東北大学 工学研究科・工学部 Driving Force 明日を創るチカラ INTERVIIEW REPORT
東北大学 工学研究科・工学部 Driving Force 明日を創るチカラ INTERVIIEW REPORT

原子が一斉に動く金属の“相変態”。その美しさに魅せられて。 原子が一斉に動く金属の“相変態”。
その美しさに魅せられて。

東北大学 大学院工学研究科
金属フロンティア工学専攻
助教
許 皛 REPORT #30

© School of Engineering, Tohoku University

日本人学生の
勉強に取り組む
真摯な姿勢や
真面目さに感銘。

 水(液相)は0℃で氷(固相)に、100℃で蒸気(気相)に変化する。相は変わっても、化学組成で表せばどれもH2Oである。このように、化学組成は同一なのに相が異なる(物理的性質や原子配列が異なる)状態を“相変態”と呼ぶ。固体(金属)だけの相変態もある。「100万倍、1000万倍にまで拡大すると、金属では原子がとてもきれいに並んでいるのがわかります。金属の相変態では、きれいに並んだ原子が一斉に動きます。その動きの美しさに感動したことが、金属材料の世界で研究を続けるきっかけになりました」と話すのは、東北大学大学院工学研究科で形状記憶合金や新たな金属材料の研究・開発に取り組む許皛助教だ。

 許助教は中国・北京市の出身。高校卒業後、浙江大学に進学したが、希望していた高分子化学ではなく、金属を専門とする学科への配属となった。「最初はかなり落ち込んでいました。成績が良ければ専門を変えることができる制度があったので一生懸命勉強していました。そんな時出会ったのが相変態という現象です。その出会いが私にとっては大きなターニングポイントになりました」。

 3年次には、福井大学との交換留学生として初来日。日本人学生の勉強に取り組む真摯な姿勢や真面目さに感銘を受け、「こうした環境の中で勉強を続けたい」という思いを強くしたという。「将来は形状記憶合金の研究に取り組んでみたい」と考えていた許助教に対し、福井大学の先生からのアドバイスは「それなら東北大学がいい」。それが許助教と東北大学の最初の出会いだった。

冷却による形状記憶効果。
世界初の発見を
研究の原点に。

 学位取得のためいったん中国に戻った許助教は、修士課程の進学先探しを開始。検索のキーワードは、日本、機能性材料、形状記憶合金だった。そこでヒットしたのが、当時東北大学多元物質科学研究所(以下、多元研)の貝沼亮介教授だった。「貝沼教授とメールでコンタクトをとったところ、快く引き受けてくださいました。片平キャンパスにある多元研が、大学院生としての私のスタート場所となりました」。

 多元研での大学院生としての日々を許助教はこう振り返る。「学生同士のディスカッションの時間が多くあり、とても刺激的でした。物理よりのテーマを研究している人、構造材料よりの研究をしている人など、いろいろな人がいて、自分の興味関心を広げることにもつながりました」。

 機能性材料、形状記憶合金について研究したいという希望はあっても、具体的なテーマがまだ定まっていなかった修士1年の許助教に、貝沼教授はこんな言葉をかけてくれた。「研究テーマというのは教材の一つに過ぎない。うまくいってもいかなくても構わない。世界でまだ明らかになっていない現象を出してやろう」。この言葉を研究へのモチベーションにしたという許助教。「失敗が続いたとしても、何かしらデータが得られればいい。そこから何ができるのかを考えることが大切、という貝沼先生の考え方には共感しました。その考え方があったからこそ、マイナスばかり考えずに研究に取り組むことができたのだと思います」。

 そんな研究の中から、2013年、許助教らは世界初の物理現象を報告する。それが、「Co(コバルト)基合金における異常マルテンサイト変態」の発見である。氷—水—水蒸気の変化を拡散変態(分子がバラバラに動く)というのに対し、原子と原子が手をつないだ状態で動き、それが元に戻るのがマルテンサイト変態(拡散しない相変態)。このマルテンサイト変態こそが、形状記憶効果の基本的な仕組みだ。形を変えさらに元に戻るには加熱が必要だったのに対し、許助教らが発見したのは、冷却による形状記憶効果。この発見を原点として、許助教はその後、Co系合金に関する研究をさらに継続、発展させていくことになる。

