トランジスタの新動作原理プラズモンでテラヘルツ波の検出感度を一桁以上高めることに成功

次世代6G&7G超高速無線通信の実現への道を拓く

2023/11/24

発表のポイント

  • テラヘルツ波(注1)の検出素子として定評のあるインジウムリン系高電子移動度トランジスタ(注2)を用い、新しい動作原理を発見して適用することにより、従来の性能を一桁以上上回る大幅な検出感度向上に成功しました。
  • 同素子の無線通信への実用化において障壁となっていた、高速変調信号の波形歪みの問題を劇的に解消できる効果も得られることを示しました。
  • 6G、7G(注3)超高速テラヘルツ無線通信の実現に貢献すると期待されます。

概要

現在主流になりつつある5G無線通信に続き、テラヘルツ波を使って通信速度をさらに1~2桁高める次世代の6G、7G無線通信の研究開発が始まっています。半導体電界効果トランジスタの電子チャネル内に励起される二次元電子群の荷電振動量子(二次元プラズモン)は、その流体的振る舞いに起因する強い非線形整流効果と、電子走行時間に律速されない高速応答性から、従来型電子デバイス/光デバイスでは困難な室温で動作する高速応答・高感度なテラヘルツ波検出素子を実現する動作原理として注目されています。

東北大学電気通信研究所の佐藤昭准教授ら、東北大学未来科学技術共同研究センターの末光哲也特任教授、理化学研究所光量子工学研究センターの南出泰亜チームリーダーらの研究グループは、インジウムリン系高電子移動度トランジスタ・ベースのテラヘルツ波検出素子において、プラズモン流体非線形整流効果(注4)に加えてゲート・チャネル間ダイオード電流非線形性(注5)を重畳した新たな検出原理“プラズモニック三次元整流効果”が発現することを発見し、それによって従来性能を一桁以上上回る電流検出感度(注6)を得ることに成功しました。さらに、高速伝送系とのインピーダンス整合(注7)が可能になり、高速変調信号の多重反射による波形歪みの問題を劇的に解消できる効果が得られることを実証しました。これらは次世代6G&7G超高速無線通信の実現への道を拓く画期的な成果です。

本成果は、工学分野の専門誌Nanophotonicsに2023年11月9日にオンライン掲載されました。

研究の背景

テラヘルツ波は電波と光波の中間に位置する振動周波数を持った電磁波であり、物質を構成する分子の振動周波数と重なることからほぼすべての物質が固有の吸収特性を示すなど、他の電磁波にはないユニークな特徴を有しています。そのため、「見えないものを見る」安心・安全のための分光・イメージングや、超高速無線通信など、さまざまな学術・産業分野でテラヘルツ波を利用する技術の開発が急速に進展しています。特に、超スマート社会の実現に必須となる情報通信サービスの飛躍的な向上には、テラヘルツ波を利用する次世代超高速無線通信である6Gや7Gの技術開発が必須です。しかしながら、トランジスタをはじめとする電子デバイスやレーザをはじめとする光デバイスの開発は、テラヘルツ帯での動作は本質的な物理限界のために困難を極めてきました。特に、6Gや7Gの無線信号の受信手段として不可欠な、室温で動作し小型集積化が可能で高速応答かつ高感度なテラヘルツ波検出素子の実現にはさらなる性能向上が求められています。

そのような背景のなかで、半導体電界効果トランジスタの電子チャネル内に励起される二次元電子群の荷電振動量子(二次元プラズモン)は、その流体的振る舞いに起因する強い非線形整流効果と、電子走行時間に律速されない高速応答性から、従来型電子デバイス/光デバイスでは困難な室温で動作する高速応答・高感度なテラヘルツ波検出素子(プラズモニック検出素子)を実現する動作原理として注目されています。特に、非対称二重回折格子ゲート構造と呼ばれる独自のトランジスタ電極構造を導入した検出素子(図1(a))では、プラズモンをテラヘルツ波と効率よく結合できます。

非対称二重回折格子ゲート構造を有するプラズモニック検出素子の従来の動作原理は、以下のとおりです。まず、一方のゲート端子(ゲート1)には、その直下のチャネル領域に高い電子密度が形成されるようなバイアスを印加してプラズモン領域を形成し、もう一方のゲート端子(ゲート2)には電子密度が十分低くなるようなバイアスを印加して高抵抗領域を形成します。入射されたテラヘルツ波によってゲート1直下のプラズモン領域にプラズモンが励起され、その流体非線形整流効果によって光電流が生成されます。そして、光電流が高抵抗領域に流れ込んで光起電圧に変換され、回折格子ゲートの各周期で生成された光起電圧が足し合わされます。

