東北大学 工学研究科・工学部 Driving Force 明日を創るチカラ INTERVIIEW REPORT
東北大学 工学研究科・工学部 Driving Force 明日を創るチカラ INTERVIIEW REPORT

夢は宇宙飛行士。
「宇宙の子」の一人として、
宇宙から宇宙を見てみたい。

東北大学 大学院工学研究科
航空宇宙工学専攻
修士課程1年
森 瑛梨奈

© School of Engineering, Tohoku University

工学の前提は、
人の役に立つこと。
宇宙に関する研究を
どう役立てることができるか。

「あかいめだまの さそり
 ひろげた鷲の つばさ
 あをいめだまの 小いぬ、
 ひかりのへびの とぐろ。…」

 これは岩手県が生んだ詩人・宮沢賢治が作詞作曲した『星めぐりの歌』の一節だ。同じ岩手県に生まれ育ち、今も星に思いをめぐらせながら、航空宇宙工学の世界で研究に取り組む一人の東北大学大学院生がいる。それが、森瑛梨奈さんだ。「ふるさとの岩手県八幡平市は星空が本当にきれいに見えるところで、物心が付いた頃には星や宇宙に興味を持つようになっていました。小さい頃からの変わらない夢は、宇宙飛行士になること。そのために、宇宙に関することが学べる東北大学工学部の機械知能・航空工学科に進学しました」。

 「工学部の3年次からは専門科目が増え、宇宙についてかなり踏み込んだ勉強ができるようになった」と話す森さん。研究室配属後、研究に取り組む先輩たちの真摯な姿に触れ、学部卒業後は大学院に進学し研究を続ける道を選んだという。「工学は、人の役に立つというのが前提の学問です。それでは、私のやっている宇宙に関する研究は、地球の人たちに対してどう役立つことができるのか。その問いに対する答えは宇宙に行かないとわからない、宇宙に行って初めてわかることもきっとあると考えた時、宇宙飛行士になりたい、とあらためて強く思うようになりました。宇宙飛行士として宇宙空間に身を置き、地球から見た星空や宇宙と、宇宙から見た宇宙ではどちらがより素晴らしいのか、自分の目で確かめてみたいのです」。

月面基地など
宇宙での利用を夢見て、
新たな構造物の研究に挑戦。

 

 森さんが所属する槙原・大塚研究室は、宇宙構造物の構造設計について、主に実験に基づく応用力学的なアプローチから研究を展開しており、宇宙エレベータ、月面基地や火星基地などの開発に向けた野心的な研究を行っている。森さんから見ると、宇宙に関する研究を行っている研究室は「2つのタイプに分かれる」という。一つは、空気の流れや液体ロケットエンジンなど、流体について研究する研究室、そしてもう一つが構造物やその骨組みなど、構造に関するテーマを扱う研究室だ。「槙原・大塚研究室を選んだのは、構造に興味があったのはもちろん、空気の流れとは違い、目に見える構造や骨組みの方が研究を“やっている感”が強く、面白いと感じたからです」。

 研究室配属以来、森さんが一貫して取り組んでいるのが、テンセグリティ構造を宇宙構造物に応用する研究だ。通常の構造物では、骨組みは棒(柱)で組まれているが、テンセグリティ構造では、その一部がピンと張った糸でできている。「この構造の一番のポイントは、糸の張力にあります。糸の張力があるから、棒どうしが繋がっていなくても自立することができ、構造物として成立する」と話す森さん。宇宙での利用という視点から見た時、テンセグリティ構造にはどんな魅力があるのだろう。「棒を糸にした分、折り畳んだり、テントのように展開したりすることが期待できます。しかも軽い。ロケットの容量の9割は燃料であり、持ち運べるのはとても限られた量になる。宇宙構造物はいかに軽く、いかに小さくするかというのが重要で、その点、テンセグリティ構造には大きなメリットがあると期待されています」。

