東北大学工学研究科・工学部
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2009/01/23

金属フロンティア工学専攻の前川准教授らの研究グループが世界初、室温でリチウム高速イオン伝導を示す水素化物の開発に成功しました。


金属フロンティア工学専攻の前川英己准教授(学際科学国際高等研究センター兼担)、知能デバイス材料学専攻の高村仁准教授、安東真理子技術職員、野田泰斗博士研究員(科学技術振興機構 CREST研究員)、唐橋大樹(大学院工学研究科博士前期課程)、および金属材料研究所の松尾元彰博士研究員、折茂慎一准教授の共同研究チームが、水より軽い固体水素化物「リチウムボロハイドライド(LiBH4)」への化学修飾によって、室温でリチウム高速イオン伝導を示す水素化物の開発に成功しました。

この成果は、携帯電話やパソコンなどで広く民生・産業利用されている「リチウムイオン二次電池」の安全性を高めるための新たな固体電解質(=リチウムイオンを高速で移動させることが可能な固体材料)の開発などへの幅広い展開が期待されます。

 本研究の一部は、科学研究費補助金(特定領域研究439:ナノイオニクス、代表:山口周、基盤研究A(18206073)、代表:折茂慎一)、学際科学国際高等研究センタープログラム研究(代表:前川英己)、JST 戦略的創造研究推進事業 チーム型研究(CREST)の研究領域「物質現象の解明と応用に資する新しい計測・分析基盤技術」における研究課題「材料開発に資する高感度多核固体NMR法の開発」(研究代表者:竹腰清乃理 京都大学大学院理学研究科 教授、研究分担グループ長:前川英己)、NEDO技術開発機構 水素貯蔵材料先端基盤研究事業(水素と材料の相互作用の実験的解明、プロジェクトリーダー:独立行政法人 産業技術総合研究所 秋葉悦男)、グローバルCOEプログラム(東北大学、材料インテグレーション国際教育研究拠点、代表:後藤孝)の助成・委託を受けており、詳細は米誌「J. Am. Chem. Soc.(アメリカ化学会誌)、 1月2日付(現地)オンライン速報版)」で公開されました。


【研究成果の背景と概要】

 リチウムボロハイドライド(LiBH4)は、リチウム(Li)、ホウ素(B)、水素(H)、から構成される水より軽い固体状の水素化物であり、化学合成の分野では還元剤などとして利用されてきました。最近では、LiBH4の結晶に含まれる高密度の水素に注目した水素貯蔵材料としての研究開発も進行しており、エネルギー関連の多様な機能設計やそれに必要な物性解析が重要な研究テーマとなっていました。
 2007年に同共同研究チームは、電気伝導(=結晶内部でのイオンや電子の長距離移動)および核磁気共鳴(=主にリチウムイオンの短距離移動)などの測定から、LiBH4が115℃以上でリチウム超イオン伝導を示すことを明らかにしました(1)
今回、共同研究チームでは、LiBH4にヨウ化リチウム(LiI)などのハロゲン化物が固溶することを突き止め、これにより従来、115℃以上でしか実現しなかった超リチウムイオン伝導相を室温で安定化し、室温での電気伝導度を1000倍も上昇させることに成功しました。

この現象は、次のように理解することができます:


  • LiBH4の結晶は、リチウムイオン(=小さなプラスイオン)とホウ素-水素が結合した錯イオン(=大きなマイナスイオン)から構成されている。

  • LiBH4は、388K(115℃)付近で結晶構造が変化すると、リチウムイオンとホウ素-水素の錯イオンとの位置関係が変わり、リチウムイオンが劇的に移動しやすくなる(=LiBH4が「リチウム超イオン伝導機能」を示す)。

  • ホウ素-水素が結合したBH4錯イオン(マイナスイオン)の一部をヨウ素イオン(I-)で置き換えることで、115℃以上の高温でのみ安定であった結晶が、低温で安定に存在できるようになり、室温でも超イオン伝導が発現する。



この成果は、携帯電話やパソコンなどで広く民生・産業利用されている「リチウムイオン二次電池」の安全性を高めるための新たな固体電解質(=リチウムイオンを高速で移動させることが可能な固体材料)の開発などへの幅広い展開が期待されます。現在、リチウムイオン二次電池の構成材料としての特性評価や元素置換による伝導度向上のための材料設計を進めています。

