東北大学 工学研究科・工学部 Driving Force 明日を創るチカラ INTERVIIEW REPORT
東北大学 工学研究科・工学部 Driving Force 明日を創るチカラ INTERVIIEW REPORT

その場で、その瞬間に
面白いと思ったものを追求。
その先に、将来像はある。

東北大学 大学院工学研究科・工学部
化学工学専攻
准教授
菅 恵嗣

© School of Engineering, Tohoku University

光の情報から
ナノメートルの世界を覗く。
見えない世界を見るために。

 新型コロナウイルスが猛威をふるった2020年、世界各国でワクチンや治療薬の開発が急がれている。こうした開発研究は医学や薬学の専門分野と思われがちだが、ウイルスを構成する要素(パーツ)に分けて考えると、物質としての特徴が見えてくる。ウイルスがどのようにして体内に侵入するのか、そのメカニズムを解明しようとする時、ものづくりの学問である化学工学の立場からのアプローチも可能だと語る研究者がいる。それが、東北大学大学院工学研究科化学工学専攻の菅恵嗣准教授だ。菅准教授が専門とするのは、ナノメートル(10億分の1メートル)スケールの薄い膜に関する研究。材料の表面に膜をくっつけたり、膜そのものの性質を知るといった研究に取り組んでいる。「すべての細胞は膜で覆われています。膜はいろいろなところに形成させることができます。たとえば、固体表面に生物由来のやわらかい膜をつけることも技術的には可能です。私の関心は、膜の作り方、そしてその膜がどんな性質を示すか、という点にあります。最近では、金(Au)のまわりに膜をつけることで、ウイルスと同じぐらいの100ナノメートルスケールの空間や、あるいはもっと小さな5ナノメートル程度の厚みをもつ膜の世界を観察するという成果を挙げることができました。こうした研究の先には、膜をもつウイルス類が体に侵入するメカニズムの解明につながる可能性があると考えています」。

 研究の際に問題となるのが、膜自体が薄すぎて見えないということ。菅准教授の研究では、見ることができるようにするため、膜自体に色をつけるなどさまざまな試みが行われているという。「私の研究は、見えない世界を見るための研究でもあります。光の情報から物を見る、特に表面、ナノメートルの世界を覗くことで、何か新しい科学技術につながるかもしれません。そんなことを夢見ながら、日々研究に取り組んでいます」。

物質のカタチが
機能を決めるのか、
機能を作るために
物質はそのカタチになるのか。

 菅准教授は、大阪大学基礎工学部を経て、2020年4月に東北大学に着任した。所属するのは、材料プロセス工学分野の長尾研究室。ここで、大阪大学時代からの研究テーマに継続して取り組むとともに、長尾研究室でこれまで取り組まれてきたテーマと自身のテーマを融合させた、新たな研究分野の開拓に取り組んでいるという。「材料というと、みなさんは形(カタチ)あるものを想像すると思います。それでは、物質のカタチを決めれば機能が決まるのでしょうか、それとも、ある機能を作るために物質はそのカタチになるのでしょうか。つまり、性質と形。長尾研究室は微粒子(ナノ粒子)の形にこだわった研究が得意であり、一方私は、性質にこだわった研究をずっと行ってきました。その点では、長尾研究室の研究テーマとこれまでの私自身の研究テーマは、お互いに欠けている部分を補い合うことができる、そんな関係といえるかもしれません。やわらかい物質でもこんな性質が出る、というのがこれまでの私の研究だとすると、このやわらかいものにカタチを与えると何が起こるでしょう、というのが私の研究の次のステップかなと思います」。

 これまでにない新しい技術を生み出すイノベーションには、リノベーションもまた大切だと菅准教授は話す。リノベーションとは、昔の技術を現代版にアップデートすることでもある。一つの分野とその分野におけるちょっと古い知識を組み合わせて、現代の科学技術、現代の言葉で表現すると何が起こるか、という視点だという。「昔の技術よりも上をめざすには、まず昔の技術を知らないといけません。ちょっと古めの研究を今の技術、言葉で表現し、その上で一体何が新しいのかを明らかにしていくこと、これらの積み重ねの先に本当に新しいモノが生まれると思います」。

