東北大学工学研究科・工学部
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2012/02/23

電子スピンの幾何学的位相を電気的に検出 スピン位相制御技術の確立へ前進

【発表のポイント】

  • 電子スピンの幾何学的位相を固体中で電気的に観測することに成功
  • スピンの位相制御メカニズムを実験的に解明
  • より信頼性の高いスピン制御法への応用に期待
概要

国立大学法人東北大学大学院工学研究科 新田 淳作 教授、同研究科 好田 誠 准教授、同研究科博士課程3年 国橋 要司 日本学術振興会特別研究員、および同研究科修士課程1年 長澤 郁弥 君らの研究グループは、電子スピン(電子の磁気的性質;註1)の干渉効果を利用することで、スピンの幾何学的位相を明瞭に観測することに成功しました。

スピンはその向きに情報を担わせることが可能であり、スピンを情報処理に利用することは次世代の超高速・超低消費電力デバイスの開発に重要であると考えられています。このような研究分野はスピントロニクスと呼ばれ、固体中でのスピンの制御が最重要課題とされています。これまでのところ、磁場を用いたスピンの制御手法が確立されていますが、高速かつ局所的にスピンを制御するには電場による制御方法の確立が不可欠です。同研究グループはこれまで、電場によりスピンの回転制御が可能であることを実証してきました。一方、擾乱に対して安定な性質をもつスピン幾何学的位相への効果は実験的に明らかにされていませんでした。今回、同研究グループはスピンの幾何学的位相を定量的に評価することで、幾何学的位相がスピン制御に際し大きな役割を果たしていることを実証しました。本研究成果は、ノイズ耐性の高いスピンの制御法につながり得ると考えられ、超低消費電力スピンデバイスや、量子コンピュータ(註2)の情報単位である量子ビットへの応用が期待されます。

本研究成果は、米国物理学会誌『Physical Review Letters』2012年2月21日(日本時間22日)発行の電子版に掲載され、同誌のハイライト論文として取り上げられました(オンラインジャーナル『Physics』に独・レーゲンスブルク大学Klaus Richter教授による本研究成果の解説記事)。

背景

電子の磁気的性質であるスピンを情報処理技術へ応用することで、電子の電荷としての性質のみを用いた従来のエレクトロニクスでは原理的に到達し得ない超省電力・超高速なデバイスが実現可能となります。そのようなスピンデバイスを実現するためには、固体中でのスピンの制御が必要です。これまでのところ、物質中での相対論的効果であるスピン軌道相互作用(註3)を介し、電場によりスピンを制御する方法が有望であると考えられています[スピン軌道相互作用により、電場は磁場に変換され、スピンはこの有効な磁場によって回転します;図1(a)]。同研究グループでは、半導体中のスピン軌道相互作用を用いることにより、電場によってスピンの回転が制御できることを実証してきました。一方、スピンがたどる軌跡の幾何学的特徴のみに依存して生じる位相[スピンの幾何学的位相;図1(b)]の存在が理論的に示されており、その実験的な検証が期待されていました。

幾何学的位相それ自体は様々な系であらわれる普遍的概念であり、これまでに中性子や光ファイバーを用いてその存在が実証されています。しかし、固体中の電子スピンについての幾何学的位相はその直接観測が困難であるとされてきました。本研究では、同研究グループがこれまで検証を重ねてきた電子スピンの干渉デバイス(表面に電極を取り付けた、髪の毛の太さの100分の1ほどの半径をもつ半導体リング配列構造;図2)を用いることで、スピンの幾何学的位相の観測に成功しました。

研究内容

同研究グループは、強いスピン軌道相互作用を有する半導体(InGaAs)を用いて、リング配列構造を様々なリング径について作製しました。リングを配列状にすることで、スピンの干渉効果の観測に適したシグナルのみが生き残ります。さらに、スピン軌道相互作用を介してスピンの干渉効果をより詳しく調べるために、リング配列をゲート電極で覆いました。

