東北大学 工学研究科・工学部 Driving Force 明日を創るチカラ INTERVIIEW REPORT
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原子力技術に関わり続けること。
それが私のコアであり、
ポリシーでもある。

三菱重工業株式会社
総合研究所 サービス技術部
主席研究員
山本 裕子 REPORT #32

© School of Engineering, Tohoku University

知らないのに、
怖いとは言えない。
その判断は
知ってからにしよう。

1999年9月、茨城県東海村にある核燃料加工施設で国内初の臨界事故が発生した。臨界とは、核分裂の連鎖的な反応が一定の割合で継続している状態のこと。発災から約20時間後に臨界状態は収束したものの、作業員3名が重度の被曝、周辺住民などにも600名を超える被曝者を出した。住民の避難や屋内待避措置、鉄道の不通や道路の通行止めなど、社会生活へも大きな影響を及ぼしたこの事故のニュースを、修学旅行先のテレビで見ていた高校生がいた。それが、東北大学工学部・工学研究科で量子エネルギー工学を学び、現在は原子炉メーカーの一つである三菱重工業株式会社の総合研究所で研究員を務める山本裕子さんだ。「修学旅行の宿泊先でテレビを見ていたら、映像がほとんどすべて臨界事故のニュース。原子力は怖いというトーンの報道があふれ、まわりもみんな『怖いね』と。その時私が考えたのは、『原子力のことってよく知らないし、わからない。わからないままに怖い、というのは嫌だな』ということでした」。

物理が好きで、大学は工学部に進もうと考えていたものの、学科までは決めかねていた山本さん。「この事故をきっかけに、原子力発電について自分の言葉でちゃんと説明できるようになりたいという思いを強く持ちました。怖がるとしても、理屈を知ってから怖がりたいなと」。原子力工学に進路を絞った山本さんは、大学探しをスタート。そう多くない選択肢の一つが東北大学工学部の量子エネルギー工学科だった。受験前に両親との旅行で仙台を訪れた山本さんは、工学部のある青葉山キャンパスにも足を運んだという。「山の上に広大なキャンパスがあり、原子力の勉強以外にもいろいろ体験できそうだなと感じました。仙台の街にも好印象を持ちました」。

研究に取り組む際の
考え方は
大学の研究室で
身に付いたもの。

東北大学に入学した山本さんは、学友会のテニス部に所属。学部の4年間、日焼けもいとわずテニスに打ち込み、東北各地で開催される大会や北海道大学との定期戦などに出場したという。学部3年次の研究室選択では、核融合炉の開発をめざしている研究室を選んだ。その理由は「核融合ってなんだろう?」という興味と好奇心があったから。「原子力発電はすでに世に出ている技術。それに対し、開発中の技術である核融合発電は、大学にいないと学べないと考えました」。

核分裂する際に発生するエネルギーを利用する原子力発電に対し、核融合発電では、原子核と原子核を融合させて新しい原子核を作り出す際のエネルギーを用いる。これは、水素の原子核が融合してヘリウムを作り出す核融合反応によって燃え続ける太陽と同じ原理。核融合発電の資源となる重水素と三重水素は海水から抽出可能で、放射性物質の処理にかかる年数も原子力発電に比べはるかに短い年数で済むといったメリットもある。一方、課題となっているのが核融合炉の建設と運用にかかるコストの低減だ。とりわけ、核融合炉の中で高温のプラズマ(原子を構成する原子核と電子がばらばらになって自由に飛び回っている状態)を閉じ込める超伝導マグネットにかかるコストが大きいという。「学部そして修士課程の4年間で取り組んだのが、超伝導マグネットを分割し効率的に作るための研究です。この研究は、研究室が掲げる主要なテーマの一つとして、現在も研究が続けられています」。

核融合発電という新たな技術開発に向けた研究は、未知への挑戦でもあった。「研究にお手本はありませんでした。だから、誰かの真似をするのではなく、自ら実験装置を組み、誰もやったことのない実験に挑んだ」と話す山本さん。その経験は、研究員としての現在に確実につながっているという。「核融合発電は、学生が研究室で過ごす2、3年の間に完成するような技術ではありません。それだけに、技術開発の全体像の中で、自分の研究にはどんな意味があるのか、実験の結果がどこにどうつながっているのかを想像することが、とてもいい勉強になりました。研究の全体像や最終目標をきちんと把握した上で、自分の目標を決め、研究計画を立てるという考え方は、大学の研究室時代に身に付いたものだと思います」。

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10年近い歳月をかけ、
薄くて曲がる
超音波センサを開発。

