屈折率特性が向上した6G通信向けメタマテリアルの開発

- 微細な二層リング共振器を等方的に分散 -

2024/07/22

【工学研究科研究者情報】
〇大学院工学研究科ロボティクス専攻 教授 金森 義明
研究室ウェブページ

発表のポイント

  • 二層スプリットリング共振器(注1)を三次元的に不規則に配置した三次元バルクメタマテリアル(注2)を開発しました。
  • この新材料は光学的等方性を示し、テラヘルツ波(注3)の周波数での屈折率制御が可能です。
  • 新材料は粉体で供給が可能なため、液状樹脂に混合し容易に任意形状に加工することができます。
  • 第6世代移動通信システム(6G)(注4)をはじめ、医療・バイオ・農業・食品・環境・セキュリティなど幅広い分野での応用の加速が期待されます。

概要

世界ではすでに第5世代移動通信システム(5G)(注5)の次の世代「6G」を見据えた研究開発が始まっており、5G用の電波(ミリ波)よりさらに波長が短いテラヘルツ波が使用されることが明示されています。

東北大学大学院工学研究科ロボティクス専攻の金森義明教授らの研究グループは、6G通信向け電波制御材料の研究を行っており、2022年3月に、加工が容易かつ幅広い屈折率特性を有する新規材料の三次元バルクメタマテリアルの開発について報告しました(注6)。このたび、易加工性の利点はそのままに、屈折率特性をさらに向上させた新たな材料の開発に成功しました。以前の材料では、メタマテリアルの単位構造として一層のスプリットリング共振器を内包しましたが、それを二層のスプリットリング共振器に変更することにより、性能向上が実現しました。本学工学研究科に設置した国内初のメタマテリアルを専門とする研究センター「メタマテリアル研究革新拠点」(注7)において、この研究をさらに加速させていきます。

本研究成果は、2024年7月8日、Advanced Scienceに掲載されました。

研究の背景

国内では2020年3月に第5世代(5G)移動通信システムによる商用サービスが始まりました。一方、米国、韓国、欧州、中国、日本を中心に2030年代の実用化を目指して5Gの次の世代「6G」を見据えた研究開発が始まっており、テラヘルツ波が使用されることが明示されています。その実現には、テラヘルツ波を自在に操作するためのレンズ・プリズム・フィルタ等の光学素子が必要となります。しかしながら、テラヘルツ領域では光学材料の選択肢が乏しいため、多種多様な光学素子の実現が困難であり、加工が容易かつ幅広い屈折率特性を有する新規材料の開発が待たれています。メタマテリアルは、超微細構造体で構成される人工光学物質で、これまでの電磁波操作技術の限界を打ち破る革新的な人工構造体として注目されています。これまで研究グループでは、自由な形状に形成可能かつ任意の屈折率を有するテラヘルツ光学素子の実現を目指し、メタマテリアルの単位構造として一層のスプリットリング共振器を内包した1辺100µmの立方体の粉体を用いた三次元バルクメタマテリアルを実現し、周波数0.7THz付近において、屈折率を制御することに成功しました。しかし、屈折率の変化率は小さく、多種多様なテラヘルツ用光学素子に展開するためにも、より大きな屈折率変化を実現する三次元バルクメタマテリアルの開発が望まれていました。

今回の取り組み

東北大学大学院工学研究科ロボティクス専攻の金森義明教授、Ying Huang(イン ホワン)特任助教、大学院生(研究当時)の木田喬仁氏、大学院生の脇内駿氏、岡谷泰佑助教、猪股直生准教授らの研究グループは、二層スプリットリング共振器を固体のアモルファス構造を規範として三次元的に不規則配置した三次元バルクメタマテリアルを開発しました。二層スプリットリング共振器を用いることにより、一層構造よりも単位体積当たりの共振器の密度が増大し、周波数0.34THz 付近で屈折率が1テラヘルツあたり2.314変化することを確認しました。この屈折率変化率は、以前報告した三次元バルクメタマテリアルより1.25倍大きく、さらに二層スプリットリング共振器の配置の密度で調整できることも実証しました。アモルファス構造を規範とすることで等方的な光学特性が実現でき偏光依存性が解消されるため、汎用性の高いテラヘルツ波制御用光学素子の実現が期待されます。

