視点は高く、手は低く。
実学主義を体現する若き研究者の誕生。
東北大学学際科学フロンティア研究所 助教
日本学術振興会 海外特別研究員
正直花奈子
さらなる飛躍への期待を表す「育志賞」
対象者は、実力と人間性を備えた大学院生。
天皇陛下の即位20年にあたる2009年。社会的に厳しい経済環境の中、勉学や研究に励む若手研究者を支援・奨励することを目的に、陛下から御下賜金を賜わり、翌2010年「日本学術振興会 育志賞」が創設された。対象者は、人文学、社会科学、および、自然科学の全分野における成績優秀な大学院博士後期課程在学者。学業の面はもちろん、豊かな人間性を備え、意欲的かつ主体的に活動している者でなければならず、国内で勉学・研究に打ち込む大学院生にとって、非常に権威ある賞として知られている。2016年、東北大学大学院工学研究科応用物理学専攻博士後期課程に所属する一人の女子学生が、第6回(平成27年度)「育志賞」を受賞した。東北大学としては5人目、工学研究科としては初の受賞。なぜ、彼女は「育志賞」受賞者に選ばれたのか。答えは、目の前の壁に真剣に挑む“日常”の積み重ねにあった。


高専2年で芽生えた物理への興味。
理解できないレベルを楽しむ同世代との出会い。
大阪に生まれ、小学校から香川で育った正直花奈子(しょうじきかなこ)さん。兄二人が高専卒だったこと、国語が苦手だったことから、中学卒業後は自らも国立高松工業高等専門学校に進学した。もともと勉強が好きではなく、入学当初は「早く就職したい」「手に職をつけて自立したい」という思いが強かった。しかし、2年生になってから、正直さんの気持ちに少しずつ変化が起きる。親身に指導してくれていた物理の先生が、物理学の世界のニュースを面白く話してくれることで、物理への興味、研究への興味が涌いてきたのだ。そんな正直さんの変化を見てか、先生はJST(科学技術振興機構)が主催する「サイエンスキャンプ」への参加を勧めた。先端科学研究の現場を感じたいという強い意欲を持つ全国の高校生や高専生が集う先進的科学技術体験合宿プログラムである。それほど深く考えずに参加したという彼女は、そこで大きな衝撃を受けることになる。科学オリンピック受賞者、スーパーサイエンスハイスクールで学ぶ同世代の仲間が、自分ではまだ理解できないレベルの実験を楽しんでいたのだ。

「東北大学なら、人間性も成長できる」
背中を押されて踏み出した研究者への第一歩。
「こういう世界もあるんだ」彼らとの出会いは正直さんの視野を一気に広げてくれた。「高専でも実験を経てレポートを書き、論理立てて考察するということは学んできた。もっと深く学んで、研究者になりたい」意志を固めた彼女は、卒業後の進路を変更。高専から大学3年に編入できる制度を活用し、大学編入に挑むことにした。編入先の希望は、関心があった「材料」の研究環境が整っている大学。遠く離れてはいるが、東北大学なら思いきり研究に打ち込めるんじゃないだろうか。そう考えていたとき、素粒子物理の研究者でもある物理の先生から「材料といえば東北大学。入学できたら、きっと後悔なんてしないよ」と背中を押され、高専時代の専門を活かしつつ材料研究を行うことができる情報知能システム総合学科ナノサイエンスコース(現:電気情報物理工学科応用物理学コース)への編入学を決めた。「実は工学専門の大学とも迷っていたんですが、先に大学に行っていた友達から、総合大学の方が人間関係が広がって面白いよと言われて。東北大学なら、他学部の教授や学生とも関わりながら成長できると感じたんです」編入学試験は無事合格。正直さんは、研究者への第一歩を踏み出し始めた。しかし、編入学者だからこそ感じてしまう壁に、彼女も葛藤を抱くことになる。


東北大学学際科学フロンティア研究所 助教
日本学術振興会 海外特別研究員
正直 花奈子

2009年、国立高等専門学校機構高松工業高等専門学校電気情報工学科卒業、東北大学工学部情報知能システム総合学科ナノサイエンスコース3年次編入学。2011年、東北大学大学院工学研究科応用物理学専攻博士前期課程入学。2013年、博士後期課程入学。2016年3月、同課程修了。博士(工学)。同年4月より現職。博士課程の研究テーマ「−c面窒化インジウムガリウム混晶の有機金属気相成長と光学素子応用」が、第6回(平成27年度)日本学術振興会 育志賞を受賞。