東北大学工学研究科・工学部
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2009/12/14

バイオロボティクス専攻の西澤松彦 教授,長峯邦明 助教らの研究グループは,筋肉細胞の活発な収縮運動を長期維持可能なゲルシート培養系の構築に成功しました。

バイオロボティクス専攻の西澤松彦 教授,長峯邦明 助教らの研究グループは,医工学研究科の神崎展 准教授と共同で,向きを揃えて培養した筋肉の細胞をゲルシートに移し取る技術を開発し,電気刺激に伴う筋肉細胞の収縮運動を1週間以上の長期に渡り維持することに成功しました。筋肉細胞に対する運動負荷は,電気刺激の強さや周波数により自在にコントロールできます。この成果は,世界中で拡大傾向にある2型糖尿病注1)に有効な運動治療(筋肉のインスリン依存的な血糖取り込みを改善すると言われている)のメカニズム研究,さらに2型糖尿病の治療薬開発への応用が期待できます。本研究はJST戦略的創造研究推進事業(CREST)の一環であり,成果は2009年12月14日に生命工学分野の学術誌「Biotechnology and Bioengineering」にオンライン掲載されます。

これまで2型糖尿病に対する筋肉の運動効果は主に動物実験で調べられてきましたが,煩雑さ,コスト,及び倫理面の問題から筋肉細胞を使った実験への移行が切望されています。しかし,通常の培養法では,筋肉細胞が培養皿の底面に付着しているため運動自体が起こり難く,運動すると剥がれてしまうというジレンマを抱えていました。今回,筋肉細胞の収縮運動をゲルシートで適切にサポートすることによりこのジレンマを打破し,長期間の安定な運動を可能にしました。また,筋肉細胞の運動の向きを揃えることでより力強い収縮運動を実現しました。筋肉細胞を写し取ったゲルシートは様々な計測器や半導体デバイス等に繰り返し貼り付けたり剥がしたりでき,また,薬剤をゲルシート中に染み込ませることもできるため,研究者は望む手法であらゆる側面から筋肉細胞を調べることが出来ます。本研究グループはこの成果を特許出願中で,今後はこのゲルシートを含む筋肉細胞研究用キットの製品化に向け研究開発を進めていきます。現在,製品化実現に向けて御協力頂ける研究パートナーを製薬会社を中心に探しています。(図1)

本成果は以下の事業・研究領域・研究課題によって得られました。


  • 科学技術振興機構(JST)戦略的創造研究推進事業(CREST)

  • 研究領域:プロセスインテグレーションによる機能発現ナノシステムの創製
    (研究総括:曽根純一 日本電気株式会社中央研究所 支配人)

  • 研究課題名:電気化学的な異種材料ナノ集積化技術の開拓とバイオデバイス応用

  • 研究代表者:西澤松彦(東北大学大学院工学研究科 教授)