【研究成果の詳細】

1) LiBH4に関するエネルギー関連の機能設計や物性解析が重要なテーマ
LiBH4は、比重0.66g/cm3の軽量な水素化物(550K付近で液化、750〜800K付近で分解・水素放出)であり、化学合成の分野では還元剤などとして有効利用されてきました。最近では、燃料電池用の高密度水素貯蔵材料として注目されており、元素置換や複合化により水素貯蔵性能の向上(水素放出反応の低温化や高速度化など)が図られています。また、家庭用電子レンジと同じ周波数・出力のマイクロ波(2.45GHz・400W)を吸収して自己発熱することで、急速に水素放出する現象(最速5分以内)も見出されています。さらに、核融合炉用の新たな中性子遮蔽材料としての研究も、関連する水素化物を用いて進められています。このように、LiBH4は古くから知られている(また一般に入手できる)水素化物であるにもかかわらず、エネルギー関連の多様な機能設計やそれに必要な物性解析が最近の重要な研究テーマとなっています。

2) LiBH4の電気伝導性を室温で約1000倍に増大することに成功
交流インピーダンス法を用いて測定したLiBH4、およびLiIを導入した3LiBH4・LiIの電気伝導性を図1に示します。LiBH4では、温度上昇(図の右から左)とともに電気伝導率は連続的に大きくなりますが、388 K(115℃)前後での結晶構造の変化(図2、(a)室温相→(b)高温相)に伴い、電気伝導性が1000倍程度も急激に増大して10-3 Scm-1のオーダーに達します。この高温でのLiBH4の電気伝導は「リチウム超イオン伝導」によることが、2007年に同共同研究グループによって明らかにされています(1)

今回、LiBH4にヨウ化リチウム(LiI)などのハロゲン化リチウムを導入することで、高温でのリチウム超イオン伝導を損なうことなく、室温まで超イオン伝導を示す結晶構造を保ったまま安定化させることが出来ることを明らかにしました。その結果、室温でリチウム高速イオン伝導を示す水素化物の合成に世界で始めて成功しました




図1 LiBH4(青色)、LiI(灰色)および3LiBH4・LiI(赤色)での電気伝導性(Electrical Conductivity)の温度変化を示す。150℃付近から温度を下げて測定した。LiBH4では、電気伝導性は温度と共に連続的に大きくなるが、388 K(115℃)前後での結晶構造の変化(図2、(a)室温相→(b)高温相)に伴い、その値が1000倍程度も急激に増大する。LiIを導入した3LiBH4・LiI(赤色)では、転移温度以下でも結晶構造が高温の超イオン伝導相として保たれ(図3、X線パターン)、室温付近の電気伝導度が1000倍程度上昇する。
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図2 LiBH4の(a)室温相、(b)高温相の結晶構造(a、b、c、は各結晶軸を示す)。LiBH4の結晶は、リチウムイオン(青丸で示した小さなプラスイオン)とホウ素-水素が結合した錯イオン(灰色の4面体で示した大きなマイナスイオン)から構成されている。室温相では、ホウ素-水素の錯イオンが邪魔になって、リチウムイオンの移動は制限されている。388K(115℃)付近で結晶構造が高温相に変化するが、これに伴ってリチウムイオンとホウ素-水素の錯イオンとの位置関係が変わり、リチウムイオンが劇的に移動しやすくなる。高温相におけるLi-Li間の最近接距離は4.27(Å)である。
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図3 LiBH4とLiIとの混合物のX線回折図形。LiBH4の低温相(LiBH4(Low)、結晶構造図2(a))と高温相(LiBH4(High)、結晶構造図2(b))のパターンと比較して、3LiBH4・LiIとLiBH4・LiIでは、25℃でも高温相のパターンが確認でき、室温で高速イオン伝導を示す高温相が安定化していることがわかる。挿入図は、LiI導入による結晶格子の体積変化。LiI導入により格子体積の増加が見られる。
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3) 研究成果の重要性・発展性
共同研究の成果は、携帯電話やパソコンなどで広く民生・産業利用されている「リチウムイオン二次電池」の安全性を高めるための新たな固体電解質(=リチウムイオンを高速で移動させることが可能な固体材料)の開発などへの幅広い展開が期待されます。
従来のリチウムイオン二次電池は、液体(有機系)電解質を用いているために、短絡や過充電などへの対策が不可欠でした。そこで近年、安全性を高めるための固体電解質として有望な新たなリチウムイオン伝導材料の探索が国内外で鋭意進められていました。今回、非常に軽量な固体状水素化物での「リチウム高速イオン伝導機能」が室温で用いることが出来るようになったことで、「固体電解質としての水素化物」の研究開発が活発化するものと予想されます。
現在、リチウムイオン二次電池の構成材料としての特性評価や室温での伝導度の更なる向上のための材料設計を進めています。


参考文献(1) M. Matsuo, Y. Nakamori, S. Orimo, H. Maekawa and H. Takamura, Lithium superionic conduction in lithium borohydride accompanied by structural transition. Appl. Phys. Lett., 91 (2007) 224103-224105.


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