東北大学工学研究科・工学部
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2012/10/05

ガラスの相変態メカニズムを解明 〜新たなナノ誘電材料の開発に向けて〜


応用物理学専攻の高橋儀宏助教、藤原 巧教授らは、物質・材料研究機構国際ナノアーキテクトニクス研究拠点の長田 実博士との共同研究により、ガラス中に5 nm以下の極めて微小な反強誘電性NaNbO3ナノ結晶の形成を確認し、そのメカニズム解明に成功しました。この研究は、ガラスをはじめとするランダム構造物質の理解および新奇な非鉛系誘電材料の開発へ有用な情報を与えることが期待されます。
本研究成果は、英国ネイチャー系オンライン科学誌「Scientific Reports」に掲載予定です。

【研究の背景】
電子材料等へ広く応用される誘電体は現代社会に必要不可欠な材料であり、光や電子を自在に制御する先端材料として研究開発が進められています。実用的にはPb(Zr,Ti)O3など鉛を含む強誘電体が利用される一方、環境問題の高まりから非鉛系代替材料の開発が強く求められています。また、サイズを微小化したナノ結晶によって、その誘電機能を飛躍的に高める研究開発も活発に行われています。酸化物ガラスから熱処理などにより機能性結晶を析出させる「結晶化ガラス法」は、多様な元素構成のもとで析出結晶サイズの制御が可能であることから、鉛を含まないナノ誘電材料(例:ニオブ(Nb)系酸化物結晶など)を創製する有力な手法であるといえます。五酸化ニオブ(Nb2O5)はガラス中に多量に包含できますが、ランダムな構造を持つガラス中のNb配位多面体の振舞いは完全には理解されていませんでした。これは非鉛系として注目されるNb系ナノ結晶の誘電特性を決定する重要な課題であり、さらにランダム系物質の相変態に関わる未解明問題であると位置づけられます。

【研究内容】
本研究では藤原研究室で発見されたNb系誘電体ナノ結晶を形成するBaO-Na2O-P2O5-Nb2O5系ガラスにおいて、昇温時における非弾性光散乱のその場観測を実施し、得られる分光学的情報であるボソンピーク1)、ラマンスペクトル、そして準弾性散乱2)を解析することでNb配位多面体の秩序化ダイナミクスを捉えることに成功しました。
ガラスの光散乱スペクトルの低波数領域において、弾性散乱であるレーリー散乱の他に、ボソンピークとそれより低波数側に準弾性散乱が観測されます。昇温過程における試料ガラスのスペクトルを観測した結果、ガラス転移温度(Tg)3)以下の低温領域において準弾性散乱強度が400℃で極大を示し、さらにTg以上の高温領域で準弾性散乱強度が激増するといった特異な振舞いが確認されました(図1)。さらに種々の条件で熱処理を施すことにより、試料ガラスから5 nm以下のNaNbO3相の形成に成功しました。これらナノ結晶化試料における物性評価を組み合わせることで、低温および高温領域の準弾性散乱の振舞いは、Nb配位多面体付近におけるイオン伝導、そしてナノメトリック相分離によるNaNbO3ナノ結晶4)の形成であると結論されました(図2)。

図1.昇温過程における低波数非弾性散乱スペクトルおよび準弾性散乱強度の温度依存性(インセット).
※画像クリックで拡大表示
図2.試料ガラスを熱処理することで得られたナノメトリック相分離(A)とNaNbO3ナノ結晶(B).
※画像クリックで拡大表示

非破壊・非接触という分光計測の利点を有効に活用することで、室温のガラス状態から高温のナノ結晶形成までの一連のイベントをガラス中の配位多面体に着目し評価が可能となったこと、さらに通常合成が困難である5 nm以下のNb系誘電結晶のナノ相分離による形成を実証できたことは、強誘電体におけるサイズ効果の解明や非鉛系の誘電材料開発を推進すると期待されます。

【今後の展開】
分光計測により得られる現象とガラス中で発生するイベントを結びつけたことで、これまでは熱処理「後」の事後の結果観察に留まっていましたが、熱処理「中」に準弾性散乱を観測することでガラス〜過冷却液体〜ナノ結晶という相変態過程におけるNb配位多面体の振舞いを明らかにし、ガラスの相変態ダイナミクスの理解に極めて有力な情報を与えることができるようになりました。また、ガラスのナノ結晶形性は、結晶単体では一般に困難とされる、誘電ナノ粒子の粒径制御や高分散化、光学的透明性を可能とします。これらはナノ誘電材料開発において、実用上極めて効果的であると同時に、安価に作製可能なガラス材料をベースとする革新的な光・電子制御デバイスの創出を具現化するものと期待されます。

【用語解説】
1) ボソンピーク:非弾性光散乱の低波数領域で観測される非晶質物質に特有のブロードかつ非対称なバンドであり、そのピーク位置は物質の弾性特性を反映します。

2) 準弾性散乱:強誘電体やイオン伝導体などにおいて非弾性光散乱の低波数領域で観察される現象であり、物質中のゆらぎによる分極率の変化が原因とされています。

3) ガラス転移温度:この温度以下においてガラスは結晶なみに固く、固体的に振舞うが、ガラス転移温度以上では粘性が急激に低下し、ある程度の流動性を有するようになります(液体的振舞い)。

4) NaNbO3:ペロブスカイト構造を有する室温で反強誘電性を示す結晶であり、リチウムイオン等をドープすることにより強誘電性を示すことが知られています。鉛系強誘電体の代替候補材料として期待されており、さらにナノ構造を有するNaNbO3相から光触媒活性も確認されていることから最近注目されています。

【論文情報】
雑誌名:Scientific Reports, 2, 714 (2012)(DOI:10.1038/srep00714)
タイトル:Structural relaxation and quasi-elastic light scattering in glass: Approach by ferroelectric and ion-conducting phases
(和訳:ガラスにおける構造緩和と準弾性光散乱―強誘電およびイオン伝導相によるアプローチ)
著者:Yoshihiro Takahashi, Kensaku Nakamura, Minoru Osada, and Takumi Fujiwara


【研究に関するお問い合わせ】
高橋 儀宏(タカハシ ヨシヒロ)
東北大学大学院工学研究科 応用物理学専攻 助教
〒980-8579 宮城県仙台市青葉区荒巻字青葉6-6-05
Tel: 022-795-7965
E-mail: takahashi◎laser.apph.tohoku.ac.jp(◎は@に置き換えてください)

藤原 巧(フジワラ タクミ)
東北大学大学院工学研究科 応用物理学専攻 教授
〒980-8579 宮城県仙台市青葉区荒巻字青葉6-6-05
Tel: 022-795-7964
E-mail: fujiwara◎laser.apph.tohoku.ac.jp(◎は@に置き換えてください。)

【お問合せ】

東北大学工学研究科・工学部情報広報室
TEL/ FAX:022-795-5898
E-mail:eng-pr@eng.tohoku.ac.jp

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