  • 研究期間:平成20年10月〜平成26年3月

【詳細説明】

現在,世界中で増加傾向にある2型糖尿病では,患者の筋肉におけるインスリン依存的な血糖取り込み能力が著しく減少しており,その結果血糖値の上昇が引き起こされます。2型糖尿病治療法として知られる運動治療は,この筋肉における血糖取り込み能力を活性化することで血糖値の正常化を促しますが,そのメカニズムに関しては依然不明な点が多く残されています。このように筋肉は2型糖尿病治療の標的として注目されており,運動治療の詳細なメカニズム解明,更には筋肉を標的とした2型糖尿病治療薬の早急な開発が求められています。
これまで2型糖尿病に対する筋肉の運動効果は主にマウスなどを用いた動物実験で調べられてきましたが,煩雑さ,コスト,及び倫理面の問題から筋肉細胞を使った実験への移行が切望されています。この流れを受け,生体の筋肉に近い収縮運動能力や血糖取り込み能力を持つ筋肉細胞を体外の培養皿上で培養する方法の開発が活発化し,運動効果や薬効に基づく筋肉細胞の研究が可能となりつつあります。しかし,培養皿上の筋肉細胞は底面に付着しているため運動自体が起こりに難く,運動すると剥がれてしまうというジレンマを抱えていました。
本研究グループは,向きを揃えて培養した筋肉細胞をゲルシートに写し取りその収縮運動を柔軟なゲルシートで適切にサポートすることでこのジレンマを解決し,1週間以上という長期に渡る収縮運動の維持に成功しました。ゲルシートへ筋肉細胞を写し取る方法は,細胞が培養されたスライドガラス上へゲル溶液を塗布し,ゲル化後に剥がすだけという簡単な手順からなります(図2,3,4)。この筋肉細胞への運動負荷は電気刺激の強さや周波数により自在に制御でき,運動治療を模擬したゲルシート上での筋肉細胞の筋力トレーニングが可能です(図5)。また,向きの揃った筋肉細胞は一斉に同じ方向に収縮するため,全体として非常に力強い収縮運動を示します。筋肉細胞を写し取ったゲルシートは様々な計測器や半導体デバイス等に繰り返し貼り付けたり剥がしたりでき,また,薬剤をゲルシート中に染み込ませることもできるため,研究者は望む手法であらゆる側面から筋肉細胞を調べることが出来ます。
今後はこのゲルシートを含む筋肉細胞研究用キットの製品化を計画しており,現在,製品化実現に向けて御協力頂ける研究パートナーを製薬会社を中心に探しています。想定しているキット構成は,筋肉細胞ゲルシート,使い捨てのマルチウエル電極アレイチップ(電気刺激を与える多数の電極を底面に配線した微小容器),及び電気刺激発生装置からなります(図6)。企業や研究機関等のユーザーに対し筋肉細胞ゲルシートを安定供給することで,ユーザーの煩雑な培養操作を不要にした簡便な2型糖尿病研究を可能にします。電極アレイを用い,様々な運動負荷をかけながら筋肉細胞の機能を調べることが出来ます。このような簡便な研究ツールは,これまで筋肉細胞の研究に従事してきた熟練の研究者に加え,これからバイオ分野に新規参入するような十分な細胞操作技術を持たないユーザーに対しても扱いやすく,筋肉細胞の研究者人口を一層増加させると思われます。その結果,2型糖尿病の基礎研究,及び2型糖尿病治療薬開発が飛躍的に促進されると期待できます。

図1 ゲルシートに写し取った筋肉細胞
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図2 筋肉細胞のゲルシートへの写し取り方。筋肉細胞を培養したスライドガラス上にゲル溶液を塗布し、ゲル化後に剥がすと筋肉細胞が写し取られたゲルシートが得られます。
図3 筋肉細胞を写し取ったゲルシート。ピンセットで容易に扱えます。
図4 ゲルシートに写し取った筋肉細胞の拡大写真。電気刺激を与えると1週間以上収縮運動を続けます。
図5 筋肉細胞の収縮運動の周波数依存性。縦軸は収縮による変位量であり、0μmは筋肉細胞が緩んだ状態、上に向かうほどより縮んだことを表します。電気刺激の周波数(1Hz(●)、2Hz(▲))に合わせて筋肉細胞は収縮と弛緩を繰り返しました。
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図6 ゲルシートを用いた筋肉細胞研究用キットの想定。ユーザーは使用時にメーカーから筋肉細胞ゲルシートを受け取り、煩雑な培養操作不要でキットを用いた簡便な2型糖尿病研究が実施できます。電極アレイを用いた電気刺激により筋肉細胞に運動負荷をかけ、筋力トレーニングとその評価が出来ます。
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【用語解説】
注1)2型糖尿病
インスリン分泌異常やインスリン感受性低下(インスリン抵抗性)などの遺伝的異常に,過食・運動不足などの生活習慣や加齢などの影響(環境的異常)が加わり発症する糖尿病です。糖尿病患者の95%以上がこの2型糖尿病に分類されます。

【論文名・著者名】

  • Micropatterning contractile C2C12 myotubes embedded in a fibrin gel

  • K.Nagamine, T.Kawashima, T.Ishibashi, H.Kaji, M.Kanzaki, M.Nishizawa

  • Biotechnology and Bioengineering, in press.




【お問い合わせ先】

西澤 松彦(ニシザワ マツヒコ)
東北大学大学院 工学研究科 バイオロボティクス専攻 教授
〒980-8579 宮城県仙台市青葉区荒巻字青葉6-6-01
TEL/FAX: 022-795-7003
E-mail: nishizawa◎biomems.mech.tohoku.ac.jp(は半角の@に置き換えてください)

長峯 邦明(ナガミネ クニアキ)
東北大学大学院 工学研究科 バイオロボティクス専攻 助教
〒980-8579 宮城県仙台市青葉区荒巻字青葉6-6-01
TEL/FAX: 022-795-3586
E-mail: nagamine◎biomems.mech.tohoku.ac.jp(は半角の@に置き換えてください)

【お問合せ】

東北大学工学研究科・工学部情報広報室
TEL/ FAX:022-795-5898
E-mail:eng-pr@eng.tohoku.ac.jp

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