東北大学 工学研究科・工学部 Driving Force 明日を創るチカラ INTERVIIEW REPORT
東北大学 工学研究科・工学部 Driving Force 明日を創るチカラ INTERVIIEW REPORT

細菌の「運動」への関心を原動力に、農学、理学を経て、工学の世界へ。 細菌の「運動」への関心を原動力に、
農学、理学を経て、工学の世界へ。

東北大学 大学院工学研究科・工学部
応用物理学専攻
准教授
中村 修一

© School of Engineering, Tohoku University

べん毛モーターで
運動する細菌。
その仕組みを知りたい!

 細菌(バクテリア)は、たった一つの細胞からなる単純な生き物だが、驚くべきことに、目標に向かって動くためのモーターを持ち、さらには外界の情報をキャッチするためのセンサーまで備えているという。「細菌は非常に粘性の高いネバネバしたところを動き回っています。私たち人間で言えば、蜂蜜を入れたプールの中を泳ぐようなもの。細菌たちは尻尾のような“べん毛”を回転させ、そんな大変なことをやってのけているのです」。こう話すのは、東北大学大学院工学研究科応用物理学専攻で細菌の運動などを主要テーマに研究を進めている中村修一准教授である。中村准教授が細菌の運動について関心を持つきっかけとなったのは、茨城大学農学部の学生だった時に見た1枚の電子顕微鏡写真だったという。「その写真は衝撃的でした。大腸のヒダの部分すべてに、らせん状をした細菌のスピロヘータが刺さっていた。スピロヘータが何かしらの運動をしない限り刺さるはずがない。べん毛モーターを使って細菌が運動している、さらにそのエネルギー源は水素イオンだということはわかっていましたが、その仕組みまではまだ明らかになっていませんでした。そこのところが知りたい!そんな強い思いから、この分野に足を踏み入れることになりました」。

 中村准教授は、茨城大学農学部卒業後、同大学大学院農学研究科修士課程に進学。大学院に籍を置きながら、食品総合研究所(現在の国立研究開発法人農業・食品産業技術総合研究機構食品研究部門)を舞台に細菌の運動について研究を深めていった。「当時、食品総合研究所に細菌の運動を専門に研究している民間出身の研究者がおり、その方の指導のもと、豚から取ったスピロヘータが粘性の高いところでどのように運動するのかを研究しました。スピロヘータは粘性が高いところであればあるほど速く動く、というのも興味深い点でした」。

物理を道具に
生物の構造や機能を理解、
生物物理学という
新たな分野へ。

 食品総合研究所で研究に打ち込んだ2年間は、中村准教授にとって新たな視点との出会いの時間ともなった。「それまで私が属してきた農学、生物学の世界では、現象を観察し、いろいろなものと比較し、そして考察します。一方、運動に関する研究はもともと物理学のテーマであり、そこでは、計測し、解析し、どんなに複雑な現象でもシンプルに数値化しようとします。食品総合研究所での2年間は、私に物理の視点から見ることの面白さを教えてくれたとともに、物理を道具に生物の構造や機能を理解しようとする、生物物理学という新たな分野へ道を開いてくれることにもなりました」。

 修士課程を修了した中村准教授は、さらに研究を続けるため大阪大学大学院生命機能研究科へと進学する。農学の世界から理学の世界へ。その進路には戦略的な意味合いもあったという。「農学部の4年間で生物学や獣医学的な観点から学び、食品総合研究所の2年間で物理の視点の獲得に努めた。次に自分の中でやるべきことは何かを考えた時、運動に関する基礎知識の点で自分はまだ弱い。べん毛そのもの、運動そのものについてもっと基礎的なところから知らなければと思ったのです」。

博士課程の3年間では、べん毛モーターの機能を調べるため、様々に条件を変えて研究を進めたという。こうしたらスピードが遅くなった、遺伝子をこう変えたら遅くはならないけれど力が弱くなったなど、そうした結果を積み上げることで、べん毛モーターの回転の仕組みや回転に重要な要素は何かといったことが徐々に明らかになってきた。「これらの研究を通して、遺伝子を操作する分子生物学について知見を深めることができたことも、収穫の一つだった」と中村准教授は話す。

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生き物に学ぶ、
という姿勢を大切に、
研究の幅を
さらに広げたい。

 顕微鏡で何か見てみたいものがあったら、そのシステムは自分自身で作るというのは、生物物理学の研究者にとっては当たり前のこと。「それもあって、工学の世界に対し特に抵抗はなかった」という中村准教授は、2010年に東北大学へ着任した。工学研究科の研究者となったことで、研究の幅はさらに広がった。べん毛モーターの研究について理学的な視点から研究を進めつつ、病原性との関係など医学系、獣医系とのつながりを持った研究テーマを同時並行的に展開。さらに、マイクロマシンといった工学的な分野の研究も行っているという。「あるところでは農学研究者のように、あるところでは物理学者のように、そしてあるところでは工学研究者のようにというのが、私らしいのではないでしょうか。共同研究の際、農学研究者が私に求めてくるのは私の持つ物理学的視点、一方工学研究者が私に求めてくるのは、私の農学的・生物学的バックグラウンドです。それぞれにないものを私に求めてくるというのを、個人的にはとても面白く感じています」。

 最新の研究成果では、スピロヘータの一種であるレプトスピラ(熱帯・亜熱帯地域に多く見受けられる人獣共通感染症の一つ、レプトスピラ症を引き起こす細菌)が臓器を壊して感染する仕組みを解明、レプトスピラ症の新しい予防法や新規治療薬開発への応用が期待されている。また、細菌が持つ光センサーにも注目、光を受けると活発に動き出す細菌の運動について、その機構や機能を明らかにするための研究にも取り組んでいる。「より精度の高い計測で、べん毛モーターの回転の仕組み、水素イオンがなぜ回転に変わるのかを明らかにしたい。そうした研究がナノマシンなど小さな世界で動くマシンの開発の基盤になればと思う。大切なのは、生き物に学ぶ、という姿勢です」。

『なぜだろう?』を
大切にすることで、
研究が良い方向へと
広がっていく。

 工学に対する一般的なイメージは、「ものづくりに取り組むところ」といったものだろう。着任前は、中村准教授にもそうしたイメージがあったという。「東北大学大学院工学研究科にやってきて驚いたのは、ここでは基礎をしっかりやる。そして、『なぜだろう?』という問いをとても大切にしています。それがあるからこそ、研究が良い方向へと広がっていくのかもしれない。また、研究成果が世の中に出る、世の中の役に立つということに、とても真っ直ぐだという印象を持っています」。

 子ども時代の愛読書は『シートン動物記』、将来は動物園の飼育員に、という夢もあったと話す中村准教授にとって、青葉山キャンパスは子育ての面でも絶好の環境だという。「青葉山でカマキリやバッタを採取し、子どもたちとともに自宅の虫かごで飼っています。生態系の問題もあるので、観察後は採取場所へ放すようにしていますが、これが結構大変」と笑う中村准教授。最後に、将来の進路選択を前にした高校生のみなさんへ、こんなアドバイスを贈ってくれた。「生き物、とりわけ動物が好きということで、私はここまでやってくることができました。進路についてもし迷うことがあったら、自分がちょっとでも好きだと思えることは何だろうと考え、そこからたどっていくことで何かが見つかるかもしれません。高校生ぐらいになると、好きなものを好きと言いづらくなってくるものですが、でも、好きという気持ちを大切にすることで、自分自身への新たな気付きが生まれるかもしれません」。