視点は高く、手は低く。
実学主義を体現する若き研究者の誕生。
東北大学学際科学フロンティア研究所 助教
日本学術振興会 海外特別研究員
正直花奈子
編入学直後のハードルは、基礎力と英語力不足。
「誰よりも実直に、継続的にコツコツ」
学部3年への編入を果たした正直さんが感じたのは、工学基礎知識と英語力の不足だった。高校から大学入学受験を経て東北大学に入ってきた周囲の学生は、基礎力も英語のコミュニケーション能力も想像以上に優れていたのだ。博士号取得を目標に編入した彼女にとって、周囲の学生が先を行く道は険しく長いものに見えただろう。しかし、一度進むと決めた道。歩みを止めるわけにはいかなかった。「編入と同時に入った大学の寮が、留学生も生活している寮だったので、周りの留学生にとにかく話しかけて英語力を磨こうとがんばりました。研究室にも日本語を話せない留学生がいたので、一緒に研究を進めるために、つたない英語で必死に意思疎通を図っていましたね。そういう意味では、ありがたい環境だったと思います」。担当教員から「誰よりも実直に、継続的にコツコツがんばっている学生」と形容されるほど、研究面でもコミュニケーション面でも努力を重ね続けた正直さん。毎日の実験、研究室での討論、学会での発表など、研究者の卵として着実に経験を積み、学部卒業時には東北大学総長賞を受賞、大学院工学研究科へと進学した。


失敗が判明するだけで、立派な成果。
大切なのは、分野全体が前に進むこと。
学部時代には従来の「+c面」よりも発光ダイオードの高効率化が見込まれる「m面」という面方位の「窒化インジウムガリウム」を研究したが、大学院でも引き続きこの材料を研究テーマに定めた。「窒化インジウムガリウム」とは、窒化ガリウムと窒化インジウムを混ぜ合わせた結晶のことで、2つの材料の混ぜる比率を変化させることによって発光波長、つまり光の色を変えることができる。この物性が発光ダイオード(LED)にも使用されている。大学院での研究を行うにあたって正直さんが取り組むことにしたのは、窒化インジウムガリウムに関しては他の研究者がまだあまり多く研究していない面方位「−c面」。学部時代に積み上げてきた経験が活かされ、研究は順調に進む。他者から見れば“順調”とは言えない状況でも、彼女にとっては“順調”だったのだという。「学部を卒業して大学院に進むぞという春、東日本大震災が起きました。混乱が落ち着いた後も、装置が壊れてしまって実験ができない、メンテナンスすらできないという状況が続いたんです。だから、今はとにかく研究できることがありがたいですね。後輩にもよく言っていることですが、思い通りの結果が出なかったとしても、『駄目だった』ということが判明するだけで立派な成果。さらにそれを周囲に発表すれば、誰かが同じ失敗をしなくて済みます。分野全体が、前に進むじゃないですか」

視点は高く、手は低く。
実直な研究姿勢が東北大学らしさ。
日々真摯に地道に取り組んだ正直さんの研究は着実に成果を挙げていき、国内外での学会でも多くの賞を受賞するようになっていった。実直に一歩一歩取り組む正直さんの研究姿勢を、指導教員である松岡教授を始めとして多くの教員が高く評価。ついには日本学術振興会「育志賞」に推薦された。そして書面審査を通過、面接へと進む。「まさか審査を通るとは思っていなかったので、本当に驚きました。育志賞の審査員の方々は、さまざまな受賞経歴を持つ高名な先生ばかり。しかも応用物理学が専門ではない方もいらっしゃるので、分野外の方にわかりやすく説明することが高いハードルだなと感じました」。そんな時、不安を抱く彼女を心配し、声をかけてくれた人物がいた。第1回「育志賞」を受賞した、東北大学金属材料研究所の内田健一准教授だった。経験者からの細やかなアドバイスを受けた正直さんは、落ち着いて面接に臨むことができたという。「東北大学の素晴らしいところは、面接のアドバイスを下さった内田先生をはじめ、各分野の最前線に立つ著名な先生がすぐそばにいて、直接お話しできるところ。そして、東北大学の研究者は、決して派手ではないのですが、静かに、地道に、研究を続け、ついには大きな成果を出すところがまた素晴らしいと思います。私たちの世代はよく大きな夢を持ちなさいと言われますが、私は、“視点は高く、手は低く”の『高眼手低』の精神でコツコツがんばりたいと思っているんです」。東北大学に根づく実学主義を体現する若き研究者。「育志賞」を受賞してなお決して驕ることのない真摯な姿勢は、これからの研究成果はもちろん、彼女に続く“実学主義の研究者”を育んでいくのだろう。


東北大学学際科学フロンティア研究所 助教
日本学術振興会 海外特別研究員
正直 花奈子

2009年、国立高等専門学校機構高松工業高等専門学校電気情報工学科卒業、東北大学工学部情報知能システム総合学科ナノサイエンスコース3年次編入学。2011年、東北大学大学院工学研究科応用物理学専攻博士前期課程入学。2013年、博士後期課程入学。2016年3月、同課程修了。博士(工学)。同年4月より現職。博士課程の研究テーマ「−c面窒化インジウムガリウム混晶の有機金属気相成長と光学素子応用」が、第6回(平成27年度)日本学術振興会 育志賞を受賞。