基板の表面処理で原子層二次元半導体の電荷制御に成功
- 従来より極めて超低消費電力の電子デバイス実現に道 -
2024/07/09
発表のポイント
概要
二次元ファンデルワールス材料(注4)を三次元半導体に積層した二次元/三次元半導体ヘテロ構造は、超低消費電力の情報演算、光を用いた情報の高速伝送、太陽電池や光センサーなど、人工知能(AI)やモノのインターネット(IoT)を活用した社会を支える基盤材料として期待されています。この二次元/三次元半導体ヘテロ構造では、二次元半導体と三次元半導体の界面における電荷やスピンの移動効率が機器の動作性能を決定づける非常に重要な要素であると考えられています。
東北大学大学院工学研究科の小田川武史 大学院生、山本壮太 特任助教、好田誠 教授らは、NTT物性科学基礎研究所と共同で、異なる表面処理を施した三次元半導体に二次元半導体を積層し、二次元半導体の電荷状態を調べました。その結果、三次元半導体表面に存在する自然酸化膜(注5)の除去と未結合手(注6)の終端(注7)によって、二次元半導体から三次元半導体への電子の移動効率の向上と、二次元半導体の電荷状態を制御することに成功しました。
表面処理だけで界面での電荷の移動効率や二次元半導体の電荷状態を制御できるという本研究の成果は、二次元/三次元半導体ヘテロ構造の性能向上のみならず、量子情報技術やバレートロニクス(注8)への展開が期待されます。
本成果は、米国物理学会AIP Publishingが発行する材料科学分野の国際誌APL Materials に6月26日付で掲載されました。
研究の背景
炭素原子が六角形に結びついた原子1個分の厚さのシートであるグラフェンが黒鉛から剥離して作製できるようになって以来、二次元ファンデルワールス材料は大きな注目を集めています。ファンデルワールス材料は、表面に未結合手を持たないことから、ヘテロ構造を作製する際に材料の格子定数(注9)に関わらず積層することができます。従って、金属、半導体、絶縁体、磁性体、誘電体など様々な材料を任意の順序・角度で積層できるという高い材料選択性を有することから、二次元ファンデルワールス材料は従来の材料系では実現できなかった新奇物性の開拓の舞台となってきました。
このような二次元ファンデルワールス材料は、既に現代社会で広く利用されている三次元半導体の上にもファンデルワールス力によって積層できることが知られています。この積層構造を利用すると、三次元半導体の成熟した結晶成長・不純物添加技術と二次元ファンデルワールス材料の材料選択性の高さを生かした新概念のデバイスが実現できると期待されています。これまでにも、トンネル電界効果トランジスタ(注10)やスピンダイオード(注11)、高感度光センサー、太陽電池などの動作が実証されています。
ところが、これまで報告されてきた三次元半導体と二次元ファンデルワールス材料の接合では、動作性能が想定より劣っていることが多く、その原因の解明と解決が強く求められていました。
今回の取り組み
本研究では、既存のプロセス技術を組み合わせて三次元半導体の表面状態を原子スケールで制御する手法を開発し、その表面処理手法の効果を、三次元半導体であるGaAs(ヒ化ガリウム)の上に、二次元ファンデルワールス半導体である単層WS2(二硫化タングステン)を積層した二次元/三次元半導体ヘテロ構造を用いて調査しました。実験では、表面を異なる手法で化学処理した3種類のGaAs基板それぞれにWS2を積層した試料A、B、Cを用意し(図1)、GaAs基板とWS2の界面での電荷授受の様子を調べ、比較しました。
GaAs基板に施した3 種類の表面処理
A. GaAs基板表面に自然酸化膜が残っている。
B. GaAs基板表面の自然酸化膜を除去した。表面に未結合手が存在する。
C. GaAs基板表面の自然酸化膜を除去したのち、基板表面の未結合手に硫黄原子を結合させた。
図2は、A、B、CにおけるWS2の発光スペクトル(注12)です。Aでは円偏光度(注13)は大きいが直線偏光度(注14)は小さい、というWS2内部の余剰電子を示唆する特徴が観測されました。一方で、BとCでは 円偏光度と直線偏光度の両方が大きく、WS2内部の電子が減少したものと推察されました。このことは、GaAs表面の自然酸化膜によるエネルギー障壁が消滅し、WS2からGaAs基板に電子が移動した結果として説明することができます。
また、図3に示したようにCの発光スペクトルでは、低エネルギー側の発光強度がBの発光スペクトルと比較して抑制される様子が観測されました。低エネルギーの発光はGaAs基板表面の表面準位(注15)の存在を示す特徴であるため、この実験結果は、GaAs基板表面の未結合手が硫黄で終端されたことで、未結合手に電子が束縛される確率を抑制できたことを示唆しています。
