東北大学 工学研究科・工学部 Driving Force 明日を創るチカラ INTERVIIEW REPORT
東北大学 工学研究科・工学部 Driving Force 明日を創るチカラ INTERVIIEW REPORT

高品質な鋼(はがね)づくりの現場に、一人のエンジニアとして立ち続けたい。 高品質な鋼(はがね)づくりの現場に、一人のエンジニアとして立ち続けたい。

大同特殊鋼株式会社
渋川工場 生産技術室
野口 仁美 REPORT #34

© School of Engineering, Tohoku University

過酷な環境下で使用される
航空機・エネルギー関連の
鋼材製造を担当。

 国内・国外の都市間を結ぶ移動手段として欠かすことのできない航空機。そのジェットエンジンの燃焼ガス温度は1,500〜1,600℃、回転数は毎分10,000回転を超える。私たちの暮らしを支える発電所。そのガスタービンもまた、千数百℃の高温と毎分数千〜数万の高速回転で稼働している。こうした過酷な環境下で使用される金属製部品には、当然、厳しい製品規格と高い安全性が求められることになる。

 創業以来100有余年、その高い技術力で、航空・エネルギーをはじめとする多くの産業分野に製品を提供し続けてきた大同特殊鋼株式会社。同社の渋川工場(群馬県渋川市)で製造現場の最前線に立ち続ける一人の女性エンジニアがいる。東北大学工学部材料科学総合学科、東北大学大学院工学研究科知能デバイス材料学専攻出身の野口仁美さんだ。

 野口さんは2019年4月の入社以来4年半、同工場の製鋼室の一員として、溶解工程に関する現場への指示、製造コストの低減や現場の安全性向上などの仕事に取り組んできた。「溶解速度を安定させたいのにどうしても変動が出てしまう、出来上がった製品がお客様から求められている規格を満たしていないといったときに、生産技術室や品質保証室など、他の部署の人たちと打ち合わせしながら最適な溶解条件を見つけ、現場に指示を出すというのが製鋼室の重要な仕事の一つ」と野口さんは話す。

 渋川工場は、鉄スクラップから鋼材を製造するEAF(アーク炉)の他、厳選された原料を真空下で溶解・精錬するVIM(真空誘導炉)、よりクリーンな鋼塊を製造するため不活性ガス下で再溶解するESR(エレクトロスラグ再溶解炉)、真空精錬効果によりガス成分の低いクリーンな鋼塊を製造するVAR(真空アーク再溶解炉)など、製鋼・特殊溶解のための多種多様な炉を備えている。その中で、野口さんが主に担当してきたのが、VIM、ESR、VARだ。「溶解工程で一般的なのが、鉄鉱石から鉄をつくる高炉、そして、アーク放電の熱によってスクラップを溶解するアーク炉です。さらに品質を高めようとする場合、真空下での溶解や不活性雰囲気下での鋼塊の製造が必要になります。そのために、一度溶解したものをさらに2回目、3回目と繰り返し溶解する再溶解のための設備がESRやVAR。航空機のジェットエンジンシャフトや発電所のタービンディスクなど、高い信頼性が求められる製品に直結する鋼材づくりだけに、大きなやりがいを感じています」。

巨大アーク炉の迫力と
ダイナミックな溶解に
衝撃を受けて。

 野口さんが就職先として選んだ大同特殊鋼。その出会いは、学部3年次に参加した材料科学総合学科の工場見学だったという。「名古屋地区にあるさまざまな工場を見学、その中の一つに大同特殊鋼の知多工場がありました。そこで衝撃を受けたのが150トンアーク炉という巨大な電気炉。高炉の場合は溶けた溶鋼が静かに出てくるという感じなのに対し、電気炉では鉄スクラップに雷のようなものをドーンと落とし、高電圧をかけて溶解を行います。バチバチという轟音の中、スクラップが溶解されていくところが自分の中ではインパクトがすごく大きく、かっこいいなと。設備自体の迫力と、ダイナミックな溶解が強く印象に残りました」。

 修士課程の1年次には、同社でのインターンシップを経験。研究の部署で2週間、与えられたテーマについて、現場の人と実際にやり取りしながら実験などに取り組む機会を得た。「大同特殊鋼は、建設等の鋼材を主要製品とする鉄鋼メーカーとは異なり、耐熱材料や耐食材料など過酷な環境で使われる鋼の製造を得意としています。そうした特色にも魅力を感じ、この会社を選びました。材料系の出身者には、大きく分けて“製造”と“研究”の2つの進路がありますが、私は一貫して“製造”を希望。ものづくりに近いところで仕事をしたいという強い思いは、今も変わらず持ち続けています」。

