高温固体電解質燃料電池が動作時の応力状態評価に成功
- 故障原因解明や長期運転のための設計改良への貢献に期待 -
2025/04/15
発表のポイント
- X線を用いた測定により、高温およびガスフロー下での固体電解質の応力状態の評価に成功しました。
- 電解質直下のNi(O)-YSZ(注1)電極の酸化還元過程における体積変化が電解質応力に与える影響を実測しました。
- 固体酸化物形燃料電池や高温水蒸気セルにおける「電解質の割れ」を防止する設計への貢献が期待されます。
概要
近年、グリーン水素(注2)の利用や製造技術の一環として、700ºC近傍の高温で作動する固体酸化物形燃料電池や高温水蒸気セル等の固体酸化物セル(SOC)(注3)が注目されています。しかしSOCの電解質部分は、応力が原因で割れや故障を引き起こし深刻な破壊を招くことがあります。そのため、電解質にかかる応力を正しく把握しコントロールすることが、SOCの信頼性と耐久性を確保するために極めて重要です。
東北大学大学院環境科学研究科と東北大学SOFC/SOEC実装支援研究センター(注4)の川田達也教授、東北大学大学院環境科学研究科 山口実奈 助教、駒谷拓己大学院生ら(研究当時)の研究グループは、非接触・非破壊で行える応力測定法であるX線cosα法を用い、温度とガスコントロールが可能な自作チャンバーを組み合わせることで、高温・ガスフロー下での応力測定を実現しました。この方法により、SOCの重要な部品である電解質の応力状態をその場で観察することに成功しました。正常な作動時には、電解質に圧縮応力が生じる一方、ガス漏れや燃料切れなどにより予期せず水素極が酸化雰囲気にさらされる際には引っ張り応力が生じ、電解質の故障の可能性が高まることを観測しました。この現象は、電解質の割れや変形のリスクを増加させることが明らかになりました。本研究の成果は、SOCの長期運転における故障の原因を解明し、電解質の割れを防ぐための設計改良に貢献することが期待されます。
本成果は2025年3月27日に学術誌Journal of The Electrochemical Society にオンライン掲載されました。
研究の背景
固体酸化物形燃料電池(SOFC)や高温水蒸気電解セル(SOEC)を含む固体酸化物セル(SOC)は、エネルギー変換効率が高く、低炭素排出型のエネルギー源として広く注目されています。これらセルは、水素極層、電解質層、反応防止層、空気極層の積層構造をもち、セラミックスにより構成されています。水素極に厚みを持たせた水素極支持固体酸化物形燃料電池が実用化されていますが、さらなる普及のために、信頼性の向上が求められています。中でも、電解質の割れはSOCの故障原因の一つであり、これは両極のガスの混合を避け、高い性能を維持するために割れを防止することが重要です。
SOC電解質は、層間の熱膨張係数の違いにより、焼結後に圧縮応力が生じています。運転時には700ºC程度まで昇温され、さらに水素極がNi(O)-YSZからNi-YSZに還元されますが、この還元による水素極の体積変化が電解質の応力挙動に影響を与え、デバイスの信頼性と寿命を左右します。また、意図しない燃料切れや、ガスリークにより水素極が酸化雰囲気に晒されると、水素極の酸化による体積変化が、電解質の応力状態を変化させます。これまでの研究では、これらの酸化還元による電解質の応力変化がセルの故障を引き起こす原因の一つとして指摘されていますが、還元と酸化の過程でYSZ電解質がどのように応力を受けるのかについては、まだ詳細な理解が不足していました。
今回の取り組み
本研究では、X線cosα法を用いて、2種類の商用セル(Elcogen社製とNingbo SOFCMAN社製)のYSZ電解質の応力測定を行い、還元および再酸化過程中の応力変化をモニターしました。cosα法は非破壊・非接触な測定法であり、従来のX線応力測定法(sin2ψ法)とは異なり、二次元検出器を用いることで測定時間を大幅に短縮できるという利点があります。SOCの作動温度への加熱およびガス雰囲気制御下での応力測定を、自作のサンプルホルダを用いて実現しました(図1参照)。そして、従来の方法では追跡が難しかったSOCの酸化・還元プロセスによる時間スケールでの応力変化をモニターするのに適しています。