修士課程修了後の進路選択にあたっては、「大学入学時の初心に戻った」と話す山本さん。「プラントを作るメーカーか、プラントを動かす電力会社か、いずれにしても原子力に関わる仕事がしたい」と考えた山本さんは、修士1年の夏、インターンシップで三菱重工業へ。そこで知ったのが、「品質保証(品証)」という部門の存在だった。「原子力発電所の機器が健全であること、正しく動いていることをいろいろな方法で検査し、『安全です、信頼できます』という結果を示すためのデータを取得するのが品証部門です。安全を担保する品証という仕事に携わることで、原子力発電を怖いと感じているまわりの人々に対し、原子力発電はけっして怖いものではないということを伝えられるのではないか。そんな思いから現在の職場を選びました」。

三菱重工業に入社後3年間は、当初の希望通り、原子力事業本部の品質保証部に配属となり、原子力発電所のアフターサービスを担当。「安全を担保する最後の砦」として、発電所での定期検査の実施、電力会社への検査装置の提案のほか、電力会社から受けた検査に関する相談について、ときには研究所も交えて検討を進めることもあったという。「発電所の現場では、現場で作業される方、電力会社で計画や企画を担当されている方、検査結果を評価する材料エンジニアや設計エンジニアなど、いろいろな方がそれぞれの立場から検査データや検査方法を気にかけていました。技術的な要求だけでなく作業する人やモノを作った人の立場や考え、それらすべてを考慮しなければならない、実際の仕事のスケールの大きさに気付かされると同時に、大学での研究が、自分が開発しているところしか見えていない、小さな世界での研究に終始していたことを痛感させられました」。

入社4年目、そんな山本さんに転機がやってくる。現在の勤務地である総合研究所への異動である。「私が担当したのは、転職する先輩から引き継ぐことになった発電プラント内の配管の健全性をモニタリング(常時監視)するセンサの開発。海外の研究所が有するセラミックス合成技術を活用し、200℃の高温下で長期連続使用可能な超音波センサを開発するという新しいコンセプトの研究でした」。そもそも超音波センサを触るのも初めてであったし、高温になる環境で連続使用するためにはケーブルや電極の材料に何を使えばいいのか、センサを固定する接着剤は何を使えばいいのかなどに始まり、社内の材料系や化学系の研究室の協力も得ながら研究は進められた。その途上では、東北大学をはじめ大学との共同研究を行ったこともあるという。そうして山本さんが主担当として開発した薄膜超音波(UT)センサは、社内外からも評価され製品化。研究開始から10年近い歳月が経過していた。

男女は関係ない。
仲間がいれば
やっていける。

薄膜超音波(UT)センサの製品化を経て、2020年からはサービス技術部に異動となった山本さん。その役割もセンサを含む計測に関する技術開発のとりまとめ的なものへと変化した。「自分が担当する実験でデータや技術報告書を作るだけでなく、会社の事業部門がいま必要としている計測技術は何なのか、課題は何で、解決のためにはどんな手を打つ必要があるのかという目線で大きな技術開発のロードマップを考える立場になりました。その点では、取り組む仕事の内容が少しは成長、レベルアップできたのかなと思います。企業での研究は、最終的には事業貢献、会社の利益につながるものでなければなりません。しかしその分、開発した技術が設計部門や製造部門の手によって完成形となり、自分の目で確かめることができる。大学でのアカデミックな研究とは異なる企業での研究の面白みは、そこにあると思います。今後の目標は、もっと効率よく戦略的な技術開発計画が立てられるようになること。他分野や異業種の技術を上手に組み合わせて新しい技術につなげたり、研究所ならではのアイデアでジャンプアップする、そんな開発に挑戦してみたいです。この会社は製品も多く人材も豊富、チャンスはきっとあると考えています」。

原子力発電所に直接関わる事業所での3年間、総合研究所の研究員としての新規検査技術の開発、そして計測技術開発のとりまとめ役へのシフト。順調にキャリアを積み上げてきた山本さんに、女性技術者としての悩みや戸惑いはなかったのだろうか。「私の上の年代では女性技術者の数が少なく、入社当初は自分にとってロールモデルとなる先輩女性技術者がほしいと感じたこともありましました。そんな思いを女性役員の方に話した時、返ってきた言葉は『ロールモデルなんていらない、仲間がいればいい』。その言葉を聞き、男女は関係ない、仲間がいたらこの先もやっていける、そう考えられるようになりました」。

「原子力技術に関わり続けることが、自分の中ではコアであり、ポリシーでもある」という山本さんは、「原子力は怖い」という臨界事故後の周囲の反応をきっかけに、この分野へ足を踏み入れた。「怖いでも、面白いでも、カッコいいでも、進路を考える際のキーワードはいろいろあると思います。そこから掘り下げて、何が怖いのだろう、何が面白いのだろう、何がカッコいいのだろう、と考えてみる。それがきっかけになるかもしれません。とはいえ、入学後の選択肢が多いのも工学系の魅力の一つ。興味が変わったり多少増えたりしても、大丈夫、それが先輩としてのアドバイスです」。