塩害から種子形成を保護するナトリウム輸送体
- 植物の耐塩性メカニズムの解明 -
2023/06/05
発表のポイント
- ナトリウム輸送体(AtHKT1注1)が雄しべのナトリウムを除去する機能が明らかになりました。
- このナトリウム輸送体を増強させることで、塩環境における種子形成と植物収量が通常の植物よりも増大しました。
- 炭素循環型燃料(バイオマス)・食糧生産に貢献する耐塩性植物の探索に指標を与える知見になりました。
概要
世界の農地の5分の1が塩害にさらされており、塩害面積は毎年増加すると推定されています。ナトリウムは人にとっては必須元素ですが、植物においては栄養元素ではなく、むしろ有害です。なかでも花や種子(生殖器官)を形成する段階でナトリウムの害を受けやすいことが知られています。
東北大学大学院工学研究科バイオ工学専攻の内山剛志大学院生、石丸泰寛准教授、魚住信之教授らの研究グループは、ナトリウム輸送体(AtHKT1)が、花の雄しべにナトリウムが溜まるのを防いでいることを明らかにしました。さらに、AtHKT1を篩管注2に追加発現させると、塩環境下において通常植物と比べて種子の形成量や植物収量が上昇しました。この耐塩性の分子機構の知見は、塩害土壌や海水利用など塩環境における植物栽培の可能性を広げる際に活用されることが期待されます。
本研究は、東北大学電子光理学研究センター、大学院工学研究科量子エネルギー工学専攻、日本女子大学、環境科学技術研究所、理化学研究所環境資源科学研究センター、信州大学、岡山大学との共同研究により行われました。
本研究成果は2023年6月3日Science Advancesにオンライン掲載されました。
研究の背景
過剰なナトリウムは植物には有害です(塩害)。植物の一生のなかで、子孫を残すために花(生殖器官)で生じる種子の形成は重要なイベントですが、根などと比較して花は塩に弱い性質があります。これまでに、モデル植物であるシロイヌナズナにおいてナトリウム輸送体AtHKT1が道管注3で機能する植物の耐塩性に関与する重要なタンパク質であることが示されていました。
今回の取り組み
今回、ナトリウム輸送体AtHKT1が花の篩管にも発現すること、塩環境においてAtHKT1欠損状態では雄しべにナトリウムが蓄積してしまい、雄しべの伸張が抑制されて受粉効率が低下することがわかりました。この結果から、ナトリウム輸送体AtHKT1はナトリウムを篩管の流れ(地上部から根へナトリウムを排除する流れ)にのせることで蓄積を防ぐことが明確になりました。
今回の実験では、通常の植物(シロイヌナズナ)の篩管にAtHKT1を追加発現した植物において、花茎がのびはじめてから培養液に塩を与えると(海水の1/5程度の終濃度100 mMの場合)、通常の植物と比較して種子の収量が1.5倍程度、植物収量は2倍程度(根を除く)に増大しました。この耐塩性植物は通常の植物と比較して、道管や篩管以外の組織へのナトリウムの拡散が抑えられていました。
今後の展開
地球規模で進む耕地の砂漠化の要因の一つは塩類の集積です。塩害面積は毎年増加すると推定されています。今回示されたナトリウム輸送体と道管と篩管の連携による花におけるナトリウムの低減の重要性を考慮して、耐塩性の強い植物の探索や育種の基盤の構築が進むと思われます。耕作地の拡大や海水の一部利用など、脱化石燃料にともなう太陽エネルギー利用(光合成)によるバイオマスの確保、食糧需要にかかわる植物生産性の増強の展開につながることが期待されます。
図1 雄しべで機能するナトリウム輸送体(AtHKT1)
ナトリウム輸送体(AtHKT1)は雄しべに発現 (青色の箇所)(左図)、 ナトリウム輸送体(AtHKT1)が機能しない植物は塩環境下で雄しべにナトリウム(青色)が蓄積(右図)。
図2 ナトリウム輸送体(AtHKT1)と植物の耐塩性の相関関係
篩部におけるナトリウム輸送体(AtHKT1)の発現量を増やすと、塩環境では地上部における道管と篩管以外の組織へのナトリウムの拡散を抑え、植物の成長は通常植物より増進した。
図3 ナトリウム輸送体(AtHKT1)の植物内における発現と機能の概念図
AtHKT1は、花の道管(雄しべ)のナトリウムを篩管に転送して根へ送り返すと考えられる。これにより、雄しべのナトリウムの過剰蓄積が抑えられ,種子形成が守られる。
謝辞
本研究は、科研費(JP20KK0127、JP21K19060、JP21H05266、JP21KK0268、JP22K19121、JP21K14780、JP20K1544)、Moonshot(JPMJMS2033)、JST SPRING(JPMJFS2102)の支援を受けました。
用語説明
(注1)AtHKT1
モデル植物Arabidopsis thaliana(シロイヌナズナ)のNaを輸送する膜タンパク質。2000年に初めてAtHKT1の存在が報告された。AtHKT1;1とも表記される。
(注2)篩管
根から地上部へ、地上部から根への両方向に養分などを輸送する管。
(注3)道管
根から地上部へ一方向に水や養分を輸送する管。
論文情報
著者: 内山剛志、齋藤俊也、山梨太郎、加藤恵、竹林昂亮、浜本晋、辻井雅、高木智子、永田典子、池田隼人、菊永英寿、須田利美、遠山翔、三輪美沙子、松山成男、瀬尾光範、堀江智明、黒森崇、山上睦、石丸泰寛、魚住信之*
*責任著者: 東北大学大学院工学研究科 魚住 信之
掲載誌: Science Advances
DOI: 10.1126/sciadv.adg5495