グラフェン量子ドットデバイスの集積化合成技術を開発

- 次世代高性能量子コンピュータの実現に期待 -

2023/01/06

【本学研究者情報】
〇大学院工学研究科電子工学専攻・准教授・加藤 俊顕
研究者ウェブページ

発表のポイント

  • 2次元シート材料のグラフェン注1をナノスケール化したグラフェンナノリボン注2を用いた量子ドット注3デバイスを集積化合成する技術を開発
  • 同デバイスにおいて、20 K(-253℃)まで安定な励起準位注4の観測に成功

概要

原子オーダーの薄さを持つグラフェンは優れた電気・機械・光学的特性を持つことから多くの次世代デバイスへの活用が期待されています。特に、2次元シートのグラフェンがナノスケール(0次元)化することで量子ドットと呼ばれる状態になり、次世代量子コンピュータ注5を始め多くの応用展開が期待されています。しかし、現在のシリコンデバイスのようにグラフェン量子ドットを基板上に大規模集積化注6する技術は確立されておらず、量子デバイス応用に向けて重要な課題とされていました。

東北大学大学院工学研究科電子工学専攻の加藤俊顕准教授らのグループは、同大学材料科学高等研究所、電気通信研究所、量子科学拠点(TQA:Tohoku Quantum Alliance)の大塚朋廣准教授のグループと共同で、グラフェンの1次元材料であるグラフェンナノリボンを活用した新しいグラフェン量子ドットデバイスを開発しました。本手法で同一基板内に複数のデバイスを形成した結果、量子ドット特性の基本であるクーロンダイヤモンド注7を半数以上の56%のデバイスで観測することに成功し、将来の大規模集積化の可能性を実証しました。さらに、量子コンピュータ応用等に向けても重要となる励起準位(ダイヤモンドの淵に現れる平行線)が、20 K(-273℃)まで安定に存在可能であることを明らかにしました。本技術を活用することで、将来の量子コンピュータの高性能化や高温動作への貢献が期待できます。

本研究成果は、2022年12月22日(現地時間)にネイチャーパブリッシンググループの英国科学雑誌Communications Materials(電子版)に掲載されました。


本研究で開発したグラフェン量子ドットデバイスの構造写真と典型的なクーロンダイヤモンド特性。

詳細

1.背景

原子オーダーの薄さを持つ2次元シート材料であるグラフェンは、優れた物性を持つことから多くの電子デバイスへの応用が期待されています。このグラフェンが疑似的に0次元とみなせるスケールまでナノスケール化することで、量子ドットとしての振る舞いを示すことが多くの研究により明らかにされていました。グラフェン量子ドットを活用することで、グラフェン特有の弱いスピン軌道相互作用注8により、スピン型量子コンピュータ注9コヒーレンス時間注10の長寿命化が期待されています。実際の量子コンピュータの性能は各素子の能力とそれらを基板上に多数配置する集積度の積で決まります。グラフェン量子ドットに関しては、各素子の性能追求に関する研究は世界中で数多く展開されているものの、それらを基板上に自在に配置する“集積化”に関しては、全く解決策が提示されていないのが現状でした。

本研究グループでは、これまで1次元構造のグラフェンであるグラフェンナノリボンを大規模集積化合成可能な手法を独自に開発し[1]、100万本のグラフェンナノリボンを98%の効率で大規模集積化合成することに成功していました[2]。今回は、この1次元グラフェンナノリボンを0次元に量子ドット化する技術を開発し、グラフェン量子ドットデバイスの大規模集積化合成の実証に取り組みました。

[1] T. Kato and R. Hatakeyama, “Site- and alignment-controlled growth of graphene nanoribbons from nickel nanobars”, Nature Nanotechnology, Vol. 7, No. 10, pp.651-656, 2012.

[2] H. Suzuki, T. Kaneko, Y. Shibuta, M. Ohno, Y. Maekawa, and T. Kato,“Wafer scale fabrication and growth dynamics of suspended graphene nanoribbon arrays”, Nature Communications, Vol. 7, No. 11797, pp. 1-10, 2016.

