東北大学工学研究科・工学部
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2010/03/05

白亜紀末の生物大量絶滅原因をめぐる論争,地球外天体衝突説で終止符 -世界12カ国,総勢41人の研究者で確認-

【概要】
 約6550万年前の白亜紀末に,生物の大量絶滅が起きました*1.この絶滅が,直径10kmの地球外天体の衝突により引き起こされたという仮説は,ノーベル物理学者のルイス・アルバレズ(Luis Alvarez)博士らにより1980年に提唱され,世界的な論争を巻き起こしました.その後,1991年にメキシコ・ユカタン半島に直径180 kmの白亜紀末の衝突クレーター(チチュルブ・クレーター)が発見されたことにより,この仮説は科学界で広く支持されるようになりました.しかし,大規模火山噴火(デカントラップ)説や複数天体衝突説なども一部の研究者から提案されていました.また,チチュルブ衝突は生物大量絶滅の約30万年前に起き,絶滅とは無関係であると主張しているグループもありました*2.
 この問題に対し,ドイツのエアランゲン大学*3のピーター・シュルツ(Peter Schulte)博士をリーダーとして,地質学,古生物学,地球物理学,惑星科学など,分野を超えた世界12カ国,総勢41人もの研究者でチームを結成し,これまで世界中で報告されている地質学的痕跡,衝突クレーターの物理特性,数値モデルの結果などを再検討しました.日本からは,東北大学大学院工学研究科附属災害制御研究センターの後藤和久(助教)*4と千葉工業大学惑星探査センターの松井孝典(所長)が,衝突に伴う環境擾乱やクレーターの形成プロセスに関する専門家として参加し,生物大量絶滅とチチュルブ衝突との関連性を調べました.
研究の結果,チチュルブ衝突によって引き起こされた複合的な環境変動のみで,白亜紀末の生物大量絶滅は統一的に説明できることが明らかになりました.その根拠として,1) 世界約350地点で報告されている白亜紀末の地層にはチチュルブ衝突起源の物質が含まれる.そして,チチュルブ・クレーターを中心として系統的な地層の薄層化や衝突起源物質のサイズ減少が見られることから,衝突が全球に影響を及ぼしたと考えられること,2)チチュルブ衝突と生物大量絶滅のタイミングが一致すること(今回の研究により両者の発生時期は世界中の地層で厳密に一致していることが確認され,チチュルブ衝突は生物大量絶滅の約30万年前に起き,絶滅とは無関係であるという仮説には根拠が無いことがわかりました),3)数値計算結果に基づけば,チチュルブ衝突により放出された粉塵や硫酸塩,森林火災に伴う煤などの量や大気滞留時間は,光合成生物(植物プランクトン)の活動を長期間停止させうること,などが挙げられます.食物連鎖の基底をなす光合成生物が死滅したことにより,恐竜などの大型生物は食料を採取できなくなり絶滅したものと考えられます.
 それに対し火山噴火は,白亜紀末をまたぐ約100万年の長期にわたり活動を続けました.しかし,環境に与えた負荷は小さく,この間に生じた温度変化は2度未満であったことがわかっています.実際に,火山活動が最も強かった時期には生物大量絶滅は起きていませんし,白亜紀末の生物大量絶滅時には火山活動が弱かったことなどが,この仮説では説明できません.また,白亜紀末に巨大天体衝突が複数回起き,チチュルブ衝突以外の天体衝突が生物大量絶滅の原因となったとする仮説も提唱されていました.しかし,白亜紀末を含む約1000万年間に渡って地球外物質(イリジウム)の濃集度を高精度で調べた研究に基づくと,この間に起きた巨大天体衝突はチチュルブ衝突のみであったと考えられます.
 これまで,白亜紀末の天体衝突説をめぐる議論は多岐に渡り過ぎ,この学説を正しく評価できる個人の研究者はもはやいないと考えられていました.今回の論文の注目すべき点は,地質学,古生物学,地球物理学,惑星科学など,学際化・細分化していた衝突と生物大量絶滅に関する研究を,各分野の専門家が集まり統一的に検討した結果,チチュルブ衝突により生物大量絶滅が起きたことをあらゆる証拠が示唆するという結論に達した点です.長年にわたる科学論争を決着させるために,このような研究手法が取られたという点で,本論文は科学史的にも重要です.そして,アルバレズ博士らの発見から30周年という記念すべき年に,白亜紀末の生物大量絶滅の原因をめぐる論争は本研究により決着を迎えたといえます.
 天体衝突による白亜紀末の地球表層環境擾乱は,生物大量絶滅を引き起こすのに十分な規模だったことはわかっているものの,その推定精度はいまだ不十分です.現在,統合国際深海掘削計画(IODP)によるチチュルブ・クレーター内部の掘削計画が進行中ですが,掘削が実現すれば衝突クレーターの規模や形成過程をより詳細に解明できると期待されます.
 今回の研究成果は,米国学術雑誌「Science」のオンライン版で,3月5日に発表されます.なお,本研究の一部は科学研究費補助金(研究代表者:松井孝典,研究課題番号:17403005)を用いて行われました.


