非侵襲で血液成分の分析が可能な新技術を開発
- 中赤外光と超音波を用いた方法で 85%超の血糖値推定精度を実現 -
2025/10/14
発表のポイント
- 中赤外光と超音波を用いて、採血なしで血液中の成分を推定する新技術を開発しました。
- 本手法は微弱なレーザー光を体表に照射した際に、皮膚の表面にある角質層より深い部分から発生する超音波を検出するものです。
- レーザー変調周波数を調整し、試料内に定在波を生成することで信号強度を大きく増強させました。
- ヒトを対象とした試験では、血糖値140 mg/dLより高いか低いかを85%の精度で分類することに成功しました。
- 将来的には耳たぶなどに装着可能なウェアラブルデバイス開発などへ応用が期待されます。
概要
血液検査では血中コレステロールや血糖値など健康管理のために重要な成分量がわかります。これまで、光を使って採血なしで体表から血液中の成分を検出する方法が数多く提案されてきましたが、中赤外光を用いた方法では皮膚の角質層の下にある血液成分を検出することはできませんでした。
東北大学大学院医工学研究科の松浦祐司教授らの研究グループは、中赤外光を用いた光音響分光法(PZT-PAS)(注1)を応用し、血液採取を伴わない血液成分推定技術を開発しました。本手法は、糖や脂肪などの血中成分が中赤外光を吸収した際に生じる熱膨張を圧電素子で検出するという研究グループが独自に開発した技術を用いたもので、従来の赤外光を用いた方法では困難だった体表から20~30ミクロン以上の深部成分を検出可能にしました。
本手法は、原理的には簡易な装置で実施可能であり、将来的には耳たぶなどに装着可能なウェアラブルデバイスの開発などにより、血糖値をはじめとするさまざまな血液成分を日常的にモニタリングすることが可能となることが期待されます。
本成果は2025年10月9日に学術誌Journal of Biomedical Opticsに掲載されました。
研究の背景
血液検査では血中コレステロールや血糖値など健康管理のために重要な成分量がわかります。しかし、そのためには採血が必要であり、検査には時間も費用もかかるため、通常は年に一回程度の定期健診でしかその結果を知ることはできません。そこでもし、採血することなしにその場でこれらの血中成分を知ることができたら、健康管理の上でとても役立つことが期待できます。
これまで光を使って採血なしで体表から血液中の成分を検出する方法が数多く提案されてきました。さまざまな波長の光を使う方法がありますが、それらのうち、中赤外光という波長の長い光は、タンパク質、脂質や糖といった血液中に含まれる分子に強く吸収されるため、この中赤外光を用いることにより精密な成分分析が可能となります。しかし、中赤外光は生体に多く含まれる水分にも吸収されるために、光を生体表面にあてて、その反射光を検出する方法では、表面から10ミクロン以下の浅い部分しか測ることができません。そのためこの方法では皮膚の表面にある厚さ10~20ミクロンの角質層の下にある血液成分を検出することはできませんでした。
今回の取り組み
本研究では量子カスケードレーザ(QCL)(注2)という中赤外光源を数百キロヘルツという高い周波数で変調(オン・オフの繰り返し)して、生体の表面に照射しました。当てる光のパワーは数ミリワットと微弱なため、被験者は熱を感じることも、火傷などを引き起こすこともありません。吸収された光は熱になり、それによって生体組織が速いスピードで膨張と収縮を繰り返します。これが超音波となって生体組織の中を伝搬するため、この超音波を表面に設置したPZTと呼ばれる超音波圧電素子で検出することが可能です(図1)。
この手法では、中赤外光は往きだけの片道で済むため、光だけを使って往復させる従来手法と比べて、20~30ミクロンといったより深い部分の成分検出が可能になり、角質層の下にある血液成分の分析が可能となります。しかし、発生する超音波はきわめて微弱なため検出に十分な感度を得るのは困難でした。そこで試料の厚さを2~3ミリと薄くすることにより、試料の厚さ方向に定在波を生成して得られる超音波信号を大きく増強させることに成功しました。
人間を対象とした実験では、厚さが2~3ミリの親指と人差し指の間の指間膜(いわゆる水かき)を対象に測定を行いました。実験ではレーザー光の波長を変化させながら超音波強度スペクトルを取得すると同時に、採血により血糖値を測定しました。得られたスペクトルから、血糖値が140 mg/dLより高いか低いかを推定した結果、85.3%という高い精度での分類に成功しました(図2)。
今後の展開
本研究では、個人差に起因するばらつきを排除し、測定手法そのものの妥当性を検証するため、1名の被験者を対象として実験を行いましたが、今後はより多くの被験者のデータを用いて推定モデルの精度を向上させると同時に、個人差を補正するためのアルゴリズムの開発が必要です。また体の中で比較的薄い対象部位としては耳たぶなども上げられ、今後はイヤリングのように装着可能な小型ウェアラブルデバイスの開発なども期待できます。
用語説明
(注1)光音響分光法(PZT-PAS)
試料に断続光を照射し、光エネルギーが熱に変換されることによって発生する音波や超音波を検出して、光の吸収スペクトルを測定する方法。
(注2)量子カスケードレーザ(QCL)
半導体レーザーの一種で、多層構造をもつ。その構造を調整することによりさまざまな波長の光を発生することが可能である。
論文情報
著者: 相場希衣子、 木野彩子、 松浦祐司*
*責任著者: 東北大学大学院医工学研究科 教授 松浦祐司
掲載誌: Journal of Biomedical Optics, Vol. 30, Issue 10, 107001 (2025).
DOI: 10.1117/1.JBO.30.10.107001

