表面コーティング材として知られるクロム窒化物に高速な相変化機能を発見
- IoTやAIに不可欠な相変化メモリの新材料として期待 -
2024/08/05
発表のポイント
- 希少金属で毒性を持つテルル(Te)をベースとした構造も複雑なカルコゲナイド(注1)系相変化材料(PCM)の枠を超え、身近で構造が単純なクロム窒化物(CrN)が高速な相変化により大きな電気抵抗変化を示すことを発見しました。
- 105以上の電気抵抗比と30ナノ秒(ns)の高速動作の相変化をクロム窒化物で実現しました。この高速かつ大きな電気抵抗変化は情報記録材料として有用な特性です。
- CrN型相変化メモリ素子は、窒素原子の僅かな移動と結晶構造変化により動作するため、従来PCMより動作電力を低減できることを確認しました。
概要
近年、モノのインターネット(IoT)、人工知能(AI)、およびビッグデータ解析の発展に伴い、高速かつ大容量な不揮発性メモリ(NVM)(注2)の需要が急増しています。このニーズに応えるべく、素子構造が単純な相変化メモリ(PCRAM)(注3)が注目されています。既存のPCRAMの情報記録層には、カルコゲン元素であるテルル(Te)をベースとした相変化材料(PCM)が用いられていますが、PCMのアモルファス相化に大きな熱エネルギーを必要とするため動作電力が高いといった課題があります。
東北大学材料科学高等研究所(WPI-AIMR)の双逸助教、同大学大学院工学研究科の須藤祐司教授(兼材料科学高等研究所)、慶應義塾大学理工学部のポール フォンス教授らの研究グループは、クロム窒化物(CrN)が高速ジュール加熱により、ナノ秒での相変化が誘起され、電気抵抗が大きく変化(5桁以上変化)することを発見しました。このCrN系PCMは商用のゲルマニウム・アンチモン・テルル(Ge-Sb-Te(GST))(注4)系PCMと同様に高速で動作し、動作エネルギーを1桁低減できます。切削工具用の硬質被膜としても知られるCrNは化学的に安定しており、カルコゲナイド系PCMよりも環境に優しく、新たなグリーンメモリ材料として期待できます。
本成果は、米国化学会誌ACS Nanoに 2024年8月1 日(現地時間)付で掲載されました。
研究の背景
近年、Ge-Sb-Te(GST)などの相変化材料(PCM)が、不揮発性の相変化メモリ(PCRAM)の情報記録層の材料として広く研究されてきました。これらはアモルファス相と結晶相の間を高速かつ可逆的に相変化する特性を持つため、高い注目を集めています。しかし、アモルファス相/結晶相変化において、アモルファス相化には材料を融解しなければならず、根本的に動作エネルギーが高く、結晶化に時間を要するため、動作速度の面で他の次世代メモリに遅れをとっていました。
こうした課題に対し、化学組成や局所構造の制御、元素ドーピングなどによる相変化材料の結晶化時間の短縮が試みられています。また、低消費電力と高速動作を可能とする溶融フリーの結晶/結晶相変化材料が注目を集めています。例えば、人工的なGeTe/Sb2Te3超格子(注5)に代表されるiPCM(界面相変化材料)メモリ素子では、界面結合状態変化による電気抵抗変化がメモリ動作の基盤となっています。また、セレン化インジウム(In2Se3)やテルル化モリブデン(MoTe2)などの二次元材料(注6)は電場によって構造相変化を起こし、大きな抵抗変化を生じることが報告されています。
しかしながら、これらの超格子や単層/層状の二次元材料メモリ素子の製造は複雑で労力がかかることが多く、また希少金属で毒性を持つTeといったカルコゲン元素を含む材料は、環境への配慮の観点からは必ずしも望ましくありません。さらに、長期のメモリ動作サイクル後に観察されるTe元素の偏析がメモリデバイス寿命に影響を与える可能性も指摘されています。そのため、アモルファス相を介さず、かつシンプルな組成であり、環境にも優しい相変化型グリーンメモリ材料の創成が期待されています。
