「退屈だと思ったことは1秒もない」
基礎研究の領域で
後輩育成に力を注ぐリーダー。
日本電信電話株式会社 NTT物性科学基礎研究所
量子光物性研究部 量子光デバイス研究グループ
研究主任 博士(工学)
国橋要司
前人未到の知の領域を切り拓く、
すべての研究の原点こそ「基礎研究」
たとえば、マラソン。ゴールを目指す時、コースに応じて時間や体力の配分を考えることは、勝つために不可欠な計算だ。スポーツに限らず、おおよその物事にはゴールと呼べる終着点がある。しかし、目指すべきゴールがなく、コースどころか明確なスタート地点すら明示されないことが当然の分野がある。それが「基礎研究」だ。通常企業で行なわれる研究開発は、目標とする製品の開発・製造に向けて必要な技術を探求する、つまり逆算的に研究を進めることが一般的だ。対して基礎研究は、新しい製品の開発や技術向上という“出口”ではなく、どこにつながるか定かではない“入口”を探す作業と言えるだろう。まだ解き明かされていない原理を紐解き、前人未到の知の領域を切り拓く。この使命を担う数少ない研究者の一人が、国橋要司さん。日本では希少な基礎研究を行う企業所属の研究所「NTT物性科学基礎研究所」に勤め、スピントロニクスをテーマに研究を続けている。その胸に、自ら「究極の目標」と呼ぶ、ある思いを抱いて。
スピントロニクスが変える未来を信じて。
リーダーの素質を兼ね備えた研究者。
地球のまわりを月が回るように、原子の中では原子核のまわりを電子が回っている。この性質を活用したエレクトロニクスによって、パソコンやスマートフォンといった電子デバイスは飛躍的に発展してきた。そして今注目されているのが、月と同じように自ら回転、つまりスピンする電子の活用だ。電子スピンの向きを磁石ではなく電気によってコントロールできれば、さらに多くの情報を扱うデバイスが誕生すると考えられている。これが、スピントロニクスと呼ばれる分野、国橋さんの研究テーマである。「今は高感度の顕微鏡を使い、電子スピンを見える化して応用しようとしています。と言っても、一般の方に理解していただくのはかなり難しいですよね。もう少しわかりやすく説明すると……」。相手の理解度に合わせて何度でも説明しようとする国橋さん。その熱心な姿勢は、孤高の研究者というより、研究グループのリーダーという表現が似合う。「実は2年前まで、採用コミュニケータを任されていました。大学生や院生を対象に、当社の業務を説明する仕事です。もともと教えることはそれほど得意ではなかったんですが、大学院時代、指導した後輩が伸びていく楽しさ、やりがいのようなものを感じてからは、少し変わったかもしれませんね」
初めて知る“大学の先”と“東北大学”の存在。
「どうせなら最後まで行ってみたい」
小さい頃から、国橋さんにとって「不思議なこと」は「化学的なこと」に結びついていた。花火の仕組みを理解するため、こっそり分解したこともある。中学で理科を学び始めると、自然や生物より、物理や化学の分野が好きだと自覚した。進路は工業専門学校を選択。授業を受け持つ先生は博士号を持つ教授ばかりで、初めて“大学の先”、大学院があることを知った。「どうせなら最後まで行ってみたいと思いました。大学院で博士号をとってみようって」。しかし、大学の選び方がわからず、当時興味を持っていた材料工学を学べるなら、どこでもいいとすら考えていた。そんな時、高専の先生から受けた「材料なら東北大だ」というアドバイスを信じて受験。合格した後で、東北大学が材料工学において世界トップレベルであることを知った。「3年次編入で東北大学工学部に入って、研究レベルの圧倒的高さに驚きましたね。でも、世界レベルの論文、国際会議への出席が日常的なフィールドで、大きなギャップがいい意味で刺激になりました。そして私にとって忘れられない分岐点も、1つの国際会議にありました」
日本電信電話株式会社
NTT物性科学基礎研究所
量子光物性研究部
量子光デバイス研究グループ
研究主任 博士(工学)
国橋要司
2005年、国立東京工業高等専門学校物質工学科卒業、東北大学工学部材料科学総合学科へ3年次編入。2007年、東北大学大学院工学研究科知能デバイス材料学専攻入学。2012年、同新田研究室博士後期課程修了。同年「日本電信電話株式会社」へ入社、NTT物性科学基礎研究所へ配属。