東北大学 工学研究科・工学部 Driving Force 明日を創るチカラ INTERVIIEW REPORT
東北大学 工学研究科・工学部 Driving Force 明日を創るチカラ INTERVIIEW REPORT

世の中の課題を解決する
新しい検査法の開発で、
世界を驚かせ続けたい。

東北大学 大学院工学研究科・工学部
材料システム工学専攻
准教授
小原 良和

© School of Engineering, Tohoku University

材料内部の欠陥を
3次元で可視化。
コンクリートインフラへの
応用にも期待。

 2012年12月、中央自動車道笹子トンネルで起きた崩落事故を覚えている人も多いだろう。原因は、天井板を固定する金属ボルトの老朽化。事故後、国は5年に一度、トンネルや橋の点検を義務化し、施設の機能や性能に不具合が発生する前に修繕等の対策を講じる「予防保全」の考え方を導入した。「とはいっても、検査は目視や打音検査(ハンマーでコンクリート表面をたたき、その音から良し悪しを判定する)でやっているのが現状。コンクリートの場合、内部を検査する方法がまだ確立されていません」。こう話すのは、東北大学大学院工学研究科材料システム工学専攻で、「超音波非破壊評価」をテーマに研究に取り組む小原良和准教授だ。
 非破壊評価とは、材料や構造物を壊すことなく、その内部を検査すること。研究の意義を小原准教授はこう説明する。「橋などの崩落の原因を探ってみると、表面から発生した傷や割れだけでなく、もっと深い内部のところに生じた欠陥が原因となっていることが多い。金属の内部は詳しく検査できるようになってきましたが、コンクリートは内部構造が複雑なため検査がとても難しく、非破壊評価分野に残された最難関課題です」。
 小原准教授は、2020年9月、材料内部の欠陥を3次元で可視化できる「高分解能超音波映像法」の開発を発表した。「内部の欠陥を計測する方法として、人体に無害で感度も高い超音波が広く使用されています。そこで得られた情報を映像化する技術も普及してきましたが、これまでは2次元ないしは低分解能な3次元の映像化が限界でした。しかし、内部に発生する欠陥は複雑な3次元の形状をしていることが多いものです。今回の開発では、発電プラントの配管などで問題となっている複雑に枝分かれした応力腐食割れ(き裂の一種)の3次元映像化に成功、今後は金属や複合材料が使われている多くの分野に応用していき、将来的には橋や高速道路、トンネルなどのコンクリートインフラの検査でも使えるように研究を進めていきたいと考えています」。

世界初、
“閉じた”き裂を映像化。
その成功が
世界を驚かせた。

 

 研究者として歩み始めて以来、超音波を使った内部の検査法の研究に取り組み続けてきた小原准教授。その研究成果で世界を驚かせたのが、2007年発表の『SPACE』(Subharmonic Phased Array for Crack Evaluation)だ。超音波による内部計測はすでに実用化されていたものの、き裂面がくっついたり塞がれたりしている“閉じた”き裂の場合、超音波が通過してしまって計測できない、というのが長年の課題だったという。「私が採用したのは、大振幅の超音波によって“閉じた”き裂自体を開閉振動させ、その部位で発生する特異な散乱波、とりわけ分解能やコントラストに優れるサブハーモニック波を利用するという方法です。大振幅超音波の発生技術とフェーズドアレイ(複数の素子を持つアレイセンサとその制御器により、電子スキャンで内部を映像化する技術)とを融合した『SPACE』によって、世界で初めて“閉じた”き裂を映像化することに成功しました」。
 自身の博士論文でもある『SPACE』を初めて国際会議で発表した時のことが、今も忘れられないと話す小原准教授。「ものすごい反響で、私のポスターの前には人垣ができ、多くの研究者が興奮した表情でいろいろと質問してきました。その後、海外で講演する機会は増えましたが、斬新な研究を発表すると、発表の途中から聴衆の顔がキラキラしてくるのが分かります。質疑応答でもたくさんの手があがり、発表後も多くの研究者と議論し続けることになるわけですが、その時間は研究者冥利につきる至福のときです」。
 これまでは、より緊急性の高い課題を選び研究に取り組んできた小原准教授だが、そこにとどまることなく、今後は、世界を変えてしまうような研究にも目を向けていきたいという。「世の中にある課題を解決することはもちろん大切で、工学部の研究のベースです。一方、そのような研究を続けていると、1つの課題解決に留まらない、未来を大きく変えられるような新しいアイデアが浮かんでくることがあります。スマホやインターネットが世の中を変えたように、世界を変えるような斬新なアイデアに挑戦できるというのもまた、研究の醍醐味ではないでしょうか。目の前の課題に向き合いつつ、時間はかかるかもしれないけれど、世界を変えてしまう、そんな研究の方向にも取り組んでいきたいと考えているところです」。