その結果、大きな光起電圧が検出信号としてドレイン端子に出力されます(図1(b))。この動作原理では、素子の内部抵抗を非常に高くする(典型的には100kΩ程度)ことで検出信号を大きくできるという利点がある一方、素子の出力インピーダンスを高速伝送系で標準となる50Ωに整合させることができず、次段との信号配線間で検出信号が多重反射されることによって波形歪みが発生してしまいます。つまり、検出信号の大きさ(検出感度)と波形歪みにはトレードオフの関係があり、超高速無線通信への実用化において大きな障壁となっていました。


図1 (a)素子構造を示す鳥観図、(b)ドレイン端子から検出信号を読み出す方式の模式図、(c)ゲート端子から検出信号を読み出す方式の模式図。

今回の取り組み

今回、佐藤昭准教授らの研究グループは、インジウムリン系化合物半導体高電子移動度トランジスタ(High-Electron-Mobilitity Transistor; HEMT)をベースとし、非対称二重回折格子ゲート構造を有するプラズモニック検出素子を試作し(図2)、試作素子のゲート端子から検出信号を読み出すという従来の検出方法とは異なる方式(図1(c))を検討しました。その結果、ゲート端子に強い正のバイアスを印加することによって、二次元プラズモンの流体非線形整流効果に加えて新たにゲート・チャネル間ダイオード電流非線形性を重畳するという新たな検出原理“プラズモニック三次元整流効果”が発現することを発見しました。そしてこの新原理を適用することによって、従来性能を一桁以上上回る大幅な電流検出感度の向上に成功しました。さらに、本動作原理に従えば、素子の出力インピーダンスを高速伝送系で標準となる50Ωに整合させることが可能になり、高速変調信号の検出においても多重反射による波形歪みの問題を劇的に解消できる効果も得られることを実証しました。これらの結果は、従来の動作原理における課題を克服し、超高速無線通信への実用化の道を一気に拓くものであり、次世代6G&7G超高速無線通信の実現へ向けた画期的な成果です。

佐藤准教授らは、試作した非対称二重回折格子ゲート型インジウムリン系HEMTプラズモニック検出素子(図2)に対して、高強度テラヘルツパルス光源であるis-TPG(injection-seeded Terahertz-wave Parametric Generator)を用いて中心周波数0.8 THz、ピーク電力243 W、パルス幅150ps(注8)のテラヘルツパルスを入射し、素子のゲート2端子から出力される光起電圧の時間応答波形を測定しました。測定には広帯域オシロスコープを用い、素子のゲート端子からオシロスコープまでは50Ω伝送路系で接続しました。また、全ての実験を室温下で行いました。


図2 素子表面の電子顕微鏡写真像。

素子のゲート2端子へ印加するバイアスを負から正に変化させて光起電圧出力応答波形を測定しました。その結果、図3(a)に示すとおり、ゲートバイアスが正方向に上昇するとともに光起電圧のピーク値は指数関数的に増大しました。光起電圧波形のピーク値をゲート2バイアスの関数としてプロットした図3(b)は、素子のゲート2-チャネル間電流のゲート2バイアス依存性が示すダイオード電流特性(図3(c))とよく一致していることから、この巨大な光起電圧向上はゲート・チャネル間ダイオード電流非線形性に関係していることが示唆されました。この実験結果は、以下のように説明できます。まず、入射テラヘルツ波によって高バイアスを印加したゲート2の直下のチャネル内にプラズモンが励起され、流体非線形性によってテラヘルツ波の周波数で振動する基本波成分だけでなく、その2倍や3倍の周波数で振動する高調波成分も生成されます。これらの振動波はチャネル面内方向(水平方向)のポテンシャル振動といえます。ゲート2バイアスを強く正方向に印加するとゲート2-チャネル間のダイオード特性は順方向バイアスとなって指数関数的な電流電圧特性を示します。テラヘルツ波が本素子に照射されると、このダイオード非線形電流電圧特性によって、ゲート2-チャネル間、すなわち垂直方向に入射テラヘルツ周波数とその高次高調波成分が光電流として生成され、これらの光電流成分によって、チャネル内の水平方向のプラズモンが励振され、プラズモンの非線形整流効果が生じます。その結果、垂直方向のダイオード整流効果が水平方向のプラズモン整流効果と重畳されることとなり、巨大な光起電圧が生じます。

