見えない機械のしゅう動面損傷部位をAIで特定する新技術を開発

- 発電タービンなどの重大インシデント回避技術で実用化に期待 -

2023/02/13

【本学研究者情報】
〇大学院工学研究科機械機能創成専攻 准教授 村島 基之
研究室ウェブページ

発表のポイント

  • 人工知能(AI)の活用により、見えない“しゅう動面注1”における損傷部の位置を特定
  • 特定した損傷部との接触を回避するAI支援の新規しゅう動技術を開発
  • しゅう動面の損傷発生時、機械の緊急停止による重大インジデント回避が可能

概要

発電タービンなど機械製品の中には多数のしゅう動部(摩擦部)があり、その面には摩耗や異物の混入による損傷が常に生じています。その損傷は機械の停止や破壊など重大インシデントを引き起こしますが、しゅう動面の直接観察や故障予測の技術は進んでいないのが現状です。

東北大学大学院工学研究科の村島基之准教授、名古屋大学大学院工学研究科の梅原徳次教授らの研究グループは、しゅう動している変形表面注2から生じる摩擦の信号をAIにより分析することで損傷部位を特定する新しい技術を開発しました。加えて、変形表面の形状を連続的に制御することで特定した表面損傷部を回避する新しい摩擦システムも開発しました(図1)。本技術により、しゅう動面で重大な損傷が発生した場合に、摩擦の状態を安定させ、機械を安全に停止させることが可能になります。

本研究成果は、2023年1月26日にトライボロジー注3(摩擦学)の専門誌『Tribology International』にオンライン掲載されました。


図1 損傷部の移動に合わせて回避運動を行う変形表面

研究背景

機械製品には多数のしゅう動部(摩擦部)が存在し、その面には摩耗や異物の混入による損傷が常に生じています。しゅう動面に重大な損傷が生じた場合には、運転状態の不安定化および振動の増大が生じることとなり、重大な事故につながる可能性があります。現在、そういった事態に陥った場合には機械を緊急停止し、部品を取り換えることで対処しています。しかし、発電用タービンなどの回転を突然停止させることは、それ自体がリスク要因となります。そこで、しゅう動面の損傷を検知し、機械を安全に停止する新しいシステムの開発が求められています。また、軽微なしゅう動面の摩耗や損傷の場合には、安全に運転を続けさせることができるような機械を実現することができれば、部品の交換頻度低減や機械寿命の延長につながります。これが実現された場合には、機械の廃棄量の削減に伴う環境保全や、労働人口が減少する社会における生産性の向上に貢献する技術となります。

詳細な説明

AI技術の発展により機械の運転状況の診断技術などが既に実用化されつつあります。しかし、しゅう動面は運転中に常に動き続けており、かつ、その表面は物体同士に挟まれており、監視することは困難です。そのため摩耗や損傷の検知や個所の特定は困難でした。仮に場所の特定が可能となったとしてもその位置を回避して運転を続けることは既存技術では達成できない課題でした。そこで、東北大学大学院工学研究科(兼務 東北大学高等研究機構)の村島基之准教授、名古屋大学大学院工学研究科の梅原徳次教授と野老山貴行准教授、韓国光技術院(KOPTI)のWoo-Young Lee研究員らの研究グループは、近年開発が進んでいる変形表面(例として図2)を用いることでこの2つの課題を一度に解決する革新的なしゅう動面システム注1の開発に挑戦しました。


図2 従来研究で開発された硬質材料を用いても変形が実現する変形表面 [1]
(左:金属薄膜を用いた変形表面試験片 右:圧縮空気圧に応じた変形量)

通常の機械しゅう動面は平坦面であり、相手面に損傷が生じてもその存在位置を特定するすべはありません。しかし、変形表面を用いると、相手面と接触している位置関係を意図的にアンバランスにする注4ことで、損傷部と接触した際の摩擦振動に特徴が現れます。本研究では、変形形状の違いに応じて生じる摩擦信号の特徴をAIに学習させることで、目では見ることのできない摩擦相手面に存在する損傷部の位置を特定する革新的な技術の開発に成功しました。さらに、2つ目の課題の損傷部の回避については、変形表面の形状を相手面の移動量に合わせて連続的に制御することで損傷部を回避するという、従来にない発想により設計されたしゅう動面システムを開発しました。本研究の実験では、変形表面の形状変化を模擬した新しい接触点制御摩擦試験機を用いて実験が行われました(図1)。本研究では、連続的な形状の制御にもAIの学習結果を用いています。