 2023年10月、野口さんは入社以来所属してきた製鋼室を離れ、生産技術室という部署へ異動となった。生産技術室は、製品を溶解するところから出荷するところまで、細かな設計を行う部署だという。「製鋼室では、溶解の工程を中心に見ていましたが、これからは、たたいて強度を増す鍛造、引張特性や腐食等の検査など、より幅広い視野から、規格をクリアするためのきめ細かな検討が求められます。また、こういう特性、こういう成分のものがほしいというような話を、お客様と直接やりとりする機会も増えることになります。温度の上昇によって組織はどう変化するのかを表す金属の状態図など、大学で学んだことがこれからさらに役立っていくのではないかと期待しています」。

東北大学 工学研究科・工学部 Driving Force 明日を創るチカラ INTERVIIEW REPORT

留学生との交流で培った
英語による
コミュニケーション力を
自分の強みとして。

 新しい部署への異動によって、大学時代に身に付けたもう一つの力が役立っていると話す野口さん。生産技術室では、海外のメーカーの担当者と英語で打ち合わせをすることもある。そこで発揮しているのが、英語によるコミュニケーション力だという。大学院入試や就職活動の前には、独学でTOEICの勉強に取り組んだ。そしてもう一つ、東北大学ならではの英語の学びの場が、留学生との交流だったという。「研究室にはフィリピンやモンゴルからの留学生がいました。日本語がほとんど分からず心細い思いをしている彼らのために、テストの日本語の文章を英訳、実験器具の使い方の英語マニュアルを作ったり、中国やフランスからの先輩留学生も交え、みんなでご飯を食べに行ったりと、彼らと時間を共有する中で自然に英語力をアップさせることができました」。

 野口さんは、工学部では金属プロセス工学の研究室に所属し、アルミニウムドロスの生成メカニズムの解明をテーマに研究に取り組んだ。このテーマを選んだのは、小中学生の頃から抱いていた環境問題への興味からだという。「アルミニウムをリサイクルするときに発生するアルミドロス(アルミニウムが大気中の窒素や酸素などと反応して生成される不要な化合物)は、雨のあたる場所に置いておくとアンモニアが発生するといった悪さをします。また、処理にもコストがかかり、環境にも負荷をかけることから、アルミドロスの生成メカニズムを研究テーマに選びました。学部卒業後は、大学院工学研究科知能デバイス材料学専攻に進学、金属材料研究所の非平衡物質工学研究部門・加藤研究室で、合金中から特定の元素を選択溶出する“金属溶湯脱成分法”に関する研究に取り組み、充実した時間を過ごすことができました」。

身の回りのものの多くは
工学の知識の集合体。
他分野への応用も可能。

 高校生時代、有機化学に面白さを感じていた野口さんは、理学部化学科への進学を志望。東北大学のオープンキャンパスへの参加をきっかけに、工学部の材料系学科へ志望を変更した。「オープンキャンパスでは理学部と工学部を見て回りました。工学部の材料系の研究室の中に“摩擦攪拌接合(摩擦熱で軟化させた材料を攪拌して接合する技術)”について紹介していた研究室があり、その溶接技法がとても面白く感じられたのです。無機化学はそれほど好きではなかったのですが、材料系なら有機化学もきっと学べるだろうと考え、工学部の材料科学総合学科に進路を変えました。入学後にいろいろな研究室を見せてもらったり、実験に繰り返し取り組んだりする中で、金属の学びの面白さに惹かれていくようになった」という野口さん。東北大学での6年間の学びを振り返り、工学、とりわけ材料科学の魅力を次のように話す。「同じ合金でも、温度によって組織が変わる、たたいてのばすと性質が変わるというのは、プラスチックなどの材料とは明らかに違う、金属ならではの面白さだと思います。金属や材料が身近に溢れている中で、どういう方法でこれは作られているのだろう、さらには原子の動きはどうなっているのだろう、など、高校生の頃までは特に意識することのなかったことがとても気になるようになりました」。

 身の回りで使われているものの多くは「工学の知識の集合体」だという野口さん。「理学は、この現象がなぜ起きているのかという大元のところを学ぶ学問分野だと思います。一方、工学はものづくりの学問。幅の広さという点では、工学の方が広いと言えるかもしれません。もし理学部と工学部の間で迷っている高校生がいるなら、幅の広い方を選ぶというのも解の一つだと思います。いろいろな分野に対して応用が利くというのも、工学の魅力の一つですから」。

 仕事が休みの日には、のんびり過ごすことが多いという野口さんだが、時には近隣のボルダリングジムで汗を流すこともあるという。ボルダリング歴は、すでに6年以上。「登っては落ちての繰り返し」と笑う野口さん。仕事で、プライベートで、次はどんな高みをめざしていくのだろう。