この巨大整流効果は、水平方向の振動であるプラズモンの流体非線形性に垂直方向のダイオード非線形性が重畳された整流効果であることから、プラズモニック三次元整流効果と名付けました。また、この物理描像の簡易的な定式化を行った結果、実験的に得られた指数関数的な光起電圧の増大が説明でき、実験結果を理論的にも検証することに成功しました。


図3 (a)テラヘルツパルス波の入射に対する素子の光起電圧応答波形、(b)ピーク光起電圧のゲート2バイアス依存性、(c)ゲート2電流-ゲート2バイアス依存性。

一方で、正のバイアスを印加した場合の時間応答波形には、パルス幅150 psの入射テラヘルツパルス波に対応する出力パルス波形の後に、10ns(注8)以上続くすそ引き波形が観測されました。このような遅い応答は無線通信においてデータ帯域を律速する要因となり、解消する必要があります。このすそ引き波形の原因は、従来型HEMT構造(図4(a))において、チャネル内電子がゲート電極にトンネル輸送される際に、ゲート・チャネル間に存在するn型インジウムアルミニウムヒ素キャリア供給層に伴うドナー準位に電子が長時間トラップされるためではないかという仮説を立てました。そこで、キャリア供給層をゲート・チャネル間の電子トンネル輸送経路から除外すべく、チャネル層の下部に移設した「逆HEMT」と呼ばれる層構造(図4(b))を持つ素子を試作し、上記のテラヘルツ波検出測定を行いました。その結果、逆HEMT構造を持つ素子ではすそ引き波形が完全に解消されており、上述の仮説を立証するとともに、無線通信用途には逆HEMT構造を持つ素子が優位であることを示しました(図4(c))。


図4 (a)従来型HEMTのバンド構造およびドナー準位における電子トラップの描像、(b)逆HEMT構造のバンド構造および電子トンネル電流の描像、(c)両素子におけるテラヘルツパルス波の入射に対する光起電圧応答波形。

図3(b)のピーク光起電圧をもとに電流検出感度のドレインバイアス依存性を算出した結果、従来型HEMT構造を持つ素子では最大0.49 A/Wの検出感度が得られました(図5)。この検出感度は、従来のドレイン端子から出力光起電圧を読み出す方式における検出感度を一桁以上超える値です。また、ショットキーバリアダイオードなどの既存の電子走行型テラヘルツ波検出素子(0.8 THzにおいて0.3~0.4 A/W)と比較しても高い検出感度です。今回は、増幅器用途で用いられるHEMTのヘテロエピタキシャル層構造を流用して素子試作・実証実験を行ったため、ゲート-チャネル間が順方向バイアスとなる通常のトランジスタ動作では用いない強い順バイアス印加時のダイオード特性の非線形性は考慮しない設計による素子における実験結果とも言えます。今後、三次元整流効果を最大限に活用し、なおかつ低いバイアスあるいはゼロ・バイアスでも動作する最適なデバイス設計を行えば、逆HEMT構造によって高速応答性を維持したままで、さらにテラヘルツ検出感度を向上できると期待されます。


図5 電流検出感度のゲートバイアス依存性。

また、従来型HEMT構造を持つ素子における内部抵抗は、図3(c)の電流電圧特性から+2.1V印加時におよそ100Ωであると算出され、従来の動作原理において典型的な内部抵抗が100kΩ程度と非常に高かったことと比較して、50Ω伝送系とのインピーダンス整合が非常に容易であることを示しました。

今後の展開

今回得られたテラヘルツ検出感度特性は、6G&7Gクラスの次世代超高速テラヘルツ無線システムの受信機に求められる100メートル程度の伝送に十分な室温動作可能のテラヘルツ検出素子を実現できるレベルにあると評価できます。一方で、上述のとおり三次元整流効果を活用したプラズモニック検出素子にはさらに性能改善の余地があり、今後さらに性能向上を進めていけば、次世代超高速無線通信6G&7Gの伝送距離をキロメートルレベルに延長することも十分に期待されます。

謝辞

本成果において、デバイス試作は東北大学が主導しました。実験研究は東北大学と理化学研究所との共同研究によります。また、本成果は、国立研究開発法人情報通信研究機構(NICT(エヌアイシーティー))の委託研究(採択番号#JPJ012368C01301)により得られたものです。

