ぐるぐる回る分子の“向き”と“形”を制御した電気応答を実現

- 従来より高密度に情報記憶できる素子への応用に期待 -

2025/05/26

発表のポイント

  • 固体と液体の中間の性質を持つ「柔粘性結晶(注1)」が、分子の向きと形の変化によるニ段階で電気応答することを発見しました。
  • 分子がランダムに回転すると考えられてきた柔粘性結晶で、協同的かつ二段階の電気応答を見出した初めての例であり、従来の強誘電体(注2)とは異なる新しいタイプの機能性材料と考えられます。
  • この現象を利用すると、従来の「0」「1」だけでなく、複数の情報(例えば「0」「1」「2」「3」)を記憶できる「多値メモリ」という次世代技術や、新しいタイプのセンサ・スイッチ開発への貢献が期待されます。

概要

私たちの暮らしを支えるスマートフォンやコンピュータの性能向上には、同じ大きさの中により多くの情報を記憶できる新しい材料技術が求められています。

東北大学多元物質科学研究所の研究グループは、固体のように形を保ちながら、内部の分子が液体のように回転する物質「柔粘性結晶」において、電気を加えることで分子の向きや形が変化し、その状態を保持できるユニークな電気応答現象を初めて捉えました。これは、分子の「向き」と「形」という二つのスイッチを電気で操作するようなもので、従来の記憶素子よりも多くの情報を扱える「多値メモリ」の実現に道を開くものです。この成果は、情報化社会のさらなる発展に貢献する基礎として期待されます。

本研究の成果は米国現地時間の2025年5月25日、科学誌Journal of the American Chemical Societyにてオンライン掲載されました。

なお本成果は、東北大学多元物質科学研究所の小野寺希望大学院生(大学院工学研究科)と出倉駿助教および芥川智行教授、佐藤鉄助教、同大学工学部の増子美侑学部生(研究当時)、金沢大学ナノマテリアル研究所の水野元博教授と同大学理工研究域物質化学系の栗原拓也助教らの共同研究によるものです。

研究の背景

現代社会は、スマートフォン、パソコン、AI、IoT機器など、膨大なデジタル情報によって支えられています。これらの情報を効率よく処理・記憶するため、より高性能で大容量なメモリ材料の開発が常に求められています。現在のメモリの多くは、「0」か「1」で表される二つの状態(二値)で情報を記録していますが、一つの素子でより多くの状態(例えば「0」「1」「2」「3」の四値など)を区別できれば、記録密度を飛躍的に高めることができます。これが「多値メモリ」という考え方です。

そのような新しいメモリ材料の候補として、本研究では「柔粘性結晶」と呼ばれる物質群に着目しました。これは、物質が固体状態でありながら、構成する分子が結晶格子の中で比較的自由に回転できるという、固体と液体の両方の性質を併せ持つユニークな状態です(図1)。この分子の動きやすさは、電気的な刺激に対して素早く応答する可能性を秘めていますが、一方で分子が自由に動きすぎてしまうため、電気的に情報を書き込んでもすぐに消えてしまう(=分極(注3)を安定に保てない)と考えられてきました。そのため、柔粘性結晶で安定した電気応答、特にメモリ機能に繋がるような性質を発見することは挑戦的な課題でした。

今回の取り組み

本研究では、入手しやすく単純な構造を持つ有機分子(注4)「スクシノニトリル(SN)」の柔粘性結晶相に着目しました(図2左)。この物質に外部から電圧を加えたときの電気的な応答を精密に測定したところ、電圧の加え方によって電気的な分極の大きさが異なる「ヒステリシス(注5)」と呼ばれる現象を観測しました。これは、物質が加えられた電圧の履歴を記憶していることを示唆し、メモリ機能への応用の第一歩となります。

特に興味深いのは、このスクシノニトリルの柔粘性結晶相が示したヒステリシスが、通常の強誘電体とは異なり、二段階の構造を持つ「二重P-Eヒステリシスループ(注6)」という非常に珍しい形をしていたことです(図2右)。この「二重の顔」を持つ電気応答の起源を詳しく調べた結果、スクシノニトリル分子が持つ二つの異なる自由度が関与していることが明らかになりました。一つは、分子全体の「向き(配向)」が電場によって変化することです。もう一つは、分子内部の構造が変化する「形(配座(注7))」の変化です。スクシノニトリル分子は、細長い形をしていますが、その一部が折れ曲がった「ゴーシュ型(極性を持つ)」と、まっすぐ伸びた「トランス型(極性を持たない)」という二つの形(配座異性体)をとることができます(図2左)。外部電場を加えると、これらの分子の向きが揃うだけでなく、分子の形も変化し、それらが組み合わさることで、二重のヒステリシスという特異な現象が生じていることを突き止めました(図3)。

つまり、この物質は電気信号に対して「分子の向きを変える」スイッチと「分子の形を変える」スイッチの二種類を持っており、これらが段階的に応答することで、複数の状態を区別できる可能性を示しています。

今後の展開

今回の発見は、柔粘性結晶という物質群が持つ未知の機能性を開拓する上で重要な一歩です。本研究で観測された「二重P-Eヒステリシス」は、分子の配向と配座という複数の自由度が協同することで発現する新しい物理現象であり、物質科学における新しい指導原理となる可能性があります。これまで主に固体結晶で研究されてきた強誘電性や分極現象の理解を、よりダイナミックな分子系へと拡張するものです。今後、スクシノニトリル以外の様々なプラスチッククリスタル材料においても、同様の多段階応答や新しい電気的機能が見出されることが期待されます。