今回の取り組み
双逸助教と須藤祐司教授は、東北大学大学院工学研究科の森竣祐大学院生(研究当時)、山本卓也助教(研究当時)、畑山祥吾学術研究員(研究当時)、安藤大輔准教授、および韓国・漢陽大学校のY.H. Song教授、J.P. Hong教授らと共同で、クロム窒化物(CrN)が高速ジュール加熱により、ナノ秒での相変化が誘起され、電気抵抗が大きく変化(5桁以上変化)することを発見しました。また、産業技術総合研究所の齊藤雄太研究グループ長(現:東北大学グリーン未来創造機構グリーンクロステック研究センター教授)、慶應義塾大学理工学部のポール フォンス教授らと共同で、今回の相変化を示すCrNの局所構造や欠陥状態、バンド構造を放射光実験により明らかにしました。
CrNは、ドリルなどの切削工具の表面にコーティングする硬質皮膜として広く知られています。さらに、欠陥制御により金属的な挙動から半導体的な振る舞いまで多様な電子物性を持たせることができるため、熱電材料など幅広い分野での応用も期待されています。また、CrNの結晶構造は外場(圧力や温度)によって制御することが可能であり、相変化メモリ応用に向けて、大きなポテンシャルを秘めていると言えます。
今回の研究では、CrNが相変化による電気抵抗スイッチング動作(図1a)を示すことを立証し、従来のGST系PCMよりも省エネルギー動作する(1桁の動作エネルギー低減)ことを実証しました。さらに、30nsでの高速書き換え動作が可能であり、かつ、大きな動作ウィンドウ(セットとリセット状態の電気抵抗差が105以上)を持つため情報読み取り精度の大きな向上が見込めるなど、他の代表的な次世代不揮発性メモリに比べて優れた性能を発揮します(図1b)。
今回の研究では特に、透過電子顕微鏡(TEM)を用いてCrNの相変化メカニズムを解明しました。成膜状態でのCrNは低電気抵抗であり、その結晶構造は立方晶(Cubic相)を呈しました。一方、電圧パルスによるジュール加熱により高電気抵抗へと相変化した領域のCrNは(図2a)、高分解TEM(HRTEM)像解析により、六方晶CrN2(Hexagonal相)を呈することが明らかとなりました(図2b、c)。CrNのCubic相内に六方晶 CrN2 相の形成を誘発するプロセスは、クロム原子および窒素原子の局所的な組成変化と、それに付随する結晶構造変化が同時に生じていることが分かりました(図2d)。これは、従来 PCM の相変化プロセスである、組成変化なしにアモルファス相/結晶相間を相変化するプロセスとは全く異なります。さらに熱分布シミュレーションにより、この原子拡散と構造変化が電場効果ではなく熱効果によって引き起こされることを見出し、熱泳動/拡散メカニズムであるソレー拡散(注7)によって原子拡散が生じていることを明らかにしました。
今後の展開
本研究の成果により、メモリデバイスの劇的な省エネルギー化や飛躍的な高性能化が実現し、さらには人工知能分野で必要とされる次世代の高速大容量不揮発性メモリへの応用なども期待されます。また、従来のカルコゲナイド系相変化材料に代わる新しい相変化窒化物材料群の創成が期待されます。今後は、CrNメモリ素子の書き換え耐久性などを検証すると共に、CrN以外の窒化物における相変化現象にも焦点を当て研究を進めていきます。
図1 (a)本研究で作製した記録素子の動作特性(30nsの電圧パルスを用いて徐々に電圧を印加したところ、1.1V付近にて低抵抗状態(セット)から高抵抗状態(リセット)へと変化し、1.4V付近で再び低抵抗化するという、ナノ秒レベルの高速かつ不揮発な抵抗スイッチング挙動を示すことを発見した)。(b)本研究のCrNメモリの動作エネルギーと動作ウィンドウのベンチマークプロット、および他の代表的な次世代不揮発性メモリとの比較(注:ReRAM:抵抗変化型メモリ;CBRAM:導電性ブリッジメモリ;PCH:相変化ヘテロ構造メモリ材料; iPCM(界面相変化材料))。