図1に、三次元バルクメタマテリアルの利用イメージを示します。メタマテリアルの共振特性を利用すると高い屈折率を得ることができます。高い屈折率を持つ三次元バルクメタマテリアルでレンズを作ることで、短い焦点距離を持つレンズや薄いレンズを作ることができ、装置の小型軽量化を実現します。また、メタマテリアルの共振波長帯では屈折率が大きく変化する高い屈折率分散特性を示します。高い屈折率分散特性を持つ三次元バルクメタマテリアルで、波長に応じて異なる角度で屈折するプリズムを作ることができ、テラヘルツ波を波長ごとに分ける分光器を実現できます。6G通信をはじめ様々なテラヘルツ波応用分野における波長抽出やスペクトル解析に応用されることが期待できます。メタマテリアルを用いることで、高い屈折率や屈折率分散特性の波長帯をニーズに応じて設計できることは、産業応用上、大きな利点となります。また、三次元バルクメタマテリアルは二次元平面的に配列されたメタマテリアルと異なり、等方的な光学特性が実現でき偏光依存性が解消されるため、汎用性の高いレンズ・プリズムの実現が期待されます。

図2(a)に、メタマテリアル内包粉体の概念図を示します。金で構成される二層のスプリットリング共振器がシクロオレフィンポリマー(COP)に内包された粉体で構成されています。図2(b) に、製作したメタマテリアル内包粉体の写真を示します。開発したメタマテリアルは粉体として供給可能です。テラヘルツ波の波長よりも小さな数百μm程度の大きさのメタマテリアルが内包された樹脂製粉体を液状樹脂に攪拌し、型を用いて凝固させることで、任意形状かつメタマテリアルの設計に応じた屈折率特性を持つ光学物質(三次元バルクメタマテリアル)を製作できます。

三次元バルクメタマテリアルの概念図を図3(a)に示します。透明樹脂のCOP中にメタマテリアル単位構造が三次元的に方向依存なく分散された構造であるため、偏光依存性が解消され、等方的な光学特性が実現できます。一例として、金型成形により、直径16 mm、厚さ1.3 mmの三次元バルクメタマテリアルを製作することに成功しました(図3(b))。図3(c)は拡大写真であり、メタマテリアル単位構造の二層スプリットリング共振器が三次元的に不規則に配置されていることが見て取れます。周波数0.315~0.366THzにおいて、屈折率を1.577~1.459まで変化させることに成功しました。

図4に、屈折率変化率とメタマテリアル粉体の密度Dの関係を示します。屈折率変化率は、Dの増加に伴って直線的に増加し、D=25%では0.525、D=50%では1.089、D=100%では2.314となり、この傾向は線形フィットでき、Dにより三次元バルクメタマテリアルの光学特性を制御できることを実証しました。

今後の展開

本研究では、研究グループがこれまで開発してきた三次元バルクメタマテリアルの屈折率変化率を向上させることができました。これは、大きな屈折率変化率をもち、その特性はバルク成型時のメタマテリアルの密度調整で制御可能で、さらに易加工性をも可能とするものです。ユーザーは、三次元バルクメタマテリアルを自在に加工し、テラヘルツ光学素子を製作することができるようになります。テラヘルツ波は、6Gの通信技術をはじめ、生物や物質の非破壊検査や分光分析に使われるため、医療・バイオ・農業・食品・環境・セキュリティなど幅広い分野での応用の加速が大いに期待されます。