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宇宙研究では、
振動が大きなテーマ。
テンセグリティ構造の
揺れを探る。

 テンセグリティ構造の研究はそれ自体始まったばかりで、さらにそれを宇宙で使おうという研究はまだ少ない。実用化までには課題が多く、重力のない宇宙に持っていくとどうなるのか、どうやって折りたたむのかなど、考えなければならないことが山積みだという。これまで森さんが取り組んできたのは、テンセグリティ構造の構造物に力を与えた時、それはどう揺れるかという研究。振動について研究することの重要性を森さんはこう説明する。「空気のある地球上では、モノを揺らしてもその揺れは自然に収まります。しかし空気のない宇宙では、いったん揺れ始めると何の抵抗もないためずっと揺れ続け、何かこちらから働きかけ抑えてあげなければなりません。宇宙空間では、宇宙飛行士の移動、衛星の中に組み込まれたモーターなどの振動、さらには、惑星で吹く風、月の地震(月震)など、振動を引き起こすさまざまな要因があり、宇宙での振動は宇宙研究の中でも大きなテーマの一つなのです。現在は、テンセグリティ構造がどのように揺れるかを研究していますが、将来的には、振動をどう抑えるかという方向に研究は進んでいくかもしれません」。

 修士課程修了後は、宇宙関係の事業や研究を行う企業への就職を考えている森さん。現在は、国内企業や、海外とも関わりを持つ企業などを中心に情報を収集中だ。「企業に自分をアピールする際、研究室での経験は大きなポイントになると思います。テンセグリティ構造の研究は、先輩から引き継いだものではなく、研究室としては私がパイオニアとなり研究を進めました。実験装置やプログラムなどの成果品はなく、すべて自分でやらなければならなかった。過去研究の知見もない状態からのスタートでしたから、人より多く論文も読みました。こうした経験は他の学生がみな経験できることではなく、私自身の強みとしてアピールできると思います。そしてもう一つ、どれだけ宇宙が好きかということも強調したいです」。

女子学生同士の
強い結束力。
工学部では女子学生向けの
支援も充実。

 工学部の学びの面白さについて、「機械内部の部品を見たり、書いたり、作ったり、という機会がすごく多いので、理解が深まる」と話す森さん。その素顔は、服を見たり買ったりするのが好き、という女子学生だ。そんな森さんは、男子学生の比率が圧倒的に多い青葉山キャンパスでの日常をどんなふうに感じているのだろう。「機械・知能系同期の学生数が約250人なのに対し、女子学生は20人程度と1割弱です。実習や実験でグループ分けされると、グループ内の女子は私だけということがほとんど。でも男子学生はみな紳士的なので、楽しくやっています」。工学部では、入学式の数日後に機械・知能系の女子新入生や先輩の女子学生が集まる女子会が開催され、第一歩がスムーズに踏み出せたという。「女子の結束力はとても強いものがあります。女子専用の静養室が設けられているほか、夜遅くまで研究し終電を逃してしまった女子学生のためにタクシー代の補助が出るなど、女子学生向けの支援が充実していると感じています」。

 「修士課程修了後は宇宙系の企業に就職、そこで宇宙開発をしながら宇宙飛行士に関する情報を集め、知識を深める。自分のしたい宇宙の仕事をして、宇宙飛行士の採用試験の機会を待つ」というのが、森さんが描く宇宙飛行士という夢を実現するための将来プランだ。目標とするのは、日本人女性としては2人目、そして子を持つ母としては初の宇宙飛行士となり、2010年に国際宇宙ステーションで活動した山崎直子さん。森さんは工学部1年生の時、留学について学ぶ授業で、憧れの存在でもある山崎さんに直接インタビューする機会を得た。その時もらったサインの言葉は「我ら宇宙の子」。宇宙の子の一人である森さんがいつか宇宙飛行士となった時、その目に宇宙はどう映るのだろう。