Z型に曲げられる新型スピン波導波路を発明

―二次元マグノニック結晶で伝搬距離の壁を突破、低発熱な次世代集積回路へ道―

2026/05/28

発表のポイント

  • あらゆる伝搬方向のスピン波(注1)を反射する完全マグノニック・バンド・ギャップ(注2)を発現する二次元マグノニック結晶(注3)が、穴と溝を六角形配置に開けた銅膜を磁性ガーネット(注4)膜上に置くと実現できることを、計算で突き止めました。
  • この二次元マグノニック結晶を使うと、通常はスピン波の損失が大きいZの形をした導波路であっても、従来の媒体を削って作る導波路と比較して、5,000倍以上の強度でスピン波を伝搬できることが判明しました。
  • 伝搬距離が短いというスピン波の最大の課題に対してブレークスルーとなる、新原理の導波路の発明であり、発熱の少ない次世代スピン波集積回路(注5)の実現に寄与します。

概要

AI向けデータセンター内の発熱によるエネルギー損失が深刻な問題となる中、電子の代わりにスピン波を用いる低発熱な次世代集積回路が注目されています。しかしスピン波は伝搬距離が短く、さらに回路に不可欠な曲げ導波路では内部磁場の不均一により大きく減衰するため、これがスピン波集積回路実現の最大の障壁となっていました。

東北大学、信越化学工業株式会社、スイス連邦工科大学ローザンヌ校による国際共同研究グループは、この課題を解決できる新原理の導波路構造体を発明しました。その導波路には、二次元方向に周期的に磁気的性質を変化させた二次元マグノニック結晶と呼ばれる構造物を用いています。今回見出した二次元マグノニック結晶は、磁性ガーネット膜の上に六角形配置で多数の穴と溝を設けた銅膜から構成されており、あらゆる伝搬方向のスピン波を反射する完全マグノニック・バンド・ギャップを発現することが分かりました。そして、この二次元マグノニック結晶の中の一部の穴を、Zの形に繋げることで、スピン波強度を従来技術の5,000倍以上に増大できることが判明しました。

本成果は2026年5月27日(現地時間)、米国物理学会が発行する国際学術誌Physical Review Appliedに掲載されました。

研究の背景

近年のAI(人工知能)の急速な普及に伴い、大規模データセンターの発熱にともなう電力消費が深刻な問題となっており、基盤技術の革新が必要不可欠です。そこで注目されているのが、磁石が作り出す波であるスピン波を利用したデバイスです。スピン波デバイスは、電流によって情報を伝える半導体回路とは異なり、スピンの波によって情報を伝達するため、発熱が少なく、低消費電力かつ高集積化が可能な次世代デバイスとして期待されています。

研究グループはこれまで、スピン波の伝搬方向を制御する技術の開発に取り組んできました。2024年には、磁性ガーネット膜上に銅ディスクを六角形パターンに周期配置した二次元マグノニック結晶を開発し、スピン波の反射する周波数帯域(マグノニック・バンド・ギャップ)が入射角度に依存しにくいことを世界で初めて示しました。

しかしスピン波を実際の集積回路に応用するためには、直進させるだけでなく、回路設計上不可欠となる「曲げて伝える」技術が求められます。従来は磁性ガーネットそのものをリッジ(凸)状に削って導波路を形成する手法を利用していましたが、この方法では曲げ部分で磁性ガーネット内部の磁場が不均一になり、スピン波が大きく減衰してしまうという致命的な問題がありました。スピン波はそもそも伝搬距離が短いという固有の課題を抱えており、さらに曲げによる大きな損失が加わることで、スピン波集積回路の実現は長年にわたる最大の障壁となっていました。