【注釈】
*1 白亜紀末には,海生動物の科のレベルで約66%が絶滅しました (参考文献:平野弘道 絶滅古生物学 岩波書店 255p).一般には,恐竜などの大型動物の絶滅が注目されます.恐竜の大半が白亜紀末に絶滅したことは広く認められておりますが,白亜紀後半から徐々に種が減少し始めていたという仮説や,一部の恐竜は絶滅を免れたという仮説なども提唱されており,この論争はまだ決着したとはいえません.一方,専門家の間では,恐竜のような大型生物より海洋プランクトンの絶滅に注目して議論を行います.これは,海洋プランクトンは広範囲に分布し食物連鎖の基底をなしているため,生物大量絶滅の指標として最も有効だからです.この点において,代表的な海洋プランクトンである浮遊性有孔虫は数種を除き絶滅し,石灰質ナンノプランクトンは,種のレベルで80%以上が絶滅したことが知られています.

*2 後藤和久 2005, The great Chicxulub Debate -チチュルブ衝突と白亜紀/第三紀境界の同時性をめぐる論争-. 地質学雑誌. Vol. 111, No. 4, 193-205

*3 正式名称:エアランゲン・ニュルンベルク・フリードリヒ・アレクサンダー大学,Friedrich-Alexander Universität Erlangen-Nürnberg, FAU

*4 千葉工業大学惑星探査センター 客員上席研究員(兼任)


【論文題目および著書名】
掲載論文:The Chicxulub asteroid impact and mass extinction at the Cretaceous-Paleogene boundary
著者:Schulte, P., Alegret, L., Arenillas, I., Arz, J. A., Barton, P. J., Bown, P. R., Bralower, T. J., Christeson, G. L., Claeys, P., Cockell, C. S., Collins, G. S., Deutsch, A., Goldin. T. J., Goto, K., Grajales-Nishimura, J. M., Grieve, R. A. F., Gulick, S. P. S., Johnson, K. R., Kiessling, W., Koeberl, C., Kring, D. A., MacLeod, K. G., Matsui, T., Melosh, J., Montanari, A., Morgan, J. V., Neal, C. R., Nichols, D. J., Norris. R. D., Pierazzo, E., Ravizza, G., Rebolledo-Vieyra, M., Reimold, W. U., Robin, E., Salge, T., Speijer, R. P., Sweet, A. R., Urrutia-Fucugauchi, J., Vajda, V., Whalen, M. T., Willumsen, P. S.
(第一著者以外はアルファベット順に並んでおり,等しく研究に携わったことになります)
投稿誌:Science(2010年3月5日オンライン版掲載)

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