研究者として、母として、守りたいもの。
変化し続ける「3万5千km」の研究。
東北大学 工学部 建築・社会環境工学科 水環境デザインコース 准教授
東北大学 災害科学国際研究所 災害リスク研究部門 災害ポテンシャル研究分野
准教授 有働恵子
今自分が何をしなければならないのか。
使命を自覚した東日本大震災。
3月11日、体験したことのない大地震で避難した後、テレビで仙台平野を遡上する津波の映像を目にした。信じられない光景に、すぐに「調査に行かなければ」と思った。現場で起きた海岸の変化を自分の目で見たい。東北大学の教員である自分こそ、調査に行かなくてどうする… しかし周りは「あなたと子どもに何かあったらどうする」と、身重の体を心配した。「自分にできることは何もない。こんな時に限って何もできないなんて。それはもう、悔しかったです。でも子どもを出産して、次の世代にどんな海岸を残していくかという自分の中のテーマが鮮明になりました。子どもを通して、自分の問題なんだと捉えられるようになったんだと思います」災害時の弱者の立場を、身をもって実感した有働准教授。さらに、産休が明け研究室に復帰すると、「やっぱり仕事が好き」という気持ちも再認識したという。「2012年4月には東北大学に災害科学国際研究所ができ、自分もその研究所に所属することになり、自分が何をしなければならないかを深く考えるようになりました。それは、海岸の防災対策を行う時に役立つ、知見を蓄積することなんです」


工学の先には必ず人間がいる。
その半分を占める女性の視点こそ必要。
2014年3月、気候変動による海面上昇の砂浜への影響に関するレポートを発表した。「気候変動によって、将来海面が上昇すると予測されていることはみなさんもご存知だと思います。では日本にはどのような影響が生じるのか。これが今回のテーマでした。全国各地の海岸データから将来の砂浜消失を予測したレポートなんですが、データが十分に整備されていないため、全国各地の現地調査にも行きました。やっぱり現地に行ってみないとわからないことも多かったですね」海面が30cm上がるだけでも日本全国の砂浜の50%以上を失う。波の力を弱める砂浜がなくなることが、日本の海岸防災にとってどれほど深刻であるか。想像に難くない。我が国で初めて女子学生の入学を許可し、性差なく学ぶことを広めた東北大学においても5%ほどの、数少ない女性教員。命を守ることに繋がる海岸工学には、女性の視点が生きているという。「工学は、その先に必ず人間がいます。その人間の半分は女性。だからもっと女性が取り組み、女性の視点をプラスすることが必要な分野だと思っています」

「好きな分野を究め社会の役に立つ」
工学を志す女子生徒のロールモデルに。
周囲に子育てしながら働く女性教員がいたことに安心し、自らも結婚、出産、育児に不安なく取り組めていると話す有働准教授。工学部の女子学生が気軽に相談できる窓口「ALicE」のスタッフも兼任している。「自分がやりたいと思うことが大切。将来の出産や育児といったプライベートなことも含めて就職相談にも乗っています。ロールモデルが見えるようにすることが大事だと思うんですよね」大学時代に出会った海岸工学の道を進み、女性として、母としての視点が研究に活きることを実感している有働准教授だからこそ、学生の夢を後押しできるのだろう。そして、彼女自身の夢は。「多くの人が利用し生活の場になっている海岸を、工学の見地から研究し、未来に美しい海岸を残していくこと。あの震災で特に強く思うようになりました。より長期的な視野に立った海岸づくりが必要なんです。そしてそのために、自分の研究があるんです」好きな分野で研究し、結果的に社会の役に立てれば嬉しい。そう話す目線の先には、遠い未来の海岸で遊ぶ子どもたちの笑顔が見えているかもしれない。


東北大学 工学部 建築・社会環境工学科 水環境デザインコース 准教授
東北大学 災害科学国際研究所 災害リスク研究部門 災害ポテンシャル研究分野
准教授 有働恵子

1998年、筑波大学第三学群基礎工学類卒業。2003年、筑波大学大学院工学研究科構造工学専攻において博士課程修了。独立行政法人港湾空港技術研究所海洋水工部漂砂研究室研究官を経て、2006年東北大学大学院災害制御研究センターへ。現在の研究課題は「海岸の地形変化に関する研究」。2001年第56回土木学会年次学術講演会優秀講演者表彰、2008年建設工学奨励金受賞。