東北大学 工学研究科・工学部 Driving Force 明日を創るチカラ INTERVIIEW REPORT
東北大学 工学研究科・工学部 Driving Force 明日を創るチカラ INTERVIIEW REPORT

新たなプロダクトを社会に送り出し、社会が豊かになる様子を見てみたい。 新たなプロダクトを社会に送り出し、
社会が豊かになる様子を見てみたい。

東北大学 大学院工学研究科
応用物理学専攻
博士課程後期3年
赤松 昇馬 REPORT #33

© School of Engineering, Tohoku University

約90年前
東北大学から生まれた
センダスト合金に着目、
薄膜への応用に道を拓く。

アメリカ・マサチューセッツ州ボストン近郊の街、ケンブリッジ。この地に本部を置くマサチューセッツ工科大学(MIT)に留学中の大学院生のもとに、日本から1通のメールが届いた。内容は、“第36回 独創性を拓く先端技術大賞”の学生部門で、最優秀賞にあたる文部科学大臣賞を受賞したことを知らせるもの。このメールを受け取ったのが、東北大学大学院工学研究科応用物理学専攻博士課程に在籍する赤松昇馬さんだ。

この賞は、優れた研究成果を上げた理工系学生や企業・研究機関などの若手研究者、技術者の論文を表彰するもので、赤松さんが表彰を受けたのが「高感度量子スピントロニクス磁気センサへの応用に向けた超軟磁性センダスト合金薄膜に関する研究」だった。

この研究で扱ったセンダスト合金は、1932年に東北大学金属材料研究所の増本量名誉教授、山本達治氏によって発見されたもので、仙台で生まれ、粉(ダスト)にしやすいことからこの名が付けられたという。センダスト合金は、ある特定の組成において優れた軟磁気特性(外部磁界を取り去ると磁化を失い、元の状態に戻る性質)を示すことから、ハードディスクドライブ(HDD)の磁気ヘッドの先端部分などに使われてきた。

90年以上前に発見されたセンダスト合金は、その原理自体がよくわからないまま数十年が経過。赤松さんは、この研究で、原子の配置(原子規則度)に新たに着目したという。「センダスト合金の発見の際には、化合する金属の割合、つまり組成をいろいろ変えて実験が繰り返し行われました。それに対し私は、組成と配置の両方を変えて実験を進めました。その結果、そこにはあるルールが存在することを発見し、体系化することができたのです」。

赤松さんがこの研究の先に見据えるのは、研究のタイトルにもあるように、高感度量子スピントロニクス磁気センサの開発である。電子には電気のもとである“電荷”と磁石のもとである“スピン”という2つの性質があるが、赤松さんはこのスピンに着目し、人の体から発生する微弱な磁気を感知する「手のひらサイズの高感度量子磁気センサ」の開発をめざしている。「そのための材料として私が選択したのがセンダスト合金でした。研究では、材料をナノメートルオーダーの薄膜にすることが必要です。そのためにはまずセンダスト合金の原理をしっかりと理解し、薄膜への応用の可能性を探ろう。そうした意図のもと研究を進める中、今回の成果を得ることができました」。

手のひらサイズの
高感度量子磁気センサを
開発し、脳の仕組みの
解明に貢献したい。

赤松さんが高感度量子磁気センサの開発に取り組むのは、「脳の仕組みを解明したい」という小学生の頃から抱き続けている思いからだという。脳の状態を知るための機器としては、脳の電気信号を計測する“脳波計”のほか、脳から生じる磁場(脳磁場)を測定する“脳磁計”、強い磁石と電磁波を使って断面像を得る“MRI(磁気共鳴画像)”などがある。脳波計では、まばたきをはじめとするノイズの問題、脳磁計やMRIでは、装置が大型で高価、安静な状態でしか検査ができない、といった弱点がある。「手のひらサイズの磁気センサを開発し、帽子型ぐらいの簡単な装置に落とし込むことができれば、勉強や運動など、活動中の脳からも多くの情報を得ることができるようになる」と話す赤松さん。「記憶のメカニズムや睡眠のメカニズムなど、脳に関わることには未知の部分が多く残されています。高感度量子磁気センサの開発によって、より鮮明で詳細な情報が得られるようになれば、それをもとに脳科学の研究もまた大きく発展するのではないか。そうした期待が、私の研究の大きなモチベーションとなっています」。

赤松さんがめざす手のひらサイズの高感度量子磁気センサの実現には、まだ課題も多く残されているという。「私たちが生活する現実の世界には、電気や磁気、熱などさまざまなノイズがあふれています。センサの感度が向上すればするほど、そうしたノイズが情報の中に混じってきます。ノイズの混じった情報を解析するには磁気解析専用のAIのようなものを作る必要があり、その開発も今後の重要な目標です」。

そしてもう一つ、赤松さんが課題としてあげるのが、“磁気抵抗比” のさらなる向上だ。身のまわりにあるデバイスの多くは、電気信号のやり取りで情報を伝達している。磁気センサの場合も同様で、より小さい磁気に対しても大きな電気信号のアウトプットをしてくれる(=磁気抵抗比の大きい)ものほど優れた磁気センサということになるという。