今回の取り組み

研究グループは、従来の課題を解決する新しい導波路構造を発明しました。鍵となったのは、2024年に同グループが開発した二次元マグノニック結晶の構造を大きく見直したことです。前回は多数の銅ディスクを磁性ガーネット膜の上に周期配置した構造でしたが、今回は発想を反転させ、銅膜に多数の穴を六角形配置で開け、さらに穴どうしを細い溝で繋いだ構造を磁性ガーネット膜の上に置きました(図1)。計算による設計最適化の結果、この新構造は、あらゆる伝搬方向のスピン波を反射する完全マグノニック・バンド・ギャップを発現することが示されました。これまでに、二次元マグノニック結晶において完全マグノニック・バンド・ギャップの発現が計算で示された例はなく、今回が世界初の報告となります。これは前回示した成果からの飛躍であり、スピン波を自在に制御するための基盤技術となります。本技術については、特許出願も完了しています。

さらに同研究グループは、この二次元マグノニック結晶の中の一部の穴をZの形に繋げて、スピン波の通り道(線欠陥)としました。シミュレーションの結果、スピン波はZの形に沿って曲がりながら伝搬することが明らかになりました(図2a, 2c)。同じようなZの形の導波路を従来のリッジ形状で実現しようとしても、減衰が大きくスピン波が出口までほとんど届きません(図2b, 2d)。この結果、新型導波路の伝搬強度は、従来型と比較して5,000倍以上となることが示されました(図3)。この性能の違いは、磁性ガーネット膜そのものを削らずに、その上に銅膜を置くだけでスピン波の通り道を形成できるという、本手法ならではの特長によるものです。磁性ガーネット膜の内部磁場が均一に保たれるため、曲げ部分でも減衰が抑えられます。

今後の展開

本研究で発明した新型のスピン波導波路構造は、これまで長年の障壁となってきたスピン波の曲げ伝搬の課題に対し、有効な解決策となる可能性を示しました。本構造は、スピン波の分岐・合流や干渉を利用した論理演算素子、ニューロモーフィック計算や非ノイマン型情報処理に向けた多入力多出力の機能素子など、幅広い応用に展開可能なプラットフォーム技術としての価値を持ちます。また、既存のスピントロニクス技術との融和性も高く、磁気メモリ等と統合した新たなデバイス体系の構築も視野に入ります。

また、研究グループはすでに本構造の試作を開始しており、計算結果を裏付ける実験データが得られつつあります。詳細な実験結果については、改めて報告する予定です。

スピン波デバイスは、半導体微細化の限界を超える「ポスト・ムーア」世代の低消費電力情報処理技術として世界的に注目されており、6G通信やエッジAIといった次世代情報基盤への貢献が期待されています。本技術の社会実装を通じて、発熱が少なく低消費電力な次世代スピン波集積回路の実現、ひいてはAI時代のエネルギー問題の解決とグリーンイノベーションへの寄与が期待されます。


図1. 発明した二次元マグノニック結晶を用いたZ型スピン波導波路
磁性ガーネット膜(黒色)の上に、六角形配置で多数のミクロンサイズの穴を開けた銅膜(薄ピンク色)を配置している。全ての穴はお互いに細い溝で繋がっており、銅膜中央のZの部分は、銅膜を除去して設けた「線欠陥」と呼ばれるスピン波の通り道であり、導波路である。左上および右下の濃いピンク色の帯は、マイクロストリップラインで、スピン波の励起と検出に用いる。

図2. 新型導波路と従来型導波路におけるスピン波伝搬の比較
(a) 発明したZ型の二次元マグノニック結晶導波路。(b) 比較対象とした従来のリッジ型導波路。(c) 新型導波路中を伝わるスピン波の強度分布計算結果。入力端(In)から入射されたスピン波が、出力端(Out)まで伝搬する。(d) 従来型導波路中を伝わるスピン波の強度分布計算結果。スピン波は大きく減衰し、2ヶ所の曲げを越えて出力端までほとんど届かない。値が大きく色が赤に近いほど、スピン波が強いことを示す。

