東北大学 工学研究科・工学部 Driving Force 明日を創るチカラ INTERVIIEW REPORT
東北大学 工学研究科・工学部 Driving Force 明日を創るチカラ INTERVIIEW REPORT

失敗の中にこそ、
新たな発見がある。

東北大学 大学院工学研究科 化学工学専攻
教授
北川 尚美

© School of Engineering, Tohoku University

勘からスタートした実験が
世界初のバイオ燃料製造法を
生んだ。

 地球温暖化の原因の一つになっているのが石油や石炭など化石燃料の使用による二酸化炭素濃度の上昇だ。化石燃料の使用を減らすため、代替の燃料として期待されているのが、化石資源を除く生物由来の有機性資源を原料とするバイオ燃料である。ヨーロッパでは菜種油から、北・南米では大豆油から、日本では廃食用油からバイオディーゼル燃料(BDF)を製造する取り組みが進められ、特にヨーロッパでは政策的な支援もあってその利用が進んでいる。
  BDFの製造法の中で多く利用されているのが、アルカリを触媒として用い、動植物油とアルコールのエステル交換反応によって合成するという方法である。しかしこの方法には、油とアルカリとの反応の際に石ケンが生じ燃料の品質が低下する、触媒が混入し汚れたグリセリンが副生する、高品質化のために煩雑な精製操作が必要になる、などコストや環境負荷の面で大きな課題があった。2005年、こうした諸課題を一挙に解決する新たな BDF製造法が東北大学大学院工学研究科から発表される。その研究開発の中心にいたのが、化学工学専攻の北川尚美教授である。「ある学会に参加した時、イオン交換樹脂に酵素を付け、それを触媒としてBDFを製造するという方法の発表がありました。イオン交換樹脂は、自らのイオンと溶液中のイオンを交換する性質を持つ合成樹脂で、特定の物質を分離する際に使われます。その発表を聞いた時、イオン交換樹脂自体に酵素と同じ触媒活性があることを知っていた私たちは、『酵素がなくてもできるのでは?』と考えました。そんな勘に従って早速実験を開始。すると驚くほどの速さで反応が進み、簡単にBDFができてしまった。これが、通常水処理に利用されている汎用品のイオン交換樹脂を固体触媒として用いBDFを製造する、世界初の成功例となりました。しかも、この方法には、石ケンの生成や生成物への触媒の混入がないという際立った特徴があったのです」

新技術の
社会実装をめざして、
現場の声を聞き、
現場目線で考える。

 

 この成果を発表すると、マスコミや全国の企業から多くの問い合わせが寄せられた。とはいえ、1時間に作れるBDFはコップ半分程度、コストの面でもまだまだ勝負にならないレベルだったという。「新たな技術が開発された後、その技術を使って大量生産するための装置やプロセスを開発するのが、私たち化学工学の研究者が得意とするところです。どんな反応器を用意すればいいのか、その装置をどう動かせば大量生産が可能になり、コスト面での条件がクリアできるのか。イオン交換樹脂を触媒とするBDF製造の研究は、化学工学の醍醐味ともいえる社会実装をめざす段階へと進んだのです」
 社会実装に向けた研究を進める際に大切にしたのが、メーカーなど現場の方々と積極的にコミュニケーションをとり、彼らの感覚や経験を研究に反映させることだった。「現場で制御し切れないほど高度な技術を搭載してしまったり、あまりに高額な装置になり『こんなもの使えない』と言われてしまったり、研究室の中でだけやっていると、失敗してしまうことが実に多いのです。実際に使ってくれる人たちが感じる問題点は何なのか、その解決にはどんな対策が必要なのかを現場の目線で考え、技術を一歩ずつ実際の現場に最適化させていくようにしたのはそのためです」
 北川教授らは陽イオン交換樹脂を充填したカラムと陰イオン交換樹脂を充填したカラムの2つを直列につなぐ方式を考案、樹脂充填カラムに原料を通過させるだけで、BDFとなる高純度の脂肪酸エステルを全自動で製造することを可能にした。2016年からは鹿児島県の種子島に分散型小規模燃料製造装置と集中型樹脂再生設備を設置、地産地消に適した BDF製造システムの実証を開始している。「どんな研究にも克服しなければならない課題、いわゆるボトルネックがあります。この研究では、触媒に使っている樹脂の活性が落ちた時、活性を回復させるために樹脂の量の8倍もの溶液を必要とする点が大きな課題でした。コスト面や環境面での負担を軽減する、そのためのリサイクル方法を確立するのに10年もの歳月がかかりました」