一方、この「二重P-Eヒステリシス」を利用することで、従来の「0」「1」の二値メモリよりも多くの情報(例えば「0」「1」「2」「3」の四値)を一つの素子で区別できる「多値メモリ」の実現に繋がる可能性があります。これにより、情報記録デバイスの大幅な高密度化や省エネルギー化が期待でき、より高性能なスマートフォンやコンピュータ、さらには人間の神経の働きを模倣した次世代コンピューティング手法であるニューロモルフィックコンピューティングなど、AI技術の発展に貢献する可能性があります。また、この電気応答は比較的速いため、高速なスイッチング素子や、微細な電気信号を検知する新しいタイプのセンサーなどへの応用も考えられます。

今後、材料設計の最適化を進めることで、新しい原理に基づくデバイスとしての実用化にも繋がると考えています。


柔粘性結晶のイメージ:トランス型からゴーシュ型に形を変えるスクシノニトリル

図1. 柔粘性結晶の特徴を示した概念図。柔粘性結晶は、固体のように分子の重心位置は秩序を持つ一方、液体のように分子の向きが無秩序であり、激しく回転運動をしている状態である。対して液晶は、固体のように分子の向きが揃っている一方で液体のように分子の位置が無秩序であり、柔粘性結晶とは対照的な状態である。

図2. (左)スクシノニトリルの柔粘性結晶相が持つ“向き”と“形状”の自由度。(右)観測された特異な二重P-Eヒステリシスループ。電圧の加え方によって、分極が二段階に変化する様子を示しており、多値記録の可能性を示唆する。

図3. 外部電場によるスクシノニトリル分子の変化の模式図。電場の強さに応じて分子全体の向き(配向)が揃うだけでなく、分子の形(配座:折れ曲がった形とまっすぐな形)も変化する。この二つの変化が二重の電気応答を生み出す。

謝辞

本研究は、科研費 若手研究 JP23K13715、学術変革領域A「高密度共役の科学」JP20H05865、科学技術振興機構(JST) 戦略的創造研究推進事業 ACT-X「有機ナノ柔粘性結晶の創成と動的機能の創発(JPMJAX23DF)」、人と知と物質で未来を創るクロスオーバーアライアンス、公益財団法人天野工業技術研究所 研究助成金、公益財団法人山田科学技術振興財団 研究援助の支援を受けて実施されました。掲載論文は「東北大学2024年度オープンアクセス推進のためのAPC支援事業」によりOpen Accessとなっています。

用語説明

(注1)柔粘性結晶

固体でありながら、構成する分子が結晶格子の中で比較的自由に回転運動できる、固液中間相の一つ。ワックス(ろう)のような柔らかさ(可塑性)を示すものが多いことから名付けられた。対照的に液晶は、液体のような流動性を持ちつつ、固体のように分子の向きが揃った状態であり、柔粘性結晶と対をなす中間相である。

(注2)強誘電体

外部電場がなくても自発的に分極を持ち、かつ外部電場によってその分極の向きを反転できる物質。不揮発性メモリなどに利用される。

(注3)分極

物質内でプラスとマイナスの電荷の偏りが生じること。外部電場によって誘起されたり、物質によっては自発的に生じたりする。

(注4)有機分子

炭素原子を骨格として持つ分子の総称。スクシノニトリルは、炭素、水素、窒素原子から構成される比較的単純な有機分子。

(注5)ヒステリシス

ある入力に対して、出力が一義的に決まらず、過去の履歴に依存して変化する現象。今回の場合は、加える電圧の上げ下げの経路によって、物質の分極状態が異なる経路をたどること。

(注6)P-Eヒステリシスループ

物質に加える電場(E)を変化させたときに、それに応じて変化する分極(P)の応答を示したグラフ。強誘電体などは特徴的なループ形状を示す。今回の「二重ヒステリシスループ」は、そのループが二段階になっている珍しい形状を指す。

(注7)配座

分子内の単結合の回転によって生じる、原子の空間的な配置の違いのこと。同じ分子でも複数の異なる形(配座異性体)をとりうる。

論文情報

タイトル: Ferroelectric-like Polarization Switching in Plastic Crystalline Succinonitrile
著者: Nozomi Onodera, Shun Dekura,* Tetsu Sato, Miyu Mashiko, Takuya Kurihara, Motohiro Mizuno and Tomoyuki Akutagawa*
*責任著者: 東北大学多元物質科学研究所 教授 芥川智行、助教 出倉駿
掲載誌: Journal of the American Chemical Society
DOI: 10.1021/jacs.5c04778

お問合せ先

< 研究に関すること >
東北大学 多元物質科学研究所 教授 芥川 智行(あくたがわ ともゆき)
TEL:022-217-5653
E-mail:akutagawa@tohoku.ac.jp
東北大学 多元物質科学研究所 助教 出倉 駿(でくら しゅん)
TEL:022-217-5654
E-mail:s.dekura@tohoku.ac.jp
< 報道に関すること >
東北大学 多元物質科学研究所 広報情報室
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東北大学工学研究科・工学部 情報広報室
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