今後の展開
本研究で得られた知見は、二次元/三次元半導体ヘテロ構造における電荷、スピン、バレー電流の移動を促進する新しいアプローチに応用することが可能です。これは、デバイスのスピン注入効率や移動度の改善に繋がります。また、ゲート電圧を印加せずに二次元半導体のキャリア濃度を制御する手法にも応用することができます。従って本研究の成果は、超低消費電力の情報演算、光を用いた情報の高速伝送、太陽電池や光センサーなどの実現に貢献できると期待されます。
図1 本研究で検証した3種類の表面処理方法の概略図。A: 表面の洗浄のみを行ったGaAs基板に単層WS2を積層した。B: 表面の洗浄と自然酸化膜の除去を行ったGaAs基板に単層WS2を積層した。C: 表面の洗浄、自然酸化膜の除去、表面の硫黄終端を行ったGaAs基板にWS2を積層した。
図2 WS2の発光スペクトル。Aの処理の場合、円偏光度が21% と大きいにもかかわらず直線偏光度が4% と小さい。これは、WS2内の荷電励起子が発光しているためであり、WS2内部に余剰の電子が存在することを示唆する。一方、BとCの処理の場合、円偏光度と直線偏光度はどちらも大きい。これはWS2内の中性励起子が発光しているためであり、Aの場合と比べてWS2中の電子が減少した、即ちWS2からGaAs基板に電子が移動したことを示唆する。
図3 BとCのWS2の発光スペクトルの比較。また、Bと比較してCでは、発光エネルギーが1.95電子ボルトの付近の発光強度が小さい。このエネルギーの発光は、表面準位に束縛された励起子からの発光に対応するため、Cでは表面準位に励起子が束縛される確率が抑制されていると考えられる。
謝辞
本研究はJSPS科研費(JP21H04647)、JST 創発的研究支援事業(JPMJFR203C)、JST-CREST(JPMJCR22C2)、東北大学高等大学院博士後期課程学生挑戦的研究支援プロジェクト(JPMJSP2114)、東北大学スピントロニクス国際共同大学院プログラム、および旭硝子財団研究助成事業の助成を受けたものです。
用語説明
(注1)二次元半導体
原子層が平面的に並んでいる厚さが非常に薄い半導体。
(注2)三次元半導体
原子が三次元的に配置されている通常の半導体。
(注3)ヘテロ構造
異なる材料が積層された構造のこと。
(注4)ファンデルワールス材料
原子層同士が微弱なファンデルワールス力によって積層した半導体。本研究ではWS2原子層一層のみからなる二次元ファンデルワールス半導体の単層WS2を用いた。
(注5)自然酸化膜
金属や半導体の表面が酸素と反応してできる酸化物の膜。
(注6)未結合手
分子中や結晶中の原子の化学結合手のうち他の原子や分子と結合せず余っている結合手。ダングリングボンドとも呼ぶ。
(注7)未結合手の終端
未結合手を他の原子と結合させること。
(注8)バレートロニクス
固体中の電子が流れる道や流れ方を決めている複数の自由度(バレー自由度)を利用したデバイス応用技術。従来よりはるかに低消費電力のデバイスなどを実現できると期待されている。
(注9)格子定数
結晶を構成する原子と原子の間の距離。物質ごとに決まっており、異なる格子定数の物質を積層することは一般に難しい。
(注10)トンネル電界効果トランジスタ
従来のデバイスと異なり、量子トンネル効果を変調することでスイッチングを行うトランジスタ。
(注11)スピンダイオード
2枚の磁石で薄い絶縁体を挟んだ構造を持つ素子。電流を流す向きに依存して磁極の相対的な向きが変化し、抵抗値が変わるため、一方向の電流のみを通すダイオードとして動作する。
(注12)発光スペクトル
物質が放出する光の強度を、その波長に対して表示したもの。発光スペクトルの解析により、光が放出される直前の物質の状態を調べることができる。
(注13)円偏光度
右回り円偏光と左回り円偏光の強度の差を全強度で規格化した値。
(注14)直線偏光度
直交する2つの直線偏光の強度の差を全強度で規格化した値。
(注15)表面準位
金属や半導体の表面に観られる電子状態。
論文情報
著者: Takeshi Odagawa, Sota Yamamoto, Chaoliang Zhang, Kazuki Koyama, Jun Ishihara, Giacomo Mariani, Yoji Kunihashi, Haruki Sanada, Junsaku Nitta, and Makoto Kohda*
*責任著者:東北大学大学院工学研究科 教授 好田 誠
掲載誌: APL Materials 12, 061120 (2024)
DOI: 10.1063/5.0214718
URL: https://doi.org/10.1063/5.0214718