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燃料製造と並行して
健康機能成分を回収。
「イオン交換樹脂法」を
武器に新会社を設立。

 BDFの製造方法について研究を進める過程で、新たな研究テーマも生まれた。それが、「ビタミンE類の高効率回収技術の開発」である。BDF製造の研究に際し北川教授が原料に用いていたのが、米ぬかから米油を製造する工程で多量に発生する未利用油だった。「最初は、米油そのものを原料にしてBDFを製造しようと考えていました。その話を米油会社に持ち込んだら、『米油の方が高値で販売できる。それを考えたらあり得ない』と一蹴されました。ただ、分離回収を行うことができず焼却処分している未利用の油がたくさんあることを教えていただきました。すると、この未利用油がとても魅力的な油だったのです。この未利用油には、生活習慣病の予防など健康機能成分として注目を集めるスーパービタミンEが含まれており、私たちの装置を通すと、BDFの製造と並行してスーパービタミンEが樹脂に吸着することに気づきました。最初は油に含まれるビタミンEが装置を通るとなくなってしまうため、分解してしまったのだとがっかりしました。それでも、なぜなくなってしまったのかを繰り返し考えているうちに、樹脂に吸着しているだけだと分かり、もっと吸着しやすいものを流せばビタミンEが流れ出てくるのでは、というアイデアが浮かびました。そうした試行錯誤の結果、高純度でスーパービタミンEを回収することが可能になりました」北川教授は、この研究により、持続可能な社会の発展を支える化学および化学技術に対し贈られる2017年度GSC(グリーン・サスティナブル ケミストリー)賞文部科学大臣賞を受賞、さらに2018年には、自身も取締役を務める東北大学発のスタートアップ企業「ファイトケム・プロダクツ株式会社」を設立した。「廃棄物の未利用油から機能成分を取り出し商品化できれば、米ぬかの買取価格を上げることができるかもしれない。そうなれば農家の方にも利益を還元でき、経済の循環がうまく図れる可能性がある。将来的には、東北地域へ大規模な製造工場を設置し、雇用や産業の創出につなげたいと考えています」

失敗という現実を
あるがままに
受け入れる姿勢を
大切にしよう。

 埼玉県出身の北川教授が東北大学工学部を進学先に選んだのは、「研究第一主義を掲げる総合大学の東北大学には、高校時代に描いた目標を実現できる環境がある」と考えたからだという。その目標とは、①何か歴史に名を残せるようなことをしたい、②好きなことを仕事にして生きていきたい、③女性初の何かを成し遂げたい、というかなりざっくりしたもの。「この3つの目標は、学術論文を書くことで研究者として名を残し、大好きな実験や研究でお給料をもらい、化学・バイオ工学科で女性として初めて博士号を取得、というように、かなり早い時期に達成することができました。大学入学前、所属希望の研究室や研究テーマを具体的に掲げる方がいますが、そういうみなさんにアドバイスしたいのは、高校までの限られた知識で将来を選択しないでほしいということ。いま最先端のテーマが10年後も最先端であるとは限りませんから。東北大学工学部には約300の研究室があり、各研究室が少なくとも10〜20の世界最先端の研究テーマに取り組んでいます。大切なのは、あまり限定的に考えず、視野を広く持つこと。視野が狭いと幸せも達成感も少ない、私はそう考えています」  北川教授はこれまでの研究生活を振り返り、「失敗の中にこそ新たな発見がある」と話す。「未知の研究テーマに挑戦している以上、成功することの方が珍しいのです。化学工学の世界では、化学反応を数式で表し、数式を使って予測をします。予測はいわば理想で、必ずしも予測通りの実験結果が得られるわけではありません。そんな時、研究者に求められるのは、現実を見るという姿勢です。実際に起こっていることは何か、それはなぜ起きているのか、失敗という現実をあるがままに受け入れることをスタート地点にするからこそ、より良い反応器やより良いプロセスに一歩ずつ近づいていくことができるのです」