体づくりの左右非対称性を決める「力」の発見

-「左側を決めるシグナル」を活性化する細胞の「アンテナ」-

2023/01/12

【工学研究科研究者情報】
〇大学院工学研究科ファインメカニクス専攻・助教・大森 俊宏
研究室ウェブサイト

概要

理化学研究所(理研)生命機能科学研究センター個体パターニング研究チームの濱田博司チームリーダー、加藤孝信基礎科学特別研究員、細胞極性統御研究チームの岡田康志チームリーダー、細胞場構造研究チームの岩根敦子チームリーダー、東北大学大学院工学研究科ファインメカニクス専攻の大森俊宏助教、同大学院医工学研究科医工学専攻の石川拓司教授、学習院大学理学部物理学科の西坂崇之教授らの共同研究グループは、哺乳類の発生過程の初期に体の左右の違いを決定するシグナルが、「機械的な力」によって制御されていることを明らかにしました。

これまで20年にわたり、体の左右対称性が破られる仕組みについて論争が続いていましたが、本研究成果は生物物理学的視点からそのメカニズムを解明した、教科書を書き換える画期的なものです。

ヒトやマウスの内臓は、心臓が体の左側にあるなど非対称に配置されています。この左右の非対称性は、胎児(胚)が成長する初期の段階で、胚の腹側にある「ノード注1」と呼ばれるくぼみにおいて「左側を決めるシグナル注2」が活性化されることにより決定されますが、そのメカニズムは長らく未解明でした。

今回、共同研究グループはマウス胚において、光ピンセット注3超解像顕微鏡注4など独自の先進的な光学顕微鏡を用い、物理的解析を行うことで、この問題の解明に挑みました。その結果、①ノードで生じる左向きの体液の流れ(ノード流注5)により、ノードの左側の不動繊毛注6は腹側に曲げられ、右側の不動繊毛は背側に曲げられる、②不動繊毛は腹側への曲げのみに反応する「曲げられる向きを感知できるアンテナ」であることから、ノードの左側のみで左側を決めるシグナルが活性化する、つまり不動繊毛がノード流の力を感知して活性化されることを明らかにしました。

本研究は、科学雑誌『Science』オンライン版(1月6日付)に掲載されました。


体の左右を決定するノードという構造で、機械的な力によって対称性が破られる

論文情報

タイトル: Immotile cilia mechanically sense the direction of fluid flow for left-right determination
著者: Takanobu A. Katoh, Toshihiro Omori, Katsutoshi Mizuno, Xiaorei Sai, Katsura Minegishi, Yayoi Ikawa, Hiromi Nishimura, Takeshi Itabashi, Eriko Kajikawa, Sylvain Hiver, Atsuko H. Iwane, Takuji Ishikawa, Yasushi Okada, Takayuki Nishizaka, Hiroshi Hamada
掲載誌: Science
DOI: 10.1126/science.abq8148
URL: https://doi.org/10.1126/science.abq8148

用語解説

注1 ノード

哺乳類において、左右非対称性を決定する機能を持つことが知られている胚の部位。「左側を決めるシグナル」を活性化することにより、左右非対称性を決定する。マウスの場合は受精後7.5日目に、胚の腹側(へその辺り)に一過的に生じる。お椀のようなくぼみの形をしており、繊毛を持つ細胞が存在する。

注2 左側を決めるシグナル

初期胚には、1996年に大阪大学の濱田研究室などから報告されたLefty遺伝子をはじめ左側だけに発現する遺伝子が存在し、そうした遺伝子により左右非対称性が決定される。これまでの研究から、左側のノード不動繊毛や細胞で右側と比べてより活発なカルシウムイオンシグナルが見られることや、Dand5遺伝子のmRNAの分解が左側だけで起こること、Nodal遺伝子の活性が左側だけで高くなることなど、左側を決定するメカニズムが明らかにされてきた。一方で、なぜ左側だけで「左側を決めるシグナル」が活性化するのかは分かっていなかった。

注3 光ピンセット

2018年にノーベル物理学賞の対象となった、光を使って溶液内の微粒子を「つかむ」技術。溶液中で強いレーザー光(赤外線レーザーを使用することが多い)を極限まで集光させて、溶液に対して屈折率の異なる微粒子を近づけると、運動量の変化から粒子を捕捉できる。

注4 超解像顕微鏡、STED顕微鏡

超解像顕微鏡は2014年にノーベル化学賞の対象となった技術。通常の光学顕微鏡では、光の回折の影響により、200ナノメートル(nm、1nmは10億分の1メートル)以下の解像度を実現することはできない。STED顕微鏡(誘導放出抑制顕微鏡)は誘導放出という現象を巧みに使用することにより、従来に比べて10倍以上高い数十nmの解像度を実現した。STEDはStimulated emission depletion microscopyの略。

注5 ノード流、動繊毛、分子モーター

ノードのお椀の中には体液の左向きの流れが存在しており、ノード流と呼ばれる。ノード流は、分子モーターと呼ばれる動くタンパク質によって駆動された動繊毛が回転して、水をかき出すことにより生まれる。ノード流の向きは左右非対称性の決定に重要で、ノード流の下流側(左側)で左側を決めるシグナルが活性化される。

注6 不動繊毛

細胞から生えた、長さわずか5µm程度の動かない繊毛。多くは一つの細胞から1本だけ生えている。従来その機能はあまり分かっていなかったが、近年になって細胞外の化学物質を受容したり、流れを受容するアンテナのような働きをすることが明らかになってきている。不動繊毛は腎臓や肝臓などさまざまな臓器の細胞にも見られるが、その詳細な機能については現在も研究途上である。本研究によって初めてノードの不動繊毛の機能が明らかにされた。

詳細

お問合せ先

< 研究・報道について >
大学院工学研究科ファインメカニクス専攻 助教 大森 俊宏
TEL:022-795-5030
FAX:022-795-6959
E-mail:omori@tohoku.ac.jp
< 報道に関すること >
東北大学工学研究科・工学部 情報広報室
TEL:022-795-5898
E-mail:eng-pr@grp.tohoku.ac.jp
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