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誰もやっていない
研究分野を
自身のプライドをかけて。

 「冷却による形状記憶効果は、物理現象としては面白いが、何に使えるのかということで数年間悩んだ」と話す許助教。「工学の世界に身を置く以上、何かしら応用の方向性を見出さなければなりません。すぐにではなくても、使える可能性に向けて努力する。ずっと取り組んできた結果、今はいろいろな可能性が見えてきました」。その可能性の一つが、来たるべき水素社会での活用だ。水素社会では、極低温下で水素を液体化することが求められる。「低温の世界で何らかのアクチュエーター(エネルギーや電気信号を、物理的運動に変換する装置)が必要になった場合、この発見が応用できるのではないかと考えています」。

 Co系合金の研究の中から、2022年、新たに開発し発表した金属材料がある。それが、柔らかくて硬い、生体骨に近い特性をもったCoCr(コバルトクロム)系生体用金属材料だ。「相変態で今まさに原子が動こうとしている状態では、金属なのに柔らかい状態になる。それがこの研究のポイントです。しなやかさを最大の特徴に、高い耐食性と耐摩耗性を兼ね備え、しかも体に有害な元素を含まない金属材料が開発できました」という許助教。今後の展開について次のように話す。「ボーンプレートや人工関節、歯科インプラント、脊髄固定器具、ステント、ガイドワイヤーなどへの応用が期待されます。インプラントによって骨が萎縮してしまうという問題の解決にも貢献できるのではないでしょうか」。

 「私の研究の面白さは、誰もやっていない研究分野だということ。よく言えば、この分野を牽引してきた。悪く言えば、あまり注目されていない分野とも言えるかもしれない」と笑う許助教。「基礎研究としての面白さがありながら、応用にもつながりそう、というのがあるから続けることができるのだと思います。自分がやらなければ他に誰もやらないだろう、という研究は、どんなに嫌でもプライドをかけてやる。それが私のスタイル。大事なのは気持ちです」。研究に向き合う姿勢は常にポジティブだ。「どんな研究でも、粘ってやっていると、あるところでパッと開けることがある。いい結果は出ないだろうという気持ちでいると、いいものが出ているのに気付かない。逆にきっといいものが出るという気持ちでいると、あらゆるところに目を光らせて見るので、うまくいく。それが研究の世界だと思います」。

教員間のつながりが強く、
若手研究者も活躍。

 オフタイムは、ピアノ演奏に写真撮影、ベランダ菜園といった趣味を楽しみ、子どもと遊んで過ごすという許助教。とりわけピアノは、研究者の道に進まなければプロの演奏家をめざしていたかも、というほどの腕前だそう。「休んでいる時、シャワーを浴びている時、ボーッとテレビを見ている時、何も考えずピアノを弾いている時、写真撮影でカメラやレンズをいじっている時、ふっと研究のことが思い浮かぶことがあります。研究者にとってオフの時間が大切なことは言うまでもありません」。

 助教として、学生たちと接する中で感じるのは、「研究に没頭し過ぎるあまり、その研究が自分の将来とどう結び付くのかが見えにくくなっているのでは…」ということ。「研究に力を入れて取り組むのは大切ですが、うまくいかない時もあるということを忘れないでほしい。学部の3、4年生の20代前半のみなさんには、40代や60代になった時に、自分はどういう人間になっていたいかを考え、自分の進むべき道を考えてほしいと思います」。

中国からの留学生として東北大学へやってきて10年以上、許助教が感じる東北大学工学部の強みとは何だろう。「一番は、教員間のつながりの強さです。研究の付き合いだけでなく、人としての付き合いも多い。学生が研究に行き詰まっている時は、あの先生に相談してみるといい、というのがすぐに思い浮かびます。そして相談を受けた先生はみな真剣に対応してくれます」。そしてもう一つの強みとして挙げるのが、若手研究者の活躍だ。「東北大学には、『若手躍進イニシアティブ』など、若手研究者を支援する充実した制度があります。若手研究者は学生とも年齢が近く、元気な若手研究者に1日中実験に付き合ってもらったり、ディスカッションの時間が持てたり、というのは学生にとって大きなメリットではないでしょうか。東北大学工学部、工学研究科への進学や留学を考えているみなさんには、若手研究者が活躍している大学だということを、ぜひ伝えたいと思います」。