還元過程(図2左)では、ElcogenセルとNingboセルの両方で類似した傾向が観察されましたが、初期の残留応力値や応力変化速度に顕著な違いがありました。還元初期には、NiOからNiへの還元に伴う収縮により電解質の圧縮応力が増加し、その後、金属Niのクリープ変形により徐々に応力が緩和され、最終的には100–150 MPaの安定した圧縮応力状態に達しました。ElcogenセルはNingboセルよりも多孔度が高く、還元が早く進行するため、速い応力変化を示しました。初期の残留応力値や変化速度の違いは、セルの微細構造や焼結温度によるものと考えられます。
酸化過程(図2右)では、ElcogenセルとNingboセルで異なる挙動が観察されました。Elcogenセルは、電解質の圧縮応力が減少した後、引張応力に転じ、再酸化開始後30分程度で約700 MPaに達しました。Niが酸化することで水素極が膨張し、水素極に接している電解質が引っ張られたと考えられます。Ningboセルでも、酸化初期には圧縮応力が減少しましたが、その変化はElcogenセルよりもゆっくり進行しました。再酸化開始から約3時間後に応力が0に近づき、その後圧縮応力が一度増大し、再び圧縮応力の緩和が進み、最終的には引張応力が発生しました。両セルでYSZ表面にひび割れが観察されたことから、これらの応力変化はクラック形成を通じてストレスが解放されたことを示唆しています。
以上の通り、本研究では酸化還元時の電解質応力をモニターすることで、酸化・還元過程における応力挙動の詳細な理解が得られました。また、水素極の多孔度の違いが、応力変化の速度や過程に顕著な影響を与え、これがセルの信頼性や寿命に関連していることが示唆されました。
今後の展開
本研究により、SOC電解質の応力変化をリアルタイムでモニターする手法が確立されました。この技術は、健全なセルの作動条件を提案するための指針として役立つことが期待されます。また、今回測定したガスによる酸化還元過程だけでなく、発電モードや電解モードで電流を流した際の安全な作動条件範囲を探索することにも有用であると考えられます。今後は、これらの成果をもとに、SOCのより高性能で長寿命な運用を実現するための指針を提供することを目指します。
謝辞
本研究は、国立研究開発法人 新エネルギー・産業技術総合開発機構(NEDO)の委託によるJPNP20003プロジェクトの成果に基づいています。
用語説明
(注1)YSZ
イットリア安定化ジルコニア(Yttria-Stabilized Zirconia)の略称。酸化物イオン(O2-)の伝導性を示す代表的な固体電解質。SOC電解質として実用化されている。
(注2)グリーン水素
風力や太陽光などの再生可能エネルギーを利用し、水を電気分解して作る水素。従来の水素は化石燃料を利用して作るため二酸化炭素(CO2)が生成される。CO2を大気中に排出する場合は作った水素をグレー水素、生成したCO2を回収・貯蔵して他の産業に利用する場合はブルー水素と呼ぶ。これらに対してグリーン水素は生産過程でCO2を排出しない。
(注3)固体酸化物セル(SOC:Solid Oxide Cell)
固体酸化物を電解質に用いる固体酸化物形燃料電池(SOFC:Solid Oxide Fuel Cell)と、その逆作動で水蒸気の電気分解で水素を得る固体酸化物形電解セル(SOEC:Solid Oxide Electrolysis Cell)の総称。SOFCは、家庭用燃料電池システム エネファームTypeSとして、2016年に株式会社パナソニックから販売された。
(注4)東北大学SOFC/SOEC実装支援研究センター
2023年7月10日にSOFC/SOEC技術の早期社会実装を支援することを目的として東北大学大学院工学研究科と大学院環境科学研究科が共同で設置。複数業種の企業と東北大学のSOFC/SOECに関する研究グループからなる共創プラットフォーム。
https://www.tohoku.ac.jp/japanese/2023/07/press20230710-01-grenn.html
論文情報
著者: Mina Yamaguchi*, Takumi Komaya, Satoshi Watanabe, Keiji Yashiro, Kazuhisa Sato, Riyan Achmad Budiman, Tatsuya Kawada
*責任著者: 東北大学大学院環境科学研究科 助教 山口実奈
掲載誌: Journal of The Electrochemical Society
DOI: 10.1149/1945-7111/adc62d