図1 三次元バルクメタマテリアルの利用イメージ

図2 メタマテリアル内包粉体 (a)概念図、(b)外観写真と拡大写真

図3 三次元バルクメタマテリアル (a)概念図、(b)外観写真、(c)拡大写真

図4 屈折率変化率とメタマテリアル粉体の密度の関係。
Δfは周波数変化、Δnは屈折率変化。

謝辞

本研究の一部は、科研費基盤研究(A)(JP21H04659)の支援を受けたものです。

用語説明

(注1)スプリットリング共振器
切れ目のある環状の構造をしたLC共振器。切れ目(スプリット)部がキャパシタ(C)、リング部分がインダクタ(L)となる。特定の周波数で電磁波に対して共振を起こす特性を持ち、特にメタマテリアルの設計において重要な役割を果たす。
(注2)メタマテリアル

制御の対象とする電磁波の波長より小さな単位構造で構成され、自然界にはないような電磁波応答を示す人工光学物質。空間的な局在電場モード(光の状態密度)を自在に設計し得る最小の光共振器とも言え、電磁波の応答特性は主にメタマテリアルの形状で決まる。光共振器の設計次第で実効的な屈折率を自在に制御できる。要求に応じた屈折率を持つ光学材料を設計に基づき人工的に実現でき、負の屈折率、透明マント(クローキング)、完全レンズなどの実現可能性が示されている。

(注3)テラヘルツ波

光波(赤外線)と電波(ミリ波)の中間にあたる帯域の電磁波で波長は約10μm(周波数30THz)から約1mm(周波数300GHz)。赤外線のように検査・分析に用いる他、波長約10mm(30GHz)から約10cm(周波数3GHz)のマイクロ波を用いる現在の通信(5G)に続く次世代通信(6G)用の電磁波として期待されている。

(注4)第6世代移動通信システム(6G)

現行の携帯電話で使われている 4G、5Gに続く無線通信システム。2030年代の商用化が見込まれている。通信速度は5G の10 倍以上の毎秒 100ギガビット級(ギガは10億)が想定されている。高解像度の3D映像を触覚情報などと合わせてリアルタイムで送受信できるようになる。医療分野では遠隔での治療や診察、教育分野では臨場感のあるリモート授業が実現する。

(注5)第5世代移動通信システム(5G)

2020年3月からサービスが開始された、一世代前の4Gと並ぶ現行の通信規格。4Gと比較して、高速大容量、多数同時接続、超低遅延といった特徴がある。さまざまな電子機器がネットワークに接続されるようになる。

(注6)2022年3月10日 東北大学プレスリリース

6G通信向け電波制御材料 安価に大量生産
- 世界初 部材として供給可能な三次元バルクメタマテリアルを開発 -
https://www.tohoku.ac.jp/japanese/2022/03/press20220310-01-6g.html

(注7)研究センター「メタマテリアル研究革新拠点」

2022年6月1日設置。拠点長は東北大学大学院工学研究科 教授 金森義明。
https://web.tohoku.ac.jp/kanamori/0meta-ric/index.html

論文情報

タイトル: 3D Bulk Metamaterials with Engineered Optical Dispersion at Terahertz Frequencies Utilizing Amorphous Multilayered Split-Ring Resonators
著者: Ying Huang, Takanori Kida, Shun Wakiuchi, Taiyu Okatani, Naoki Inomata, and Yoshiaki Kanamori*
*責任著者: 東北大学大学院工学研究科 教授 金森 義明
掲載誌: Advanced Science, Article No. 2405378 (2024).
DOI: 10.1002/advs.202405378

お問合せ先

< 研究に関すること >
東北大学 大学院工学研究科 ロボティクス専攻 教授 金森 義明
TEL:022-795-4893
E-mail:ykanamori@tohoku.ac.jp
< 報道に関すること >
東北大学工学研究科・工学部 情報広報室
TEL:022-795-5898
E-mail:eng-pr@grp.tohoku.ac.jp
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