用語説明

(注1)テラヘルツ波

テラヘルツは1秒間に10の12乗回(1兆回)振動する周波数。「テラ」は基礎となる単位の10の12乗倍(1兆倍)の量を意味する(単位:THz)。テラヘルツ波は電波と光波の中間に位置する波長約10マイクロメートル(周波数30テラヘルツ)から10ミリメートル(周波数300ギガヘルツ)の電磁波。

(注2)高電子移動度トランジスタ(High-Electron-Mobility Transistor; HEMT)

異なる化合物半導体層を積層させることで、チャネル層の電子移動度を高く保ったトランジスタ。インジウムリン系化合物半導体を用いたHEMTでは、キャリア供給層と呼ばれるインジウムアルミニウムヒ素層にドーピングを施し、チャネル層となるインジウムガリウムヒ素層に遠隔的に電子をドーピングすることで、チャネル層には不純物が入らないため、高い電子移動度を実現する。

(注3)6G、7G

現行の4G、5Gに続く次世代の無線通信規格であり、5Gの10~100倍以上の通信速度を目指し、研究開発が世界的に進んでいる。5Gで使用されているマイクロ波・ミリ波ではデータ容量に限界があるため、さらに高い周波数を持つテラヘルツ波の活用が望まれている。

(注4)プラズモン流体非線形性

二次元電子群の荷電振動量子:二次元プラズモンは、流体的に振る舞うために電子密度や電子速度に対する非線形性を有しており、調和振動するプラズモンに対して直流電流の生成(整流効果)や高調波成分の生成が起こる。

(注5)ダイオード電流非線形性

ダイオードにおける電圧-電流特性によって生じる非線形性。一般的なダイオードは、逆バイアス印加時は電流が流れず、順バイアス印加時はバイアスが増えるほど指数関数的に電流が増えるという、バイアスに対して非線形な電流特性を有しており、調和振動する交流電圧に対しても直流電流の生成(整流効果)や高調波成分の生成が起こる。

(注6)電流検出感度

テラヘルツ波の入射電力強度(単位:ワット(W))当たりに生成される光応答電流量(単位:アンペア(A))。

(注7)インピーダンス整合

高周波信号の伝送において、信号の送信側、受信側、およびその間の伝送線路でインピーダンスを合わせること。高速伝送系では50 Ωに整合させることが標準である。インピーダンスを整合させていない場合、信号の多重反射が生じて受信側では波形が歪むため、特に超高速大容量データ通信においてはインピーダンスを整合させることが非常に重要である。

(注8)ps、ns

ps(picosecond、ピコ秒)は1兆分の1秒(10-12秒)、ns(nanosecond、ナノ秒)は10億分の1秒(10-9秒)のこと。

論文情報

タイトル: Gate-Readout and a 3D Rectification Effect for Giant Responsivity Enhancement of Asymmetric Dual-Grating-Gate Plasmonic Terahertz Detectors
著者: Akira Satou*, Takumi Negoro, Kenichi Narita, Tomotaka Hosotani, Koichi Tamura, Chao Tang, Tsung-Tse Lin, Paul-Etienne Retaux, Yuma Takida, Hiroaki Minamide, Tetsuya Suemitsu and Taiichi Otsuji
*責任著者: 東北大学 電気通信研究所 准教授 佐藤 昭
掲載誌: Nanophotonics, online published, Nov. 9, 2023※.
※ 巻号, 頁番号は未定
DOI: 10.1515/nanoph-2023-0256
※ 著者のうち、Kenichi Narita(成田 健一)氏、Koichi Tamura(田村 紘一)氏は、大学院工学研究科に在籍、Takumi Negor(根来 拓海)氏、Tomotaka Hosotani(細谷 友崇)氏は、大学院工学研究科修了生

お問合せ先

< 研究に関すること >
東北大学 電気通信研究所 准教授 佐藤 昭、教授 尾辻 泰一
TEL:022-217-5821
E-mail:akira.satou.d2@tohoku.ac.jp
< 報道に関すること >
東北大学電気通信研究所 総務係
TEL:022-217-5420
E-mail:riec-somu@grp.tohoku.ac.jp
東北大学工学研究科・工学部 情報広報室
TEL:022-795-5898
E-mail:eng-pr@grp.tohoku.ac.jp
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