2.研究成果概要および本成果の意義

これまでの系統的な研究から、基板上に予め配置したニッケルの1次元触媒(Niナノバー)が高温環境で液体状態をとり、その際に溶け込んだ炭素が冷却過程で析出すること、及びその後液体状態のNiナノバーが液滴に分裂して両端に拡散することで、架橋構造のグラフェンナノリボンが合成できることが明らかとなっていました(図1(a))[2]。従来手法で合成されるグラフェンナノリボンは長さが数百nm(n=10-9)~1μm(μ=10-6)程度ある1次元構造をとっており、詳細な量子ドットとしての振る舞いは未解明でした。1次元構造のグラフェンナノリボンの長さを可能な限り短くし0次元構造に近づけることで、より安定な量子ドット形成が期待できることから、グラフェンナノリボンの長さを決定している初期のNiナノバー長(LNi)を変化させて合成条件の最適化を行いました。その結果、LNiを短くするにつれグラフェンナノリボンデバイスの作製効率が向上することが判明しました。また、合成されたグラフェンナノリボンの量子伝導特性を~15K(-258℃)の低温下で測定した結果、特定のLNi(100~200 nm)の条件で極めて良好なクーロンダイヤモンド特性が高確率で観測されることが明らかとなりました(図1(b))。クーロンダイヤモンド特性とグラフェンナノリボン構造解析の結果から、グラフェンナノリボン中に形成された幅の狭い局所構造が0次元の量子ドットとして振舞っている可能性が示唆されました(図1(c))。

次に、同手法を活用した大規模集積化の可能性を検討するため、基板上に16個のグラフェンナノリボンデバイスを集積化し、クーロンダイヤモンドが観測されるデバイス確率を評価しました(図2(a))。その結果、半数以上の9個のデバイスで明確なクーロンダイヤモンドの観測に成功しました(図2(b))。この結果は56%の作製効率でグラフェンナノリボン量子ドットが同一基板上に集積化合成可能であることを意味します。

より詳細なグラフェンナノリボン量子ドットの特性を評価するため、極低温下(~2.2 K)での量子伝導特性の評価を行いました。その結果、クーロンダイヤモンド特性のダイヤモンド端周辺に平行なラインが複数観測され、これらがグラフェンナノリボン量子ドットにおける励起準位であることが判明しました(図3)。さらにグラフェンナノリボン量子ドット中の励起準位は20 K程度まで安定に存在可能であることが明らかとなりました(図4)。この高温安定の理由は未解明ですが、現時点では、量子ドットの起源がグラフェンナノリボン中に形成された10 nm程度の極めて微細な局所構造であること、およびグラフェンナノリボン中の電子の有効質量がSiに比べて軽いことに由来すると研究グループは考えています。

3.今後の展望

本研究では原子オーダー厚みの1次元材料であるグラフェンナノリボンを活用した量子ドットデバイスの形成に成功しました。さらに、それらが同一基板上に56%の作製効率で集積化可能であることを実証し、また量子コンピュータ応用等に必須な励起準位が高温安定であることを明らかにしました。量子ドットデバイスの作製効率と大規模集積化に関しては、プロセス技術の高精度化により、今後格段に向上できると考えており、本手法を活用することで、将来的に次世代高性能量子コンピュータへの応用が期待できます。


図1 (a)本手法におけるグラフェンナノリボン(GNR)の合成モデル図。(i)液体状態のNiナノバーに炭素が固溶。(ii)冷却過程にグラフェンナノリボンが析出。液体ニッケルがプラトーレイリー不安定性により分裂を開始する箇所(BP)で極めて微小なグラフェンナノリボン局所構造が形成。(iii)液体ニッケルが液滴状になり両端に拡散することで局所構造を持つグラフェンナノリボンの架橋構造が形成。(b)合成したデバイスにおいてクーロンダイヤモンド(CD)が観測される確率のLNi依存性。 (c)典型的な局所構造を持つグラフェンナノリボンの走査型電子顕微鏡像。

図2 (a)グラフェンナノリボン集積デバイスの構造模式図。(b)同一基板上に16個形成したグラフェンナノリボンデバイスの特性比較。“Broken”は合成後に電流が流れなかったデバイスを示す。

図3 2.2 Kで測定したグラフェンナノリボン量子ドットの(左)クーロンダイヤモンド特性と(右)励起準位が観測された領域の拡大図。

図4 グラフェンナノリボン量子ドットにおける励起準位の温度依存性。(a–d) (a) 2.2K、 (b) 20K、 (c) 50K、および (d) 80Kで測定したグラフェンナノリボン量子ドットの電気伝導特性。(e) 微分コンダクタンス(dIds/dVds)の温度依存性。(f) ソースードレイン電圧(Vds)= 0.15 Vにおける励起準位線幅(σ)の温度依存性。