図3. 新型導波路と従来型導波路のスピン波伝搬強度の比較
導波路に沿った位置(伝搬距離)に対するスピン波強度の変化。黒色が発明した新型導波路、赤色が従来型のリッジ型導波路の結果を表す。縦軸は対数目盛である。出力端(伝搬距離14 mm)付近において、新型導波路のスピン波強度は従来型と比較して5,000倍以上大きく、Z型に曲がった経路であってもスピン波を伝搬できることが分かる。

謝辞

今回の研究は、東北大学電気通信研究所、同大学大学院工学研究科、信越化学工業株式会社、スイス連邦工科大学ローザンヌ校が共同で実施したものです。独立行政法人日本学術振興会(JSPS)科研費(課題番号:20H02593、23H01439、23K17758)、JSPS二国間交流事業(JPJSBP120249401)、国立研究開発法人新エネルギー・産業技術総合開発機構(NEDO)の助成事業(JPNP20004)、公益財団法人天田財団、公益財団法人稲盛財団、文部科学省世界で活躍できる研究者戦略育成事業「学際融合グローバル研究者育成東北イニシアティブ(TI-FRIS)」、科学技術振興機構(JST)次世代研究者挑戦的研究プログラム(JPMJSP2114)、スイス国立科学財団(SNSF、課題番号:197360)の支援を受けて行われました。また、東北大学電気通信研究所研究基盤技術センター、東北大学電気通信研究所附属ナノ・スピン実験施設、東北大学ナノテク融合技術支援センター、東北大学金属材料研究所国際共同利用・共同研究拠点の支援を受けて実施されました。

用語説明

(注1)スピン波

スピンとは電子の自転運動であり、自転運動による微小な磁石としての性質。スピン波は、スピンの集団運動であり、個々のスピンのコマ運動(歳差運動)が空間的にずれて波のように伝わっていく現象。

(注2)マグノニック・バンド・ギャップ

スピン波の伝搬を妨げる周波数帯域。この帯域のスピン波がマグノニック・バンド・ギャップをもつ材料に入ろうとすると、存在が許されないためスピン波を反射する。

(注3)二次元マグノニック結晶

平面上に周期的な磁気のパターンをもつ人工構造物。エレクトロン(電子)と同様に、量子化されたスピン波はマグノンと呼ばれ、マグノンに対する結晶はマグノニック結晶と呼ばれる。

(注4)磁性ガーネット

磁石の性質をもつガーネット(ざくろ石)。ここでは、イットリウム鉄ガーネット(Yttrium Iron Garnet:YIG)すなわち、イットリウムと鉄を含むガーネットを用いている。

(注5)スピン波集積回路

電子の代わりにスピン波を情報キャリアとして使用する新原理の回路デバイス。

論文情報

タイトル:Z-shaped waveguides using complete band gaps in magnonic crystals of yttrium iron garnet and a copper hole array
著者:Kanta Mori, Takumi Koguchi, Toshiaki Watanabe, Hibiki Miyashita, Dan Shabaev, Dirk Grundler, Mitsuteru Inoue, Kazushi Ishiyama, Taichi Goto*
*責任著者:東北大学電気通信研究所 准教授 後藤太一
掲載誌:Physical Review Applied
DOI:10.1103/m64z-lh2m
※ 著者のうち、Kanta Mori(森 冠太)氏、Takumi Koguchi(高口 拓己)氏、Hibiki Miyashita(宮下 響)氏は大学院工学研究科に在籍(当時)

お問合せ先

< 研究に関すること >
東北大学 電気通信研究所 准教授 後藤 太一
TEL:022-217-5489
Email:taichi.goto.a6@tohoku.ac.jp
< 報道に関すること >
東北大学電気通信研究所 広報室
TEL:022-217-5427
Email:riec-kohoshitsu@grp.tohoku.ac.jp
東北大学工学研究科・工学部 情報広報室
TEL:022-795-5898
Email:eng-pr@grp.tohoku.ac.jp
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