東北大学 工学研究科・工学部 Driving Force 明日を創るチカラ INTERVIIEW REPORT
東北大学 工学研究科・工学部 Driving Force 明日を創るチカラ INTERVIIEW REPORT

化学の知見に物理の視点を加え、
微粒子の新たな可能性を探究。

東北大学 大学院工学研究科
化学工学専攻
助教
渡部 花奈子 REPORT #34

© School of Engineering, Tohoku University

卵型粒子の中に
閉じ込めた微粒子が
電気的作用で動くことを
世界で初めて発見。

 リビングの壁の色を、気分に合わせて「今日は緑」「今日は赤」というように、スイッチ一つで自在に変えることができたら…。そんな未来を思い描きながら微粒子の研究に取り組む若手研究者がいる。東北大学大学院工学研究科化学工学専攻の渡部花奈子助教である。

 渡部助教の研究テーマは、微粒子やナノ粒子を用いた材料の開発。光学特性や触媒特性、センシング特性などさまざまな特性を示すものの、不安定で扱いにくいナノメートルスケールの微粒子を、安定で扱いやすい材料に変えるための研究を続けてきた。「水の中に入れた微粒子に塩をひと振りすると、微粒子同士が合一し、塊になって落ちてきてしまうということが起こります。熱などの外力をかけても同じことが起こるため、その不安定さから『実用化が難しい未来材料』という言われ方もしていた」と話す渡部助教。そんな彼女が注目したのが、卵のような形の微粒子(卵型粒子)だった。「卵の形をしていれば、外側の殻がバリアになって、黄身に相当する微粒子を保護できるのではないか。卵型粒子自体は以前からあったものですが、形や大きさなどがバラバラで、制御性がとても悪かった。微粒子の世界では、機能の均一化や安定性を確保する上で、形や大きさが揃っているということがとても重要なのです」。

 そこで渡部助教が最初に取り組んだのが、均一で安定した卵型粒子の作り方の確立。東北大学工学部化学・バイオ工学科の4年生の時のことだ。修士課程に進み、卵型粒子の研究を続けた渡部助教は、その研究の中で新たな発見をする。それは、卵型粒子の集合体に電気などの外的な刺激を与えると、殻の中に閉じ込めた微粒子の運動や配置が変化するというものだった。「一つの材料から得られる特性は一つに限定されるというのが一般的なのですが、卵型粒子の集合体を使えば、与える刺激の種類や強弱によってさまざまな特性が得られるのではないか」。そう考えた渡部助教は、電気をかけるとなぜ微粒子の運動が変化するのか、その物理の解明にチャレンジしていくことになる。

物理との
コラボレーションで、
卵型粒子の
研究効率が向上。

 卵型粒子における微粒子の運動の秘密を解き明かすため、共同研究の場所として選んだのがオランダ・ユトレヒト大学だった。「私が化学の視点から微粒子を見るのに対し、ユトレヒト大学の共同研究者は物理学の視点から微粒子を見ます。計算やシミュレーションなどを駆使して研究を進めるわけです。化学の研究者は、ある仮説を立て、その仮説を実証するにはどんな実験をしたらいいかを考え実験を積み重ねていきますが、物理の研究者は、実験で得られた現象について、その現象はすでにある理論でどう説明できるのかを考えます。彼らとのコラボレーションはとても新鮮で、ディスカッションを重ねる中で、『実験こそ真実』という自分の研究に対する姿勢も徐々に変わっていきました」。

 ユトレヒト大学での2年間の経験を経て、渡部助教の研究スタイルは、どんな実験をしたら効率的に結果を出せるのか、あらかじめ物理の人たちと話し合い、その条件のもとで実験を行うというものに。「かなり効率的になったと思います。とはいえ、狙い撃ちの実験だけでは大事なことを見逃してしまうことがあるかもしれません。無駄になるかもしれない実験の中から、新たな気付きは得られる。化学研究者としてのそんなこだわりは、これからも大切にしていきたいと思います」。

 渡部助教の卵型粒子の研究は、電場の強弱によって光の強度を変えられる、そんな材料の開発が当初のモチベーションだった。卵型粒子の殻の中に閉じ込めた微粒子の動きを、外からの刺激によって制御することができるようになってきたいま、研究はどんな展開を見せるのだろう。そして、そこにはどんな課題があるのだろう。「将来的には、窓ガラスの中に卵型粒子を入れ、紫外線を通す、通さないをスイッチ一つで切り替えたり、波長を変えることによって壁の色を変えたりすることができる、そんな材料の開発につながったら面白いなと考えています。そこで課題となるのが、大量合成に向けたプロセス。卵型粒子の作成プロセスは複雑で、研究室レベルのものを単純に大きくしただけでは、けっしてうまくいかないのです。化学工学の役割は、材料開発における設計図作りにあります。卵型粒子の材料種やサイズ、中の微粒子の運動範囲を詳細に設計することで、多様な材料への応用・発展が可能であり、今後は材料系の研究者とのコラボレーションも模索していきたいです」。

