
知らないのに、
怖いとは言えない。
その判断は
知ってからにしよう。
1999年9月、茨城県東海村にある核燃料加工施設で国内初の臨界事故が発生した。臨界とは、核分裂の連鎖的な反応が一定の割合で継続している状態のこと。発災から約20時間後に臨界状態は収束したものの、作業員3名が重度の被曝、周辺住民などにも600名を超える被曝者を出した。住民の避難や屋内待避措置、鉄道の不通や道路の通行止めなど、社会生活へも大きな影響を及ぼしたこの事故のニュースを、修学旅行先のテレビで見ていた高校生がいた。それが、東北大学工学部・工学研究科で量子エネルギー工学を学び、現在は原子炉メーカーの一つである三菱重工業株式会社の総合研究所で研究員を務める山本裕子さんだ。「修学旅行の宿泊先でテレビを見ていたら、映像がほとんどすべて臨界事故のニュース。原子力は怖いというトーンの報道があふれ、まわりもみんな『怖いね』と。その時私が考えたのは、『原子力のことってよく知らないし、わからない。わからないままに怖い、というのは嫌だな』ということでした」。
物理が好きで、大学は工学部に進もうと考えていたものの、学科までは決めかねていた山本さん。「この事故をきっかけに、原子力発電について自分の言葉でちゃんと説明できるようになりたいという思いを強く持ちました。怖がるとしても、理屈を知ってから怖がりたいなと」。原子力工学に進路を絞った山本さんは、大学探しをスタート。そう多くない選択肢の一つが東北大学工学部の量子エネルギー工学科だった。受験前に両親との旅行で仙台を訪れた山本さんは、工学部のある青葉山キャンパスにも足を運んだという。「山の上に広大なキャンパスがあり、原子力の勉強以外にもいろいろ体験できそうだなと感じました。仙台の街にも好印象を持ちました」。