特殊な磁性体を使い従来の約4倍高強度の光誘起テラヘルツ波発生に成功
- 素子の単純構造と白金不要な特長を生かして産業応用にも期待 -
2024/06/10
発表のポイント
概要
現在、トポロジカルな電子構造を有する物質(トポロジカル物質)の基礎的研究が世界各国で精力的に行われています。トポロジカル物質の一つであるワイル磁性体は、巨大な異常ホール効果等を発生することが明らかとなり、国内外の大学や研究機関、企業で産業応用へ向けた材料開発の取り組みがすでに進んでいます。
東北大学材料科学高等研究所(WPI-AIMR)のマンダル ルマ(Ruma Mandal)助教(研究当時)ならびに同大学大学院工学研究科応用物理学専攻の門馬廉大学院生(研究当時)は、WPI-AIMRの水上成美教授らと共同で、代表的なワイル磁性体であるコバルト・マンガン・ガリウムホイスラー合金テラヘルツ波(注5)から発生する光誘起テラヘルツ波を観測し、典型的な磁性体からの発生と比べて強度が約4倍高いことを確認しました。
本研究では、ワイル磁性体であるコバルト・マンガン・ガリウムホイスラー合金の単結晶薄膜試料を様々な条件で作製し研究を進めた結果、ワイル磁性体に特有のトポロジカルな電子構造に由来する巨大異常ホール効果が、光誘起テラヘルツ波を増強していることが明らかになりました。ワイル磁性体における光とスピンの織りなす物性の理解を深めるとともに、新しい機能性を見出した成果と言えます。
これまでに開発されたスピン励起のテラヘルツエミッタ(発生器)に比べて発生するテラヘルツ波の強度はまだ低いですが、構造が単純で白金など高価な重金属は不要になります。これらの特長を生かし、今回の技術が次世代の検査技術やバイオ・医療など、様々な産業分野で用いられることも期待できます。
本研究は2024年6月7日に材料科学分野の学術誌NPG Asia Materialsのオンライン版に掲載されました。
研究の背景
現在、膨大なデジタル情報を効率よく処理するハードウエアや、スマート社会を実現するセンサー、大容量・高速の無線通信を可能とする電波送信・受信ハードウエア、そして効率のよいエナジーハーベスター等、将来にわたり持続的に発展できる社会の基盤となる様々な技術の開発が進んでいます。そういった基盤技術を担いうる次世代の材料の一つとして、いわゆるワイル磁性体に大きな期待がもたれ、世界各国の研究機関や企業でその基礎研究が進められています。ワイル磁性体は、トポロジカルな電子構造を有する物質であり、従来の磁性体に比較して非常に大きな異常ホール効果を発生する等、様々な巨大物性を発現することが最近の研究から明らかになっています。すでに、その特異な性質を産業に応用するための材料研究開発が、国内外の研究機関や企業で精力的に行われています。
今回の取り組み
研究グループでは、これまで、ナノメートルの厚みを有する磁性金属薄膜と重金属薄膜を積層した人工物質における光誘起テラヘルツ波に関する基礎的な研究を進めてきました(参考文献1-5)。そのようなナノ積層金属薄膜はスピントロニクス・テラヘルツエミッタとよばれ、半導体や誘電体からなるテラヘルツエミッタとは異なるスピントロニクスに固有の物理原理で動作します。製造が容易で、大面積化も可能であるといった、半導体や誘電体からなるテラヘルツエミッタにはない優位性も有しており、国内外の研究機関やスタートアップ企業で研究開発が進んでいます。他方、より大きな光誘起テラヘルツ波を発生するスピントロニクス・テラヘルツエミッタの開発には、異なる物理原理に基づく光誘起テラヘルツ波の研究や、その基盤となる物質の基礎研究が必要です。 今回、研究グループでは、巨大な異常ホール効果を発現するワイル磁性体であるコバルト・マンガン・ガリウムホイスラー合金に着目し(図1(a))、その光誘起テラヘルツ波について研究しました(図1(b))。コバルト・マンガン・ガリウムホイスラー合金の単結晶薄膜試料を様々な条件で作製し研究を進めた結果、コバルト・マンガン・ガリウムホイスラー合金が、典型的な磁性体である鉄・コバルト・ホウ素合金に比較して強度が約4倍大きなテラヘルツ波を発生することが明らかになりました(図2(a))。また、このテラヘルツ波の発生が、ワイル磁性体に特有の巨大異常ホール効果に起因していることが明らかになりました(図2(b))。