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高等専門学校から
工学部へ。
実験の魅力が支えだった。

 渡部助教は、仙台高等専門学校の情報デザイン学科を卒業後、東北大学工学部化学・バイオ工学科に編入学した。高専入学時に描いていた夢は、デザイナーや雑誌編集者になること。しかし、周囲の学生たちの高いデザイン力を目の当たりにして、その夢はついえたという。「情報デザイン学科は、デザイン系と情報系に分かれていて、消去法的に情報系に進むことにしました。そこで出会ったのが化学です。卒業研究では、化学物質の拡散シミュレーションに取り組み、それが意外と面白くて、大学というもっと広い環境の中で化学を詳しく勉強してみようと、工学部への編入学という選択をしました」。

 化学という科目は元々苦手だったという渡部助教。編入学後の最初の2年間は、化学をじっくりゆっくり学び直す時間となった。渡部助教は当時をこう振り返る。「アメリカ人の先生が英語で行う化学工学コースの講義は、もう絶望的でした。講義の内容が何一つわからない。授業の最後の小テストはほぼ0点という状態でした」。それでもどうにか頑張り続けることができたのは、化学という学問の根幹でもある実験の魅力だった。「実際に自分の手を動かして実験し、自分の目で反応を見るという化学の学びは、座学で学ぶ化学とは全く別もの。実験には、当事者意識というのか、自分が関わっている学問なんだという充実感がありました」。

 工学部卒業後、渡部助教は大学院工学研究科に進学、修士課程、博士課程の修了後には、日本学術振興会の海外特別研究員としてユトレヒト大学へ留学するなど、着実にキャリアを重ねてきた。2019年には、「外場を用いた粒子の空間分布制御」という研究テーマで、日本学術振興会育志賞を受賞。さらに同年には、ロレアル-ユネスコ女性科学者日本奨励賞、2023年には、第29回青葉工学研究奨励賞をそれぞれ受賞している。「どんなに良い研究をしても、それが人に伝わらなければ何も始まらないと思います。こうした賞の受賞は、私の研究を研究者ではない方々にも知っていただく、いい機会になったのではないでしょうか」。

世の中が望む人間に
ならなくていい。
自分がなりたい人間に
なればいい。

 「ユトレヒト大学への留学で衝撃だったのは、女性研究者の多さだった」と渡部助教は話す。「教員も博士号の取得をめざす博士学生も半分以上が女性。男女平等の意識が強く、女性がとても強い。可愛らしくあろうとか、おしとやかにあろうといった考えが全くなく、社会的にも、自立した女性が高く評価されます。男性も女性も関係なく働き、子育てをすることが当たり前になる、そんな社会に日本もきっとなる。そんな勇気をもらうことのできた留学体験でした」。

 渡部助教はいま、同じ研究室にいるオランダ人助教の夫とともに、研究室の学生を対象にした英語レッスンを行なっている。「ユトレヒト大学では、オランダ人の研究者たちがオランダ語で話し合っている時、そこに外国人の私が加わった瞬間、英語での会話に切り替えてくれました。さて、日本はどうでしょう。日本に来たら日本語を勉強して、となっていないでしょうか。本当の意味での国際化をめざすのなら、すべての学生に英語でのコミュニケーション能力を身に付けてほしい。そんな思いでレッスンを行なっています。週1回、1時間のレッスンですが、効果はてきめんで、英語に対する恐怖心がなくなってきたと感じています」。

 渡部助教は、「教育が生きがい」とまで言えるぐらい、学生との交流は楽しいという。「学生たちはとても賢くて、私が1言えば、10返してくれます。失敗経験も成功経験もどっちもないまっさらな状態だからなのか、私からの提案に対し、それをさらに発展させ返してくるのです。こんな考え方があるんだとか、そういうキャッチボールがすごく楽しい。私を指導してくださった先生も、自由に研究をやらせてくださいましたが、そうした指導方法を私も受け継ぎ、学生のオリジナリティを大切にして、とりあえずやらせてみるというスタイルでやっていきたいと思います」。

 工学の面白さは、「自分が設計したもの、作製したものが実際にモノになる、見えるところ」だと話す渡部助教。「東北大学の良さは、研究に対する自由度の高いところ。研究環境でいえば、こういうことをやってみたいと思ったとき、それに対応する必要な機器が大抵そろっている。教員1人に対する学生の数が少なく、丁寧な指導が受けられるのも恵まれた環境の一つだと思います。世の中が望む人間になんてならなくていい。自分がなりたい人間になればいいのです。たとえ人と違っても、自分の信じる道を進んでいく姿を、これからも学生たちに見せていきたい。『こういう生き方もあるのか』と感じてもらえたら、可能性を広げることにつながるかもしれません」。