環境にやさしい工場のプロセスの迅速な構築につながる機械学習技術を開発
- 複雑な化学反応の計算に必要な数百~数千の化学種を5種類に減らしても同等の精度 -
2024/05/24
発表のポイント
概要
低炭素・循環型社会の実現は急務であり、環境にやさしい化学プロセスを迅速に実現する必要があります。プロセス開発を従来よりも短時間で行うためには、シミュレーションの効果的な活用が欠かせません。シミュレーションの際に利用する化学反応モデルの精度が低いと、誤った結果を導く可能性があります。一方で、高精度な化学反応モデルを使用すると、シミュレーションに時間がかかるという課題がありました。
東北大学大学院工学研究科の松川嘉也助教らの研究グループは、詳細化学反応機構という精度が高く複雑なモデルをニューラルネットワークに学習させるための新たなデータセットの作成方法を開発しました。この方法は、化学反応の普遍的な特性を考慮して、化学反応の観点で偏りの小さなデータセットを作成することができます。そのデータセットを学習したニューラルネットワークは詳細化学反応機構に近い精度でごく短時間に反応速度を求めることができます。
本研究成果は、2024年5月11日に化学工学分野の専門誌 Chemical Engineering Journalにオンライン掲載されました。
研究の背景
低炭素・循環型社会の実現は急務であり、使用済みプラスチックや二酸化炭素(CO2)などの炭素資源を化学原料として循環利用したり、植物由来の原料・燃料などのバイオマスを活用したりするシステムをいち早く実現する必要があります。それには従来よりもプロセス開発の時間を大幅に短縮するため、実験に加えてシミュレーションを効率よく利用し、開発のスピードを高めることが重要です。化学工場の装置内部の様子を理解するためには化学反応を考慮した数値流体力学(CFD)(注5)がよく行われていますが、化学反応モデルの精度が低ければ、シミュレーション全体の精度も低下してしまいます。一方で精度の高い化学反応のモデルはシミュレーションに時間がかかるものばかりで、スーパーコンピューターを使っても膨大な時間がかかってしまうという課題がありました。
精度を保ったまま、CFDシミュレーションの際、短時間で反応速度を求めることができるようにする様々な研究が行われていますが、これらのほとんどは対象が限定され、その対象の化学反応の特性を考慮して簡略化されたものでした。そのため、ノウハウが必要であったり、他の分野への適用が難しかったりなどの問題があります。最近活用が広がってきたニューラルネットワークはその構築方法さえ確立できれば、それ以上のノウハウが不要であり、かつ、様々な分野に適用可能です。しかし、実際には単純にニューラルネットワークを学習させても正しく反応速度が予測できないことが課題でした。
今回の取り組み
本研究では詳細化学反応機構という複雑なモデルをニューラルネットワークに学習させる(図1)ための新たなデータセット作成方法を開発しました。詳細化学反応機構では数百~数千の化学種が考えられているため、化学反応速度を求めるのに非常に時間がかかります。これに対して開発したニューラルネットワークでは、詳細化学反応機構を介せず主要成分の反応速度に着目することで、対象とした水性ガスシフト反応ではわずか5化学種で済ませられ、化学反応速度を400分の1以下の短い時間で求めることができます。従来のデータセット作成方法は一見偏りの少ないデータセットにみえても、化学反応の観点からは偏ったデータセットになってしまっていることを明らかにしました。新たなデータセット作成方法は化学反応の普遍的な特性を考慮して、化学反応の観点で偏りの小さなデータセット(図2)を作成することができるため、そのデータセットを学習したニューラルネットワークは元となった詳細化学反応機構から得られる反応速度に近い高精度な反応速度を得ることができます。
今後の展開
本研究では水性ガスシフト反応(注6)を対象に検証しましたが、今後は他の様々な化学プロセス・化学反応に展開し、適用できることを検証します。また、対象とするプロセスの温度変化が過度に大きいと、精度が低下するという課題があるため、その点を改善し、より幅広く活用できる手法を確立することを目指します。
謝辞
本研究はJSPS科研費 JP21K03911の助成を受けたものです。
用語説明
(注1)ニューラルネットワーク
人間の脳内にある神経細胞(ニューロン)のネットワーク構造を模した数学モデルであり、機械学習のモデルとしてよく利用される。
(注2)詳細化学反応機構
化学反応において、物質がどのような過程を経て最終生成物に変化していくかを示したものを反応機構といい、一続きの化学反応の各段階で起こることを詳細に記述しようと試みる理論的な推論である。特に、ラジカルなどのごくわずかにしか存在しない化学種も含めてできる限り多くの化学種を考慮した反応モデルを詳細化学反応機構と呼ぶ。様々な条件で精度よく利用することができるが、考える化学種数と化学反応式の数が多いため、シミュレーションに膨大な時間がかかる。
(注3)データセット
何らかの目的や対象について収集され、一定の形式に整えられたデータの集合。機械学習などコンピュータによる自動処理を行うために用意された大量の標本データのことを指すことが多い。
(注4)化学種
分子、化合物、イオンや原子などを一括した言葉。詳細化学反応機構では酸素(O2)、水蒸気(H2O)、二酸化炭素(CO2)や水素ラジカル(H)など数百種類が考えられている。
(注5)数値流体力学(CFD)
CFDはComputational Fluid Dynamicsの略。航空機、自動車や化学プロセスなどの様々な分野において流体の運動を数値解析で予測することにより各種機器・設備の設計などに活用されている。
(注6)水性ガスシフト反応
水蒸気(H2O)、一酸化炭素(CO)、水素(H2)、二酸化炭素(CO2)が介する平衡反応。様々な化学プロセスで起こる反応であり、カーボンニュートラル実現のために製鉄用の高炉に水素を導入した場合にも起こると考えられている。
論文情報
著者: Kohei Yamaguchi, Yoshiya Matsukawa*, Yui Numazawa, Hideyuki Aoki
*責任著者: 東北大学大学院工学研究科化学工学専攻 助教 松川 嘉也
掲載誌: Chemical Engineering Journal, Volume 491, 1 July 2024, 151659
DOI: 10.1016/j.cej.2024.151659