N2O5にさらすとバジルの精油成分が変化する
- プラズマ技術を利用した植物二次代謝産物の増産 -
2024/06/17
発表のポイント
概要
バジルをはじめとするハーブは、香り豊かな多数の植物二次代謝産物からなる精油を産生します。精油には、害虫による食害やカビなどによる病害を抑える働きがあります。また、これら二次代謝産物は食品や薬の有効成分として、私たちの健康維持にも広く利用されています。
東北大学 大学院工学研究科・非平衡プラズマ学際研究センターの金子 俊郎 教授らは、空気と電気からN2O5を選択的に合成するプラズマ装置の開発に成功し、部局横断的な共同研究を進めてきました。今回、生命科学研究科の立石 莉英(当時 大学院生)、岸田 なつみ 特任研究員、藤井 伸治 准教授、東谷 篤志 教授らは、バジルの栽培時に金子教授らが開発したプラズマ装置を利用してN2O5ガスを曝露することで、精油成分の合成が促進されることを明らかにしました。栽培時の農薬使用量の低減、食の安全性の向上、さらには植物がつくる有用な二次代謝産物の増産につながることが期待されます。
本成果は科学誌Scientific Reportsに2024年6月4日付けで掲載されました。
研究の背景
バジルをはじめとするハーブは香り豊かな精油を産生し、多数の植物二次代謝産物が含まれています。精油は、受粉や種子の運搬のために昆虫や鳥を誘引する働き、逆に、アブラムシなど害虫による食害、カビなどの感染による病害を抑える働きがあります。ハーブ以外にも全ての陸生植物は、リグニンやフラボノイドなど様々な二次代謝産物を合成し体の支えや成長、傷害・病害に対する抵抗性に寄与しています。また、これら二次代謝産物は食品や薬の有効成分として、私たちの健康維持にも広く利用されています。
東北大学 大学院工学研究科・非平衡プラズマ学際研究センターの金子 俊郎 教授、髙島 圭介 助教(当時)、佐々木 渉太 助教らは、空気と電気からN2O5を選択的に合成するプラズマ装置の開発に成功し、本学が独自に支援する世界を先導する研究フロンティア開拓のためのプロジェクト「新領域創成のための挑戦研究デュオ~ Frontier Research in Duo(FRiD) ~」の1つとして部局横断的な共同研究を進めてきました。これまでに、モデル植物シロイヌナズナを用いた研究では、N2O5ガスの曝露がジャスモン酸ならびにエチレンを介したシグナル伝達経路を活性化し、灰色カビ病菌やキュウリモザイクウイルスの感染を抑制、植物免疫を高めること、また、窒素肥料として窒素不足を改善できることを示してきました(参考文献1~3)。
今回の取り組み
モデル植物シロイヌナズナを用いたN2O5ガスの曝露が植物免疫を活性化し、病害抵抗性を高めた先行研究において、遺伝子発現の解析からトリプトファンの代謝に関わる酵素遺伝子、なかでも抗菌物質カマレキシンの合成に関わる遺伝子の発現誘導が観察されていました。カマレキシンはシロイヌナズナをはじめとするアブラナ科植物にみられる二次代謝産物の1つであります。二次代謝産物は、植物種に応じて多岐に渡ることから、N2O5ガスの曝露は他の植物種においても、それぞれ特徴的な二次代謝産物の増産が生じるか検証することとしました。そこで今回、生命科学研究科 立石 莉英(当時 大学院生)、岸田 なつみ 特任研究員、藤井 伸治 准教授、大坪 嘉行 准教授、永田 裕二 教授、東谷 篤志 教授は、金子 俊郎 教授らが開発したプラズマ装置を利用して、バジルの栽培時にN2O5ガスを曝露することで、精油成分のメチルオイゲノール、シネオール、シンナムアルデヒド、カリオフィレンオキシドなどの合成、その他、ケルセチンなどフラボノイドの合成が促進されることを明らかにしました。
また、遺伝子発現の解析から、N2O5の曝露は、傷害や乾燥など様々なストレスに応じて二次代謝産物の合成を誘導するジャスモン酸(JA)のシグナル経路を活性化し、各種合成経路に関わる酵素遺伝子群の発現が誘導されることを明らかにしました(図1)。
今後の展開
これらの結果は、プラズマ装置を利用し空気と電気から合成したN2O5ガスの曝露は、バジルの精油成分のみならず、広く、植物の様々な二次代謝産物の合成を促進し、頑強さの付与、傷害や病害に対する抵抗性に寄与することを示唆します。N2O5ガスは最終的には水に溶解して硝酸となり、植物は窒素肥料として取り込みます。したがって、農薬のように残留性リスクがなく、農薬使用量の低減、食の安全性の向上につながります。また、植物の二次代謝産物は食品添加物や生薬の原料としても利用され、それら有効成分の増産は、人類の健康にも貢献することが期待されます。
図1 N2O5の曝露によりバジル葉において増減した二次代謝産物とその合成に関わる遺伝子(立体は二次代謝産物量の変化、斜体は酵素遺伝子の発現量の変化。赤字:増加、橙字:増加と減少、青字:減少、黒字:変化なし。)
謝辞
本研究は世界を先導する研究フロンティア開拓のためのプロジェクト「新領域創成のための挑戦研究デュオ~ Frontier Research in Duo(FRiD) ~」の支援を受けて実施されました。
用語説明
(注1)N2O5ガス
五酸化二窒素は反応性の高い活性窒素種(reactive nitrogen species: RNS)の1つで、水と反応すると硝酸になります(N2O5 + H2O → 2HNO3)。通常の合成法では複数の危険な原材料を必要とするため、また、大気中の水蒸気など水分と容易に反応するため安定に保存することも難しい気体で、これまでは広く使用されていませんでした。
(注2)二次代謝産物
その生存や生殖に必須の糖、有機酸、アミノ酸、脂質など、種を越えて普遍的な化合物群を一次代謝産物とよび、二次代謝産物は生命維持には必須ではなく、生存に有利に働く多種多様な化合物で、種ごとに多様性がみられ、その総数は20万種類を超えるといわれています。植物の香り成分、生薬の成分やフラボノイド類などが有名です。
参考文献
- Tsukidate D, Takashima K, Sasaki S, Miyashita S, Kaneko T, Takahashi H, Ando S. Activation of plant immunity by exposure to dinitrogen pentoxide gas generated from air using plasma technology. PLoS One. 2022, 17(6):e0269863. doi: 10.1371/journal.pone.0269863.
- Yamanashi T, Takeshi S, Sasaki S, Takashima K, Kaneko T, Ishimaru Y, Uozumi N. Utilizing plasma-generated N2O5 gas from atmospheric air as a novel gaseous nitrogen source for plants. Plant Mol Biol. 2024, 114(2):35. doi: 10.1007/s11103-024-01438-9.
- Takeshi S, Takashima K, Sasaki S, Higashitani A, Kaneko T. Plasma nitrogen fixation for plant cultivation with air-derived dinitrogen pentoxide. Plasma Process Polym. In press.
論文情報
著者: Tateishi R†, Ogawa-Kishida N†, Fujii N, Nagata Y, Ohtsubo Y, Sasaki S, Takashima K, Kaneko T, Higashitani A†*. †筆頭著者
*責任著者: 東北大学 大学院生命科学研究科 教授 東谷 篤志
掲載誌: Scientific Reports
DOI: 10.1038/s41598-024-63508-8