東北大学 工学研究科・工学部 Driving Force 明日を創るチカラ INTERVIIEW REPORT

研究者としての
成長のかげには、
ロールモデルとなる
存在との出会いがある。

 小原准教授は、修士課程までを名古屋工業大学大学院で過ごし、博士課程から東北大学大学院にやってきた。東北大学大学院に進んだのは、名古屋での恩師が定年で退官してしまったから。アメリカやカナダの大学への進学という選択肢もあったが、東北大学大学院で非破壊検査の研究に取り組んでいた山中一司教授(現東北大学名誉教授)の存在にひかれ、進学を決めたという。「学会で山中先生の発表を聞いたのですが、先生が本当に輝いて見えた。頭のキレが違うし、発表後の議論を聞いても、それまで味わったことのない本当の頭の良さというものを感じ、この先生のもとで一緒に研究してみたい、と強く思いました。研究者として成長する過程には、ロールモデルとなる憧れの存在との出会いがあると思います。山中先生との出会いはまさにそれでした」。
 小原准教授は、修士課程1年の時、アメリカで開催された学会に参加する機会を得た。初めて飛行機に乗り、学会では口頭発表も経験した。「自分なりに英語を勉強し、発表の準備もしっかりやっていきました。研究内容には一定の評価を得られたものの、言葉の壁はやはり厚かった。海外の研究者たちはいろいろな大学の人が集まって、すごく楽しそうに話をしていて、そんなシーンを目にしながら、いつか自分もあの輪の中に入って海外の研究者と共同研究をしてみたいと思いました。帰国後は、単語を片っ端から覚えたり、さっと英語が出てくるように瞬間英作文の練習を続けたり、さらに、発音できないものは聞き取るのも難しいと気付いて発音矯正に一から取り組んだりするなど、英語力の向上につながることなら、ありとあらゆることに挑戦しました。そうした積み重ねの成果を試す機会がやってきたのは2010年のことです」。

世界トップクラスの
先生の指導のもと、
研究の停滞を乗り越える
という“贅沢”。

 2010年、小原准教授は、アメリカ・ロスアラモス国立研究所のポール・ジョンソン博士が主宰する国際会議に初めて参加した。その会議は通常の国際会議とは違い、参加人数は30〜40人程度。一人あたりの発表時間が40分ととても長く、参加者で議論を深めていくという独特のスタイルだった。「日本人は私だけ、参加者の中には、国際的に権威のある科学誌で名前を見知った研究者がたくさんいた」とその時を振り返る小原准教授。この会議への参加が、小原准教授にとっては、その後の研究を大きく飛躍させる源泉になったという。「憧れの存在だったポール・ジョンソン博士は、私の研究を大変面白がってくださり、その後、ロスアラモス研究所に滞在する機会を何度も頂きました。現在ではロスアラモス以外の海外の研究者とも様々な共同研究を行っていますが、そのきっかけを作ってくれたこの会議には、10年連続で参加し、多くの刺激を受けています」。
 ロスアラモスの国際会議への参加を通して、「ディスカッションの大切さ」をあらためて実感した小原准教授は、学生たちと向き合う時もそのことを意識しているという。「研究が仮にうまくいかなかった時、その結果について学生にも自分の頭でしっかり考えさせ、その上でディスカッションし、失敗の理由を考えて次の手を打つ。そこには時間をかけるようにしています。東北大学には、世界でもトップクラスの先生が多くいます。そうした先生たちのもと、ロジカルに考え、しっかり仮説を立て、検証を重ねながら研究の停滞を乗り越えていくという経験は、東北大学ならではの“贅沢”ではないでしょうか」。
 走るのが趣味だという小原准教授は、平日には5〜6km、休日には15kmのランニングを日課としている。「朝5時頃起きて仕事を始め、6時くらいから走っています。仕事をしてから走ると脳の中がすごく整理され、アイデアがパッと浮かんだりします」。見えないものを見る、見えるようにする小原准教授の研究。構造物や工業製品の安全性・信頼性に対するニーズに応えるアイデア、そして世界をちょっと変えてしまうようなアイデアが、ランニングの途中で生まれる、そんな日がいつかやってくるかもしれない。