「人々の生活をより便利でより豊かに変えたiPhoneのように、新たなプロダクトを社会に送り出し、それによって社会が豊かになる様子を見たい」と話す赤松さん。工学部入学当初から変わることのないこの思いこそが、研究に立ち向かう赤松さんの原動力となっている。

東北大学 工学研究科・工学部 Driving Force 明日を創るチカラ INTERVIIEW REPORT

博士課程での
研究の先には、
大学を起点とした
社会貢献の可能性もある。

東北大学には、スピントロニクス分野のバックグラウンドを持ち、世界的な視野で活躍できる博士人財を育てることを目的とした“スピントロニクス国際共同大学院(GP-Spin)”というプログラムがある。GP-Spinでは、世界トップレベルの本学の教員に加え、実績ある海外教育研究機関の教員も参画し、共同して学生を教育。学生自身が計画し渡航する原則通算6か月のスピントロニクス特別研修が課されるのも特色の一つとなっており、赤松さんのMIT留学も、このプログラムに採用された学生としての研修だった。

研修先にMITを選んだのは、「世界の最高峰の一つであるMITの環境、そして教授や学生たちがどんなモチベーションで研究に取り組んでいるのかを知りたかったから」と話す赤松さん。半年間の研修を通して、何を学び、何を感じ取ったのだろう。「私が研究させていただいた研究室は、物理や原理よりのところを中心に研究を行っていました。ものづくりから社会実装への展開をめざす私にとってはある意味新鮮で、物理や原理にフォーカスして学ぶことができたことはとても良い経験でした。原理に関してディスカッションした時などは、私がより応用的なところに踏み込んで考えを述べると、『そういう視点で考えたりするのか』という新鮮なリアクションが返ってくることもありました」。

この研修を経て、赤松さんには「日本の大学の研究力を上げることにもっと貢献したい」というもう一つの思いが生まれたという。「ものづくりを通しての社会貢献だけでなく、技術力や科学力の向上による日本への貢献ということも意識するようになりました。それは、MITをはじめとするアメリカの大学には、資金と優秀な人材が集まる構造があるということを実感したから。向こうの学生には、博士課程に進み、Ph.D.(博士)の学位を取って、大学を起点に社会貢献していくという意識が強くある。一方、日本では、優秀な人材であっても、博士課程まで進む人は少ないというのが現状です。大学の後輩たちはもちろん、高校生のみなさんにも、もし工学をはじめとする理系の研究やものづくりに興味があるのなら、博士課程まで進んで研究に深く取り組み、大学を起点とした社会貢献の道を模索してほしいと思います」。

高校生時代に参加した
“科学者の卵養成講座”で、
ものづくりの
面白さを体感。

赤松さんと東北大学工学部の出会いは、高校2年生の時に参加した“科学者の卵養成講座”。全国から科学の大好きな高校生が東北大学に集まり、大学レベルの講義や研究を肌で感じながら、科学に対する興味や知識を深めていくというものだ。講座に参加し、「ものづくりのプロセスはやはり面白い」と感じた赤松さんは、当時すでにスピントロニクスという研究分野の存在を知っていたこともあって、「最先端の物理を使い、従来とは全く異なる画期的なデバイスを作ってみたい」という思いから工学部電気情報物理工学科への進学を決めた。「興味があるというだけで進路を決めるのではなく、“科学者の卵養成講座”への参加のように、何らかの形でちょっと体験してみることをお勧めしたいです。自分に本当に合っているかどうかは、やってみないとわからない部分がきっとありますから」。

AO入試で入学を決めた赤松さんに、まだ入学式前の3月、2週間の海外留学のチャンスが訪れる。国立大学初の取り組みとして東北大学がスタートさせた “入学前研修プログラム”に参加し、アメリカ・カリフォルニア大学リバーサイド校に留学、大学での授業、現地学生との交流やホームステイを通して、英語で話し、異文化を体験するという機会を得た。

「東北大学には、留学プログラムがたくさん用意されているし、サポートも厚い」と話す赤松さんは、学部生時代にはシアトルや台湾、大学院進学後は学会参加でヨーロッパにも足を運んだという。「所属する研究室が、海外も含め学会への参加を積極的に後押ししてくれた。海外の研究者との交流では、同じ分野で、しかも国を超えて研究に取り組んでいる人がいることを認識できるだけでなく、英語を使って共通の話題で盛り上がる、そんな新鮮で楽しい経験を重ねることができました」。

研究中心の日々を送る赤松さんだが、オフの日は、自然の中にあるサウナでリフレッシュすることが多いという。「普段、実験装置やパソコンに囲まれていることが多いので、オフにはそういった環境からできるだけ離れるようにしています。工学部のある青葉山キャンパスは自然豊かで、農学部の方まで足を延ばしたり、キャンパス内で気分転換できるのもお気に入りのポイントです」。