大詰めを迎えており、この規制では有害ガス排出量のさらなる厳格化に加えて、規制物質の追加も検討されている模様です。これらに対処するためには、エンジンの高性能化に加えて、排ガス浄化触媒の高性能化・高機能化が必須です。

排ガス浄化触媒は、ハニカム構造体、パラジウム等の貴金属触媒、助触媒と呼ばれる酸素貯蔵セラミックスから構成されます。酸素貯蔵セラミックスはセリウム・ジルコニウム系酸化物であり、図2に示すように排ガス中の炭化水素(HC)、一酸化炭素(CO)、窒素酸化物(NOx)の除去や、過剰な酸素を吸収する役割を担っています。近年、ハイブリッド車(HEV)などでは排ガス温度が低下傾向にあり、酸素貯蔵セラミックスには低い作動温度でも十分な貯蔵量が求められます。また、酸素貯蔵セラミックスは貴金属触媒ナノ粒子の成長を抑制するため、寿命にも影響を及ぼします。これまでセリウム・ジルコニウム系酸化物の高性能化・高機能化を目的として様々な元素置換や製造方法の工夫がなされており、コバルトや鉄などの遷移金属添加により酸素貯蔵量が向上することは知られていましたが、添加元素の存在状態や性能向上の機構については諸説あり未解明でした。


図2:自動車排ガス浄化触媒の模式図

成果の詳細と意義

セリウム・ジルコニウム系酸化物へのコバルトと鉄の固溶量注3に関しては、これまでエックス線構造解析や電子顕微鏡観察など様々な解析が行われてきましたが、その限界値は不明でした。本研究グループでは、コバルトと鉄からなる酸化物(スピネル型酸化物)が強い磁性を持つことに着目し、精密磁化測定を用いて5%以下であればコバルトと鉄がセリウム・ジルコニウム系酸化物に固溶することを明らかにしました。この5%のコバルトと鉄を含むセリウム・ジルコニウム系酸化物では、図3に示すように400 ℃という酸素貯蔵セラミックスとしては低い作動温度において、貴金属なしの条件下で既存材料の13.5倍の貯蔵量を示しました。同時に、酸化物表面での酸素解離と取り込み速度もコバルトと鉄の固溶により向上し、その温度において十分なサイクル特性も確認されました。これら成果は、排ガス浄化触媒の低温作動化やパラジウム等の貴金属使用量削減に貢献します。


図3:開発材料の400 ℃における酸素貯蔵特性(セラミックス材料のみの特性)

さらに、鉄を添加したセリウム・ジルコニウム系酸化物では、図4に示すセリウムとジルコニウムが規則的に配列した特殊な結晶構造(κ構造)の生成が低温で促進されました。これまで、この規則構造がより高い酸素貯蔵量を示すことは知られていましたが、作製には1200 ℃・水素中という高温での強還元処理が必要であり、製造プロセスとして難しいことや、高温の熱処理により酸化物粒子が粗大化するため助触媒に求められる大きな比表面積を維持できず、実用は困難でした。

今回、鉄酸化物を添加するだけで、その規則構造がこれまでより400 ℃低い800 ℃で出現することが分かりました。この低温合成された規則構造を持つ粒子は、比表面積注4を従来方法よりも10倍以上大きく維持できるため、実用化が期待されます。


図4:セリウムとジルコニウムが規則的に配列した結晶構造(κ構造)

今後の展望

コバルトと鉄の添加によりセリウム・ジルコニウム系酸化物単体として高い酸素貯蔵量が達成されたことから、今後はパラジウム等の貴金属ナノ粒子と共にハニカム型触媒に搭載し、その排ガス浄化性能や寿命を評価することが望まれます。また、基礎研究の観点からは、酸化物の規則―不規則変態を微量元素添加により制御する新たな手法として、多様な結晶系への展開が期待されます。

論文情報

タイトル: The low-temperature synthesis of cation-ordered Ce-Zr-based oxide via an intermediate phase between Ce and Fe
著者: Kazuto Murakami, Yoko Sugawara, Junki Tomita, Akihiro Ishii, Itaru Oikawa, and Hitoshi Takamura
掲載誌: Journal of Materials Chemistry A, 2022, in press.
DOI: 10.1039/d2ta05068d
URL: https://pubs.rsc.org/en/content/articlelanding/2022/ta/d2ta05068d

用語説明

(注1)酸素貯蔵セラミックス

周囲のガス雰囲気(酸化・還元雰囲気)に応じて、構造を保ったまま酸素の貯蔵・放出が可能なセラミックスの総称。自動車の排ガス触媒において、セリウム・ジルコニウム系酸化物(Ce1-xZrxO2)が広く用いられている。

(注2)Euro7

欧州連合(EU)が2025年に施行するため策定作業を進めている自動車排ガス規制の通称。規制対象物質の追加や検査条件の厳格化等が検討されている。

(注3)固溶量

固体中にホストとは異なる元素が溶解する量。

(注4)比表面積

試料1g当たりの表面積m2であり、微細な粒子を含むと大きな値となる。

お問合せ先

< 研究に関すること >
東北大学 大学院工学研究科 知能デバイス材料学専攻 教授 高村 仁
TEL:022-795-3938
E-mail:takamura@material.tohoku.ac.jp
< 報道に関すること >
東北大学工学研究科・工学部 情報広報室
TEL:022-795-5898
E-mail:eng-pr@grp.tohoku.ac.jp
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