具体的な技術としては、遺伝的アルゴリズム(Genetic Algorism: GA)注5と呼ばれるAIを用いて、損傷部の探索と変形制御による損傷部の回避を同時に行いました。遺伝的アルゴリズムは瞬時に最適解を求めることはできませんが、損傷部が存在する確率の高い位置との接触頻度を減らしながら損傷部の位置を特定していきます。そのため、最適解を求められていない状態であっても“それなりに摩擦を安定させながら、最終的には摩擦を完全に安定化させる”ことが可能となります。実際の機械において急に動作を停止させることは様々なリスクを伴うため、最適解が分からない状態であってもある程度摩擦を安定させた状態で運転し続けることが可能となる遺伝的アルゴリズムは、本研究課題に最適なAIとなります。研究では初めに、損傷部が一つある状態に対して、開発された新しいしゅう動面システムが適応されました。その結果、提案された研究コンセプトが十分に機能し、損傷部を完全に回避することに世界で初めて成功しました(図3)。実験では、損傷部との接触を完全に回避する制御が300サイクル程度で現れることが示されており、これは、900 rpmで回転する機械を考えた場合には20秒になる計算です。さらに、損傷部が同時に2つ発生したより複雑な状態においてもAIは両方の場所を正確に特定し、最終的に完全に損傷部との接触を回避することが可能であることが示されました。結果として、新たに開発された摩擦安定化しゅう動面システムは、相手面に損傷部が存在していたとしても損傷部が無い状態と同じレベルの安定的かつ低い摩擦係数を維持することが可能であることが示されました。

本技術は、重大なしゅう動面の損傷が生じた後であっても緊急停止までの間に摩擦の状態を安定させることで安全に機械を停止させる新技術につながります。


図3 AIの学習の進展により摩擦が安定化していく様子

論文情報

タイトル: Novel friction stabilization technology for surface damage conditions using machine learning
著者: Motoyuki Murashima, Takazumi Yamada, Noritsugu Umehara, Takayuki Tokoroyama, Woo-Young Lee
掲載誌: Tribology International (2023年1月26日オンライン掲載)
DOI: 10.1016/j.triboint.2023.108280 (論文情報の日本語訳)
タイトル:しゅう動面の損傷状態における機械学習を活用した新たな摩擦安定化技術
著者:村島基之、山田高澄、梅原徳次、野老山貴行、Woo-Young Lee

用語説明

(注1)しゅう動面しゅう動面システム

しゅう動面とは、通常の表面とは異なり二物体が接触しそれらが相対運動することにより形成される面です。しゅう動面システムとは、表面に新しい機能性を付与することでしゅう動する二面を有するシステムとして制御することを可能にした新しい機械要素です。

(注2)変形表面

表面の形状を変形させることができる新しい機能性表面。一般的にはゴムやラバーなどの柔軟性に富む材料を用いることで変形が実現されますが、近年、本研究を実施した村島らにより、金属や樹脂などの硬質材料であっても変形を実現する技術が開発されています[1,2]。
[1] Motoyuki Murashima et al., Active friction control in lubrication condition using novel metal morphing surface, Tribology International, 156 (2021) 106827.
[2] Motoyuki Murashima et al., Intelligent tribological surfaces: from concept to realization using additive manufacturing, International Journal of Mechanics and Materials in Design, 15 (2019) 757.

(注3)トライボロジー

相対運動しながら互いに影響を及ぼしあう二つの表面の間に起こるすべての現象を対象とする学問分野。摩擦、摩耗、潤滑に関する現象や,工業的に重要な軸受設計、表面設計、および潤滑油設計などの研究が活発に行われています。

(注4)接触している位置関係を意図的にアンバランスにする

通常の接触面は、 多少の片当たりなどは発生するにしても、接触している力(荷重)は全面に均一に分布する。変形表面は、凸部形状に変形することが可能な変形部を全面に均等に有していることが一般的である。通常の運転では、全ての変形部を凸形状(または凹形状)にすることで接触している力の分布を均一に保つようにする。しかし、全面の変形部の形状を同時に同じにするのではなく、特定の変形部のみを選択的に凸形状とすることで、 接触状態(力の分布)を不均一にすることが変形表面では可能となる。

(注5)遺伝的アルゴリズム

AIの一種。遺伝的アルゴリズムの特徴は、生物進化のメカニズムを模倣し、非常に柔軟性に優れている点にあります。生物進化においては、新しい個体(いわゆる子供)は両親からの遺伝情報を半分ずつ譲り受けますが、両親になることができる個体は他の個体よりも優れた特性を有するために、生存し交配することが可能となります。これを応用し、優れた特性を示すパターン(今回の研究では相手面の移動量に合わせた形状変化の推移)を選択的に抽出し、その情報を組み合わせることでより優れたパターンを次々と生み出していくアルゴリズムが遺伝的アルゴリズムとなります。

お問合せ先

< 研究に関すること >
東北大学 大学院工学研究科機械機能創成専攻 准教授 村島 基之
TEL:022-795-6955, 022-795-6909
E-mail:motoyuki.murashima.b3@tohoku.ac.jp
< 報道に関すること >
東北大学工学研究科・工学部 情報広報室
TEL:022-795-5898
E-mail:eng-pr@grp.tohoku.ac.jp
英文プレスリリース Fighting Friction to Protect Machinery
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