図1. (a) ワイル磁性体:コバルト・マンガン・ガリウムホイスラー合金(Co2MnGa)の結晶の模式図。 (b) 光誘起テラヘルツ波:現象の模式図。異常ホール効果を介して、パルス光が電場を誘起し、テラヘルツ波が放射される。本研究では磁性体薄膜に(a)のワイル磁性体を用いた。
図2. (a) 本研究で観測されたワイル磁性体:コバルト・マンガン・ガリウムホイスラー合金(Co2MnGa)薄膜から発生した光誘起テラヘルツ波。同様の実験条件で観測された鉄・コバルト・ホウ素(Fe-Co-B)の薄膜に比較し、大きなテラヘルツ波が発生している。(b) 対応する薄膜サンプルで観測された異常ホール効果。ワイル磁性体:コバルト・マンガン・ガリウムホイスラー合金(Co2MnGa)薄膜の異常ホール抵抗率も、鉄・コバルト・ホウ素の薄膜に比較し増大している。
今後の展開
独自の発見である本成果は、ワイル磁性体における光とスピンの織りなす物性の理解を深めるとともに、新しい機能性を見出した成果と言えます。スピントロニクスに固有の物理原理である逆スピンホール効果(注6)を用いるテラヘルツエミッタ(発生器)に比較するとまだ発生するテラヘルツ波の強度は低いものの、より単純な薄膜構造で作製できるとともに、従来構造には不可欠の白金等の重金属元素を必要としないという点で優位性があります。今後、テラヘルツ波の発生に関わる定量的な物理理論の構築を進めるとともに、今回用いたワイル磁性体を超える異常ホール効果を発現する物質探索を通じて、産業応用へ向けた展開が可能であると考えられます。
参考文献
- Appl. Phys. Lett. 111, 102401 (2017).
- Phys. Rev. B 100, 140406 (2019).
- Appl. Phys. Express 13, 063001 (2020).
- Appl. Phys. Lett. 117, 192403 (2020).
- Phys. Rev. B 107, 144413 (2023).
謝辞
本研究は、科学研究費補助金(JP22K14586、JP21H05000)、次世代X-nics半導体創生拠点形成事業(JPJ011438)、東北大学TUMUG支援プログラム等の支援により行われました。
用語説明
(注1)テラヘルツ波
周波数が、電波と光の中間、おおよそ0.3~30テラヘルツ(THz)の電磁波。非破壊検査や、バイオ・医療応用、また第6世代移動通信システム(6G)といった情報通信技術の研究開発が進んでいる。
(注2)ワイル磁性体
電子のバンド構造で質量ゼロとなる一対の点(ワイル点)を有する磁性体。ワイル点がない典型的な磁性体に比べて巨大な磁気輸送効果や磁気光学効果を発現する。
(注3)トポロジカル物質
物性の多くは物質中の電子構造によって決定されるが、その電子構造に従来みられない際立ったトポロジー(幾何学的性質)を有する物質群をトポロジカル物質とよぶ。
(注4)異常ホール効果
強磁性体において発現する、磁性体の有する磁気によって発生するホール効果。ワイル磁性体においては、強磁性体でなくとも異常ホール効果が発現する。
(注5)ホイスラー合金
化学式X2YZで表される元素組成を持つ合金や金属間化合物。XとYは遷移金属元素、Zは典型元素からなる。ホイスラー型とよばれる立方晶の結晶構造を有し、元素の組み合わせで様々な機能性を示す。
(注6)逆スピンホール効果
物質中でスピン流から電流が生じる物理効果。電子は電気的性質(電荷)と磁気的性質(スピン)を有しており、物質中ではそれら電荷とスピンの流れを発生させることができ、各々電流、スピン流とよばれる。電流からスピン流が発生する効果はスピンホール効果とよばれる。
論文情報
著者: *Ruma Mandal, Ren Momma, Kazuaki Ishibashi, Satoshi Iihama, Kazuya Suzuki, and *Shigemi Mizukami
*責任著者: 東北大学 材料科学高等研究所 助教 Ruma Mandal(研究当時)、東北大学 材料科学高等研究所 教授 水上成美
掲載誌: NPG Asia Materials
DOI: 10.1038/s41427-024-00545-9
お問合せ先
東北大学材料科学高等研究所(WPI-AIMR) 教授 水上 成美
TEL:022-217-6003
E-mail:shigemi.mizukami.a7@tohoku.ac.jp