東北大学 工学研究科・工学部 Driving Force 明日を創るチカラ INTERVIIEW REPORT

「あなたの研究の
売り文句は何?」
という問い。
いい研究には、
いいキャッチコピーが
必要だ。

 菅准教授が化学工学を専門分野として選んだのは、高校時代、化学が一番好きだったからだという。受験勉強の合間に大学の研究内容について調べていたところ、氷の中にメタンガスなどを閉じ込めたガスハイドレートなるものを知った。「氷なのに火を着けると燃える、これが単純に面白かった」と話す菅准教授だが、大学の研究室選択の際には、興味の対象がタンパク質に変わっていた。「ゆで卵を元の温度に戻しても生卵には絶対戻りません。これは、卵の中のタンパク質の形と性質が変わってしまったからです。一方、体の中にはそうした構造の壊れたタンパク質を救急対応として元に戻す(治療する)、リフォールディングという仕組みがあります。タンパク質に生物的な不思議さ、神秘さを感じ、壊れたタンパク質が細胞膜のようなやわらかい材料の表面で元に戻るという現象に興味を持ったことが、研究者を志す原点でした」。

 中学・高校を通して菅准教授が打ち込んだものがもう一つある。それは、吹奏楽の活動だ。担当はチューバ。大阪大学入学後も、地元奈良の市民吹奏楽団で演奏を続けたという菅准教授は、吹奏楽の演奏経験と大学での研究活動には通じる部分があると話す。「クラシック音楽、たとえばベートーヴェンの作った曲を現代に生きる私たちが演奏するのととても似ています。実際に作曲された時代とは、人、楽器の質、音響などすべての環境が異なっているのに、その設計図に基づいて表現される音楽はきっと面白いはずです。作曲者や曲の時代背景を知ると聴こえてくる音楽は一層味わい深いものになります。すなわち、プロデュースの仕方ひとつで印象が変わるということでもあるのです。研究の世界で重要なのは、自分の論文がどれだけ引用されるかということ。そこで、引用件数の多い論文を書くために、自分の過去の研究も含めてたくさんの文献を読み、昔作られたものを今の技術で再現するとどうなるか、そして一体何が新しいのか、という視点を大切にしています。いい研究に、いいキャッチコピーを用意すること。私がよく学生のみんなに、『あなたの研究の売り文句は何?』という聞き方をするのはそのためです」。

すべての学生に
0から100まで
頑張るチャンスを。
それが東北大学工学部の
伝統の重み。

 工学の多岐にわたる分野の中で、化学・バイオ系は入口が広く、出口はもっと広いという特徴があると菅准教授は話す。「特に化学工学に来た人は、化学物質を扱うだけでなく、測定や評価のためには機械にも触れるし、コンピュータを使ったデータ処理、(分野によっては)多少は生物のことも知っていなくてはなりません。つまり、何でもできるし、何でもやらないといけないというのがベースになって、その結果、進路も自ずと幅広くなるのではないでしょうか」。さらに新型コロナウイルスのワクチンを例に引きながら、化学工学の魅力をこう話す。「ワクチンを開発したのは専門の研究者ですが、研究室で生産できるのは試験管サイズで0.5人分程度かもしれません。それを世界の何億人という人に供給するには、巨大なスケールの工場が必要です。ただ単純に反応器を大きくすればいいかというと、それだけではない。これら全体をコントロールしているのが化学工学、ものづくりの研究なのです」。

 東北大学工学部の歴史と伝統の重みを日々感じていると話す菅准教授。「学生のいいところ、強いところが代々継承されていて、『東北大学の学生はこういうことができる』というそれ自体が一つのロールモデルとなっています。研究や勉強にものすごく時間をかけて学生に取り組ませるシステムがここにはあって、そうした経験を通して身に付く価値観というものがあると感じます。入学当初は全員が同じスタートライン(=0)に立ち、切磋琢磨して満点(=100)を目指す。すべての学生に0から100まで頑張るチャンスを与える、ただし、何をもってして満点となるかは学生自身に考えてもらいます。それが100年の伝統の重みなのかもしれません。成功だけでなく、失敗からも多くのことを学び、その検討を通してやがて成功に至ることができれば、それが研究になります。その場で、その瞬間に面白いと思ったものを追求していった先に、自分の将来像はある。そう考えて、一緒に研究に取り組んでいければと思います」。