図2 (a)高抵抗状態にリセットされたデバイスの断面透過電子顕微鏡(TEM)画像。(b、c)相変化領域境界で撮影された断面高分解TEM画像。(d)CrNの相変化における抵抗スイッチングメカニズムの概略図。
謝辞
本研究は、JSPS科研費(課題番号 JP21H05009、JP22K20474、JP24K00915)、村田学術振興・教育財団、ヒロセ財団、池谷科学技術振興財団の助成を受けて行われました。研究の一部は、国立研究開発法人情報通信研究機構 (NICT) 「革新的情報通信技術研究開発委託研究(JPJ012368C03701)」により行われました。また、この研究の一部は文部科学省の「マテリアル先端リサーチインフラ事業(ARIM(エーリム)事業)」の支援を受けました(補助金番号 JPMXP1223TU0185)。
用語説明
(注1)カルコゲナイド
周期表の酸素と同じ族に位置する元素(硫黄(S)、セレン(Se)、テルル(Te)など)からなる化合物。特に、遷移金属を含むものを遷移金属カルコゲナイドといいます。
(注2)不揮発性メモリ(NVM)
コンピュータの電源を切ってもデータ(情報)を記録保持しているメモリ。
(注3)相変化メモリ(PCRAM)
外場によ って生じる相の変化により大きな物性変化(電気特性や光学特性)を示す相変化材料を用いた不揮発性メモリを指します。一般的に、PCRAM に用いられる相変化材料は、アモルファス相と結晶相の間での相変化が利用されます。アモルファス/結晶相変化は、電気パルスによるジュール加熱により行い、通常、電気抵抗が高いアモルファス相をリセット「0」、電気抵抗が低い結晶相をセット「1」として情報を記録します。PCRAM メモリセルは、相変化材料の上下を電極で挟みこんだ単純な構造を有するため、他の次世代メモリに比較して、製造コストや集積度の面で有利とされています。最近では、DRAM とフラッシュメモリのアクセス時間の差を埋めるストレージクラスメモリとして実用化されています。
(注4)ゲルマニウム・アンチモン・テルル(Ge-Sb-Te (GST) )
GST は、アモルファス相と結晶相間の相変化に伴って大きな光学反射率変化を示すため、PCRAMに先立って光記録ディスクとして実用化されました。GST は、相変化に伴い大きな電気抵抗変化も示すため、PCRAM 用材料としても使用されています。
(注5)GeTe/Sb2Te3超格子
ゲルマニウムテルル(GeTe)とアンチモンテルル(Sb2Te3)という二つの材料からなるナノスケールの層状構造です。これらの材料は、それぞれ異なる特性を持ち、層状に積み重ねることで新しい物性を持つことができます。
(注6)二次元材料
ファンデルワールス力によって、原子層が積層して結晶構造を構成している物質のこと。二次元物質の代表的なものとして、グラファイトがあげられます。
(注7)ソレー拡散
ソレー拡散(Soret diffusion)とは、温度勾配の存在下での物質の拡散現象の一つで、温度が異なる部分間で物質が移動する現象を指します。この現象は熱泳動(thermophoresis)とも呼ばれます。
論文情報
著者:Shuang, Yi*1 ; Mori, Shunsuke; Yamamoto, Takuya; Hatayama, Shogo; Saito, Yuta; Fons, Paul; Song, Yun-Heub; Hong, Jin-Pyo; Ando, Daisuke; Sutou, Yuji*2
*1 東北大学材料科学高等研究所 助教 双 逸
*2 東北大学大学院工学研究科 教授 須藤 祐司
掲載誌: ACS Nano
DOI: 10.1021/acsnano.4c03574