東北大学 工学研究科・工学部 Driving Force 明日を創るチカラ INTERVIIEW REPORT
東北大学 工学研究科・工学部 Driving Force 明日を創るチカラ INTERVIIEW REPORT

よりよい都市をめざし、仙台市の未来の地図を描く。 工学の視点から、
皮膚の不思議にアプローチ。

東北大学 大学院工学研究科・工学部
機械機能創成専攻
助教
阿部 結奈 REPORT #29

© School of Engineering, Tohoku University

皮膚の中の電位差を測定し、
皮膚機能の解明につなげたい。

 「人体において最大の臓器は何か?」と問われたら、あなたはどう答えるだろう。その答えは、皮膚。面積にして約1.6㎡、重さにして約9kgと、皮膚は人体を構成するさまざまな臓器の中で最大のものといわれている。「皮膚には、体をまもってくれる毛髪、汗や皮脂を出してくれる分泌腺、刺激を伝えてくれる神経、熱や栄養を運んでくれる血管など、多様な機能が集まっている。さらに、体の内と外の界面(インタフェース)にあるというのも、皮膚の大きな特色」と話すのは、工学的な視点から皮膚の機能の探究に取り組む、東北大学大学院工学研究科機械機能創成専攻の阿部結奈助教である。

 阿部助教は、東北大学大学院工学研究科の大学院生時代、皮膚表面のわずか0.1mmくらいの薄い層に小さな電位差(表皮電位)が発生しており、皮膚が荒れたり傷ついたりすると、それが電気的な変化となって現れる、という研究報告に注目。この表皮電位を簡単に測定できる道具があれば、皮膚の機能に関する研究に貢献できるのではないかと考えた。「目標は、皮膚につける傷を最小限に抑えることのできる、使いやすい道具づくりにありました。材料や方法について試行錯誤を繰り返し、研究のスタートから1年あまり後、とても細い注射針を加工した計測装置によって、ようやく皮膚の中の電位差を簡単に測定する道具の開発に成功しました」。

 この研究の成果を『皮膚機能を電気化学的に評価する低侵襲デバイスの開発』としてまとめた阿部助教は、「第34回独創性を拓く先端技術大賞」(フジサンケイビジネスアイ主催)で「フジテレビジョン賞」を受賞、また、「2019年度 日本機械学会女性未来賞」を受賞するなど、工学の視点から皮膚研究に取り組む女性研究者に熱い視線が注がれている。

工学以外の研究者との
共同研究で、
目の前にあるものが
違う形で見えてきた。

 阿部助教のこの研究は、東北大学医学系研究科や資生堂グローバルイノベーションセンターに所属する研究者との共同研究として進められたものだ。表皮電位を測定する道具づくりについて、専門的な立場からアドバイスをもらおうと、皮膚科学の専門家が集まる学会にも参加しているという。「私たち工学の研究者は、技術の面白さといったところに夢中になってしまいがちです。一方、企業や医学系で研究されている方々からは、使う方や患者さんのことを念頭に、さまざまなアドバイスをいただきました。化粧品開発の際の品質検査には使えないか? 患者さんにとって使いやすい形にしてほしい…。そうした指摘の一つひとつがとても新鮮でした。また、測定した値と体の仕組みにはどんな関係があるのか、どんな意味があるのかということを、学術的なところから深めていただき、とてもいい勉強になりました。工学部の中だけでも十分広い世界がありますが、その外にも研究の方法や興味、仕事のしかたの違う方々がたくさんいます。そうした方々と一緒に研究することで、目の前にあるものが違う形で見えてくる。それは本当に楽しい経験でした」。

 これまでの研究成果を土台に、表皮電位を測定するためのデバイス開発は、今後どう展開していくことになるのか。阿部助教はこう話す。「ペンタイプのデバイス開発に続き、現在は、日常生活の中で表皮電位の変化をとらえる、貼るタイプのデバイス開発に取り組んでいます。こうしたデバイスを活用し、夕方になると肌が疲れた感じになり、朝になると元に戻るというような、皮膚の生活リズムを測定できたら面白いなと。ヘルスケアデバイスの世界では、金属以外の材料を使った体に優しいデバイスのほか、センサーを搭載し、いろいろな健康情報を収集することのできる小型デバイスの開発も進んでおり、デバイスの進化に合流する形で研究を進めていけたらと考えています。一方、皮膚がもつセンシングなどの機能も続々と明らかになってきており、そうした研究に対して工学的な視点からアプローチしていく、そんな展開も思い描いています」。

東北大学 工学研究科・工学部 Driving Force 明日を創るチカラ INTERVIIEW REPORT

「もっと知りたい!」
を原動力に、
チームの力で
研究を前進させる。

 博士課程を修了した2020年、機械機能創成専攻の助教となった阿部助教だが、工学部に入学した当初、大学院への進学は視野になかったという。「早く社会に出て働いた方がいいのかなと考えていました。4年生になり、初めて研究というものに触れた時、もう少しやってみたいという気持ちが強くなり、大学院進学という道を選択。大学院での研究生活が想像していたよりもずっと楽しくて、研究職を将来の仕事として意識するようになりました。博士課程にまで進んだのは、自分でもちょっと意外な展開でした」。

 「もっと知りたい!」という思いを原動力に、研究を続けてきたという阿部助教にとって、工学の面白さはどんなところにあるのだろう。「私の研究テーマに即していえば、機械のようなシステムとして人体をとらえるという点がまず学問として面白いです。また、工学の道具を使って調べていくと、逆に機械としてばかりは考えられない、体の不思議のようなところも見えてくるようになり、そこもまた面白いところかなと思います」。

 助教である自身のポジションを「学生のちょっと偉い人」と表現する阿部助教はいま、友達のような先生のような、程よい距離感で学生や大学院生に向き合っているという。「人体と機械との接点となる皮膚というものに興味を持ち、研究室に入ってきた学生3名とチームを組んで研究や実験を進めています。ものづくりが好きな学生が多く、私もびっくりしてしまうようないいアイデアを出してくれたり、チームで研究を進めることの素晴らしさを日々実感しています」。

迷った時こそ、慌てずに。
好きなことは
何かを掘り下げる。

 根っからの理系人間のようでいて、趣味は博物館や水族館の見学、そして読書だという阿部助教。「高校時代は文系科目の方がむしろ得意で、学芸員という仕事にも興味を持っていました。最終的に理系、そして工学部進学という道を選んだのは、実験が好きで、自分の手を動かして人の役に立つものを作ってみたいという思いが強かったからです。目移りばかりで迷うことの多かった私ですが、“好きなことは何か”をじっくり掘り下げていくことで、本当にやりたいことを見つけることができたと感じています」。

 研究室選び、大学院進学、就職活動など、さまざまな場面で迷いや悩みの中にあったという阿部助教。そんな日々を振り返り、いまあらためて感じる工学部の魅力とは? 「工学部の場合、慌てずに勉強していけばしっかり土台ができ、後から軌道修正もきくようになっています。そして、いろいろなチャレンジが許される環境がある。途中で立ち止まってしまうことがあっても、工学部には多種多様な研究の道やアプローチの方法があり、もう一度選び直すことができます。工学部は、課題を解決するための道具を自分の力でつくっていく場所。具体的な手応えを味わいながら進んでいけるところにはとてもやりがいがあると思います。迷えるというのは、案外うれしいことなのかもしれません」。