論文情報

タイトル: Scalable fabrication of graphene nanoribbon quantum dot devices with stable orbital-level spacing (安定な軌道準位分裂を伴うグラフェンナノリボン量子ドットデバイスの集積化合成)
著者: Toshiaki Kato*, Takahito Kitada*, Mizuki Seo, Wakana Okita, Naofumi Sato, Motoya Shinozaki, Takaya Abe, Takeshi Kumasaka, Takumi Aizawa, Yui Muto, Toshiro Kaneko, Tomohiro Otsuka*  (*equal contribution)
掲載誌: Communications Materials 3, 103 (2022)
DOI: 10.1038/s43246-022-00326-3
URL: https://www.nature.com/articles/s43246-022-00326-3

付記

本研究の一部は、科学研究費補助金 基盤研究(A)、学術変革領域(A)「2.5次元物質科学」公募研究、住友財団、矢崎財団、村田財団、三菱財団、東北大学電気通信研究所共同プロジェクト研究(代表者:加藤俊顕)、および卓越研究員事業、東北大学FRiDプロジェクト等(代表者、共同代表者:大塚朋廣)の支援を得て行われました。

用語解説

注1 グラフェン

六員環構造に炭素原子が連なった二次元シート材料。1原子厚みの究極の薄さを持つ原子層材料。極めて高い電気伝導特性を示す。バンドギャップを持たないため金属的振る舞いを示す。

注2 グラフェンナノリボン

2次元シートのグラフェンをナノメートル幅のリボン構造(疑似1次元化)にしたもの。金属的伝導を示すグラフェンに対し、特定の原子配列を持つグラフェンナノリボンの幅が狭くなることで、バンドギャップが発現し半導体化することが知られている。

注3 量子ドット

半導体材料が疑似的に0次元構造をとることで発現する量子構造。内部の量子状態を活用した量子ビットや発光素子として応用が期待されている。

注4 励起準位

量子ドットのクーロンダイヤモンド特性において、ダイヤモンド端の外側に平行に現れるエネルギー準位の一種。スピン型の量子コンピュータでは、外部磁場等を印加した際に現れる基底状態のスピン分裂を活用して量子演算を行うため、基底準位と励起準位の間に十分なエネルギー差が存在することが必要となる。

注5 量子コンピュータ

量子状態の重ね合わせを利用した新しい原理で動作するコンピュータ。従来コンピュータに比べ圧倒的な演算速度を持つことが実証されている。

注6 大規模集積化

電子デバイスを同一基板上に高密度かつ大面積に配置する技術。現在のコンピュータや量子コンピュータはコンピュータ内部に搭載する単独の素子の数に比例してコンピュータ全体の性能が決定しているため、できるだけ高密度かつ大規模に単独素子を並べる同技術の開発が実用の観点で極めて重要である。

注7 クーロンダイヤモンド

量子ドットの両端にかける電圧と外部から印加するゲート電圧を掃引した際に、量子ドットを流れる電流の微分コンダクタンスがゼロとなる領域がダイヤモンド形状として現れる特性。

注8 スピン軌道相互作用

電子におけるスピンと軌道角運動量との相互作用。グラフェンにおいてはスピン軌道相互作用が小さいため、電子スピンが長寿命で存在可能である。

注9 スピン型量子コンピュータ

多数存在する量子コンピュータの一種。量子ドットに閉じ込めたアップスピンとダウンスピンを操作することで量子演算を行うコンピュータ。

注10 コヒーレンス時間

スピンなどの量子の状態が量子的に揃っている間の時間。この時間でのみ量子コンピュータにおける演算が可能であることから、量子コンピュータの演算能力向上には、コヒーレンス時間の長寿命化が重要な課題とされている。

お問合せ先

< 研究に関すること >
東北大学大学院工学研究科 准教授 加藤 俊顕
TEL:022-795-7046
E-mail:kato12@tohoku.ac.jp
< 報道に関すること >
東北大学工学研究科・工学部 情報広報室
TEL:022-795-5898
E-mail:eng-pr@grp.tohoku.ac.jp
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