電気を流し、室温強磁性を示す希土類酸化物を発見
- スピントロニクス材料としての応用に期待 -
2024/05/13
発表のポイント
概要
強磁性体は次世代メモリに利用できるスピンロニクス材料として期待されています。希土類元素(注4)R(R: Sc、Y、ランタノイド)の安定な酸化物はR2O3で、非磁性の物質が多く、絶縁体のため電気が全く流れません。そのため電気や磁気の性質を使う機能材料としては利用されていません。ところが最近、単純な岩塩構造をもつROという準安定な酸化物を合成できることがわかってきました。このROには高い電気伝導性や磁性が発現します。我々の研究グループはこれまでに、ROの一種である酸化ガドリニウム(GdO)の薄膜合成に成功し、強磁性体であることを確認しました。しかし不純物が多く、キュリー温度は276K(3℃)に留まり室温では機能材料として利用できませんでした。
東北大学大学院理学研究科の福村知昭教授ら、東京都立大学大学院理学研究科の岡大地准教授、東北大学大学院工学研究科・材料科学高等研究所(WPI-AIMR)・国際集積エレクトロニクス研究開発センター・先端スピントロニクス研究開発センター、東京大学理学系研究科からなる研究グループは、GdOの薄膜合成の際に、CaOを薄膜成長の下地の層として用いることで、高純度のGdO薄膜が得られ、電気伝導性が向上し、キュリー温度も303K(30℃)まで上昇させることに成功しました。異常ホール効果を示すため、磁化シグナルを電気的に検出することが可能で、スピントロニクス材料として期待できます。
本研究成果は、2024年5月10日18時(日本時間)に科学雑誌Journal of Materials Chemistry Cに掲載されました。
研究の背景
本研究分野においては、これまで希土類酸化物は室温では非磁性で電気も流れないというのが常識でした。これは地球上に安定に存在する希土類酸化物が、R2O3(R: Y, ランタノイド)という化学式で表され、Rは3価のイオンで電気伝導性を示すd電子(注5)を含まないためです。一方、Rが2価のイオンであるROという準安定相の希土類酸化物がいくつか存在することが40年以上前に知られていましたが、その後はほとんど研究されていませんでした。
一般に、厚さが数十ナノメートル(ナノは10億分の1)しかない薄膜を合成すると、通常は安定に存在しない物質を安定化させることが可能になります。研究グループは、2016年に薄膜合成により、ROが容易に合成できることを見出しました。そして、2020年にGdOを合成することに成功し、キュリー温度が276K(3℃)であることが判明しました。周期表でGdの左隣の元素であるユーロピウム(Eu)の酸化物としてEuOが知られていますが、EuOのキュリー温度の69K(-204℃)をはるかに超えるキュリー温度です。しかし、このキュリー温度は0℃をわずかに上回るにとどまっていました。
今回の取り組み
研究グループが2020年に合成したGdO薄膜は、フッ化カルシウム(CaF2)基板の上にそのまま成長させていました。しかしGdOとCaF2の結晶構造の最小単位である格子定数の差がかなり大きいためGdO薄膜の結晶性が悪く、不純物のGd2O3が少なからず混入していました。今回、その格子定数の差をできるだけ解消するために、GdOとCaF2の間に薄い酸化カルシウム(CaO)層を挿入しました(図1)。GdOをCaOの格子定数の差は小さいため、GdO薄膜の結晶性が向上し、不純物のGd2O3も大幅に減りました。その結果、GdO薄膜の電気伝導性やキュリー温度を改善することができました。
特に、キュリー温度を約30K高い303K(30℃)まで高めることができたのが大きな成果です(図2)。同時に電気伝導性も向上し、異常ホール効果を観測することができました(図3)。異常ホール効果は、強磁性体の磁化の大きさを電気的に検出するために使うことのできる現象です。したがって、GdOの磁化の大きさは電気測定で簡易的に求めることができます。
今後の展開
今回の研究では希土類酸化物の強磁性体として知られるEuOよりキュリー温度がはるかに高い室温強磁性体GdOが見つかりました。今後はEuより電子が1個だけ多いGdの酸化物でこのような高いキュリー温度が生じたメカニズムを解明します。さらに電子が多い希土類の酸化物についても強い関心が持たれます。
近年、非磁性体に微量の磁性元素を添加した化合物で高いキュリー温度が報告されていますが、磁性元素が微量のため磁化(すなわち磁力)が小さいという問題がありました。今回のGdOは、磁性原子であるGdの原子数がはるかに多いため、新室温強磁性体としては珍しく、強い磁力をもつ物質といえます。そして、Gdは大きなスピン軌道相互作用(注6)を示すので、磁化の制御と電気的検出に適した強磁性体で、今後、スピントロニクス材料として用いられる可能性があります。
謝辞
本研究は日本学術振興会科研費の助成を受けています(JSPS KAKENHI Grant Number JP18H03872, JP18K18935, JP19K15440, JP20H02704, and JP21H05008)。XMCD測定は高エネルギー加速器研究機構フォトンファクトリー(ビームラインBL-16A)で行われました(Proposal No. 20G577, 22G516)。
用語説明
(注1)キュリー温度
強磁性体が強磁性の性質を示す上限の温度。キュリー温度以上の温度では、常磁性になり、磁石の性質は示さない。
(注2)異常ホール効果
ホール効果は、磁場中の物質に、磁場と垂直方向に電流を流すと、磁場と電流に直交する方向に起電力が生じる現象である。起電力が磁場と電流の大きさに比例するのが正常ホール効果で、磁場センサーに用いられる。異常ホール効果は、磁場でなく物質の磁化に比例する起電力が生じるため、起電力を測定することで磁化の大きさがわかる。
(注3)スピントロニクス
従来の電子の電荷としての性質を利用するエレクトロニクスに電子が持つ磁石の性質(スピン)を取り入れる技術のこと。
(注4)希土類元素
特殊な形状の4f軌道に電子が0個から14個まで満たされていく元素群をランタノイド元素と呼ぶ。それらにスカンジウム(Sc)とイットリウム(Y)を合わせたものが希土類元素。レアアースとも呼ばれる。
(注5)d電子
原子を構成する電子軌道にはs軌道、p軌道、d軌道、f軌道がある。このうちd軌道にある電子がd電子。s軌道とp軌道は個々の原子の周りに独立して存在するが、d軌道とf軌道は広がって周辺の原子の軌道と重なるため、d電子あるいはf電子は固体の中を動くことができる。
(注6)スピン軌道相互作用
物質中の電子のスピンと軌道運動との相互作用。電子の運動を電場等で人工的に制御することで、電子のスピン、すなわち磁化を制御することができる。
論文情報
著者: Takato Fukasawa, Dai Kutsuzawa, Daichi Oka*, Kenichi Kaminaga, Daichi Saito, Hirokazu Shimizu, Hiroshi Naganuma, and Tomoteru Fukumura*
*責任著者: 東北大学大学院理学研究科 教授 福村知昭
掲載誌: Journal of Materials Chemistry C
DOI: 10.1039/d4tc00738g