東北大学工学研究科・工学部
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2010/09/09

ゼリーに電極を印刷−細胞や組織に貼り付いて一緒に動く、柔らかくて安全な電極が実現−(バイオロボティクス専攻 西澤松彦教授)

東北大学大学院工学研究科の西澤松彦 教授の研究グループは,寒天やコラーゲンなど,水分を大量に含む柔らかいゼリー(ハイドロゲル)の表面に,導電性高分子による電気回路を印刷する技術を開発しました。導電性高分子やゲルは安全性に優れ,培養液や薬剤などが自由に透過できるので,細胞培養への利用や,体内への埋め込みに適しています。複雑な凸凹表面にも張り付く性質があり,さらに細胞や組織の動きに合わせて伸び縮みするので,細胞や組織を傷付ける心配がありません。本研究はJST戦略的創造研究推進事業(CREST)の一環であり,成果の一部が2010年9月8日に米国化学会誌「Journal of The American Chemical Society」にオンライン掲載されました。

通常の電気回路に水分は厳禁ですが,近年,脳や筋肉の機能を計測し制御するために,水分で満ちた体内環境でも使える電極が必要となっています。細胞や組織はデリケートで,しかも動くため,従来のシリコンやガラスを基板とする硬い電極に代わり,柔らかいシート状の電極が望まれてきました。また,生化学的な安全性はもちろん,栄養分や酸素などの循環を邪魔しないのが理想です。このような要求を満たすのは,コラーゲンなどの生体を構成するゼリー(ハイドロゲル)ですが,既存の印刷技術は「インクの乾燥」が必要なため適用できませんでした。今回,ハイドロゲルの表面に導電性高分子電極を析出させる電気化学技術によって,この問題を解決しました。導電性高分子の安全性は保証されており,得られるゲル電極は細胞や組織に一体化して使えます。本研究グループはこの技術を特許出願しており,ゲル電極を含む筋肉細胞研究用キットの製品化に向けた研究開発を進めています。それ以外にも,体内埋め込み神経電極,薬剤投与デバイス,バイオ燃料電池など,ゲル電極の特徴が活きる応用は数多いと見ており,それらの開発に御協力頂けるパートナー企業を募集中です。

本成果は以下の事業・研究領域・研究課題によって得られました。
科学技術振興機構(JST)戦略的創造研究推進事業(CREST)
研究領域:プロセスインテグレーションによる機能発現ナノシステムの創製
(研究総括:曽根純一(独)物質・材料研究機構 理事)
研究課題名:電気化学的な異種材料ナノ集積化技術の開拓とバイオデバイス応用
研究代表者:西澤松彦(東北大学大学院工学研究科 教授)
研究期間:平成20年10月〜平成26年3月
詳細説明

アガロースゲルやフィブリンゲルなどのゲル素材は含水性が高いため,インクジェットプリンターによる分散液塗布などの既存技術では電極の印刷ができません。本技術では,図1に示すように,白金の電極パターンを有するガラス基板をマスターとし,その上にゲルシートを塗り付けた状態(もしくは貼り付けた状態)で導電性高分子ポリマーの電解重合を行いました(a,bおよびb’)。ポリマーは例えばポリエチレンジオキシチオフェン(PEDOT)であり,原料であるEDOTモノマーは,ゲルシートを通して供給されます。白金電極の表面からゲル内部へPEDOTを数マイクロメートル成長させた後に,ゲルシートとPEDOTの複合体をマスター基板から剥がします。しかし,白金電極とPEDOTの接着が強いため,無理に剥がそうとすると,柔らかくて脆いゲルシートは壊れてしまいます。今回の技術開発では,複合体を収縮・膨張させて“動かす”ことによって,マスター電極から無理なく剥がすことに成功しました。マスター電極に交流電圧を加えるとPEDOTの体積が30%程度収縮・膨張を繰り返し,白金電極との接着が壊れる現象を利用します。ゲルシートはPEDOTと“一緒に動いて”構造を維持します。

本技術によって,マスター電極のサイズと形状を,誤差数マイクロメートルの精度で再現性よくPEDOTでコピーできました(図2)。表面抵抗率は300Ω/□程度であり,十分に実用性があります。不均一な凸凹表面に張り付く性質から,将来的には,脳の表面に貼り付けた使用なども想定できます。

今回のプロセスで作製可能となったゲル電極は,生化学的に安全な有機材料のみで構成されており,水溶液が自由に透過できるのが特徴です。そのため,栄養分や酸素の循環など,細胞活動に必要な環境に影響を与えない電極として,培養細胞と組み合わせた実験系や,体内に埋め込んだ利用などに適しています。図3は応用の一例で,PEDOT電極を印刷した寒天と,筋肉細胞のシートを組み合わせています。PEDOT電極を通して電気を流すと筋肉細胞が収縮・弛緩(運動)を繰り返しますが,その際にゲル電極も一緒に動くため,筋肉細胞を傷付けずに長期間運動させる事が出来ました。電気で収縮・弛緩する原理は,筋肉痛や肩凝りに使う低周波治療器と同じです。この実験システムは,運動が筋肉細胞にもたらす効果を詳細に調べるものであり, 2型糖尿病に有効な運動治療(筋肉のインスリン依存的な血糖取り込みを改善すると言われている)のメカニズム研究や,さらに2型糖尿病の治療薬開発への利用が期待できます。

今回開発したゲル電極の特徴が活きる応用分野は,筋肉細胞研究用キット以外にも数多いと研究グループは見ています。例えば,体内埋め込み神経電極,薬剤投与デバイス,バイオ燃料電池などへの応用を想定した研究を計画中です。

図1 ゲルシートへ導電性高分子電極を電気化学的に印刷する方法
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図2 ゲル電極の作製例
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図3 ゲル電極の応用例(筋肉細胞の運動効果の検査)
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【論文名・著者名】
“Conducting Polymer Electrodes Printed on Hydrogel”
S. Sekine, Y. Ido, T. Miyake, K. Nagamine, M. Nishizawa
J. Am. Chem. Soc.(2010), DOI: 10.1021/ja1062357

【お問い合わせ先】
西澤 松彦(ニシザワ マツヒコ)
東北大学大学院 工学研究科 バイオロボティクス専攻 教授
仙台市青葉区荒巻字青葉6-6-01
TEL/FAX: 022-795-7003
E-mail: nishizawa◎biomems.mech.tohoku.ac.jp(◎を@に置き換えてください)

【お問合せ】

東北大学工学研究科・工学部情報広報室
TEL/ FAX:022-795-5898
E-mail:eng-pr@eng.tohoku.ac.jp

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