それぞれのリング径の試料で観測されたスピン干渉効果を調べたところ、電子スピンの幾何学的位相の定量評価が可能であることが明らかとなり、その値は理論式から求められる結果とよく一致しました(図3)。リング径を変えることで変化した幾何学的位相の値は最大で1.5ラジアンほどであり、これはスピンの回転に伴う動的位相と比べ、決して無視できない大きな値であることがわかりました。

今後の展望

電子スピンの幾何学的位相の存在が実証されたことで、従来考慮されてきたスピンの回転運動に伴う動的位相だけでなく、幾何学的位相も併せて考える必要のあることが明らかとなりました。本研究成果は電子スピンの制御技術確立に向けて重要な知見を与えるものであり、かつ、新たなスピンの制御法につながる可能性を秘めています。特に、時間に依存するノイズに対し耐性を持つという幾何学的位相の特徴を生かせば、より信頼性の高いスピンの操作が実現できると期待されます。

用語解説
  • 註1)電子スピン
    電子は負の電荷を帯びた粒子であるとともに、小さな磁石としての性質をもつ。この磁石としての性質を古典的な球の自転になぞらえて電子スピンと呼ぶ。電子スピンは量子力学的な状態であり、3次元空間内のベクトルで表現される。
  • 註2)量子コンピュータ
    量子力学によって支配される物理量を利用した量子ビットに様々な演算をさせることにより情報処理を行うコンピュータのこと。演算途中、重ね合わせという量子力学的状態を扱えるため、素因数分解やデータベース検索においては現状のコンピュータとは桁違いの速さでの処理が可能となる。
  • 註3)スピン軌道相互作用
    電子スピンが電場中を高速に運動することにより、電場が実効的に磁場に変換される相対論的効果。その起源によっていくつかの種類があり、異種半導体薄膜の接触界面に形成される電子が溜まる層(2次元電子ガス)の内部電場により生じるタイプのものをRashbaスピン軌道相互作用と呼ぶ。Rashbaスピン軌道相互作用の強さは、2次元電子ガスの上に形成されたゲート電極に電圧を印加することで制御可能であることが同研究グループにより検証されていた。
参考図
図 1:
(a)スピンはスピン軌道相互作用の作る有効磁場のまわりを回転する。この回転に伴う動的位相は従来観測されていた。
(b)有効磁場の描く軌跡に特徴づけられる位相がスピン幾何学的位相である。幾何学的性質のみに依存することから、時間に対し揺らぐノイズに耐性がある。
図 2:
作製したInGaAsリング配列構造の電子顕微鏡写真。スピン軌道相互作用の強さを変調する必要があるため、後の工程でリング配列全体を電極で覆った。
図 3:
スピン幾何学的位相のリング半径依存性。幾何学的位相はスピン軌道相互作用の影響も受けるため、様々なスピン軌道相互作用の強さにおいて半径依存性を求めた。点線は理論式から求めた値を示す。
論文名・著者名

Experimental Demonstration of Spin Geometric Phase: Radius Dependence of Time-Reversal
Aharonov-Casher Oscillations
F. Nagasawa、 J. Takagi、 Y. Kunihashi、 M. Kohda、 and J. Nitta
Physical Review Letters 108、 086801 (2012).

【お問い合わせ先】
東北大学大学院工学研究科 教授 新田 淳作
Tel: 022-795-7315
E-mail:nitta◎material.tohoku.ac.jp(◎は@に置き換えてください。)

東北大学大学院工学研究科 准教授 好田 誠
Tel: 022-795-7317
E-mail: makoto◎material.tohoku.ac.jp(◎は@に置き換えてください。)

【お問合せ】

東北大学工学研究科・工学部情報広報室
TEL/ FAX:022-795-5898
E-mail:eng-pr@eng.tohoku.ac.jp

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