東北大学 工学研究科・工学部 Driving Force 明日を創るチカラ INTERVIIEW REPORT
東北大学 工学研究科・工学部 Driving Force 明日を創るチカラ INTERVIIEW REPORT

光を操り、未来を創る。

東北大学 大学院工学研究科
電子工学専攻
教授
北村 恭子 REPORT #36

© School of Engineering, Tohoku University

「ホンマか!?」から
光の研究の道へ。

 東北大学大学院工学研究科電子工学専攻でフォトニックデバイス工学研究室を率いるのが、2023年9月に本学に着任した北村恭子教授である。研究室名にあるフォトニックとは光のこと。北村教授は、フォトニック結晶と呼ばれる構造体を主な研究対象として、サイエンスとエンジニアリングの両面から研究開発に取り組んでいる。2000年に日本の研究者が世界に先駆けて作製に成功したフォトニック結晶は、光の波長と同程度の数百nm(ナノメートル/10億分の1メートル)の周期で半導体ナノ構造が規則正しく並んでいる人工の構造体で、一定の周波数の光を結晶内への侵入を許さないという特徴的な性質をもつ。侵入を許さない周波数領域(フォトニックバンドギャップ)を上手に設計したり、結晶の規則的な構造に意図的な乱れ(構造欠陥)を導入したりすることで、光を自在にコントロールすることが可能になることから、光メモリや光スイッチといった光回路デバイス、さらには量子コンピュータ等の量子情報処理や通信への応用が期待されている。

 京都大学工学部工業化学科出身の北村教授にとって、大学院では半導体の作製に関わる分野を専門とすることも選択肢の一つだったという。そんな北村教授を光デバイス研究の道へ導いたのが、ある講演で耳にした「半導体に周期的に穴を開けていくと、自由自在に光が操れる」という話だった。「半導体の基板に電子線を使ってパターンを作り、プラズマでナノレベルの穴を開けていく。すると、それだけで光が自在にコントロールできるという話で、『ホンマか!?』『そんなことできるわけない』という気持ちも正直なところありました。それがフォトニック結晶との出会いで、本当にそれができるのなら面白い、実際に研究してみようと考えました」。

 この時の講演者が、その後指導を受けることになる京都大学工学研究科電子工学専攻の野田進教授だった。北村教授は、野田教授の研究室でフォトニック結晶の研究に注力、博士の学位を取得後、さらに京都工芸繊維大学電気電子工学系へと研究拠点を移し、フォトニック結晶を用いてレーザービームをデザインする技術の開発などに取り組んできた。

6Gに向けた
基盤技術への挑戦。

 2023年9月、本学に着任して間もない北村教授は、大阪大学大学院基礎工学研究科の研究グループなどとの共同研究の成果として、「フォトニック結晶で一般相対性理論に基づく擬似重力効果を実現」という発表を行った。アインシュタインの一般相対性理論では、時空間の歪(ひずみ)によって生じる重力場(重力が作用する時空中に存在する場)によっても電磁波(電界と磁界の変化が伝搬する波。周波数3テラヘルツ以上の電磁波が光)の伝搬方向を曲げることが知られているが、この研究では、規則正しい周期構造をもつフォトニック結晶の格子点の配列を緩やかに歪ませることにより、テラヘルツ電磁波の伝搬方向を曲げることに成功したという。「この研究で特に注目してほしいのは、歪フォトニック結晶というのは、規則正しい周期構造で定義されるフォトニック結晶も緩やかに変化すれば、フォトニック結晶の性質は保ちつつ、時空間を歪ませるというところです。とはいえ、光の領域では緩やかに歪ませる構造を作るのは技術的にとても難しいので、デモンストレーションでは、光よりも波長の長いテラヘルツ電磁波の伝搬方向を曲げる実験を行いました。テラヘルツ電磁波は、次世代の移動通信システム6G(Beyond5G)として期待されているものだけに、テラヘルツ電磁波を自在に制御するための基盤技術として応用可能なのではないかと考えているところです」。

 歪フォトニック結晶での研究が結晶の外から光を入れるタイプの研究だったのに対し、北村教授が長年取り組んできたもう一つの研究が光を発生するアクティブデバイス、半導体レーザーの研究だ。「半導体レーザーからドーナツ状のレーザービームを出すのを私は得意としています。そのドーナツビームと通常の出力の高いレーザーを組み合わせることにより、異なる波長、異なる形状のビームを積み重ねていって、光の新しい可能性を探りたいと考えています。現状の超解像のレーザー顕微鏡では、大きなレーザーを2種類以上使うことが当たり前になっていますが、フォトニック結晶レーザーならば、小さなワンチップのレーザーを集積し、スイッチ一つですべてができる、そんなレーザー顕微鏡が実現できるかもしれません。そのための研究を今スタートさせたところです」。

 「光を操ることは、未来を創ること」。そう信じて、日々研究に取り組んでいると話す北村教授。光の理論に基づき、光を操るフォトニック結晶の研究の先には、どんな未来が待っているのだろう。

東北大学 工学研究科・工学部 Driving Force 明日を創るチカラ INTERVIIEW REPORT

女性研究者の
元気、活発な広報活動。

 北村教授には、学生時代以後ずっと関西で暮らす中で身に付いた関西ならではのノリ、笑いの感覚があるという。「講義でも必ず笑いどころをいくつか用意するようにしてきました。ところが、東北大学で授業をしたら、笑いどころなのに誰も笑ってくれないことがあったりする。その時の滑った感といったら…」と笑う北村教授。「とはいえ、笑いの要素がまったくない授業になってしまったら自分も楽しくないので、そこはこれからの課題です」。

 そんな北村教授が感じている東北大学の魅力や強みは何かを尋ねると、こんな答えが返ってきた。「女性研究者の集まりが定期的に開催されていますが、女性の先生方がとにかく元気で、生き生きとしていらっしゃる。こんなに元気な女性研究者のいる大学はなかなかないなと。関西にいた頃から、東北大学は女性研究者への支援が手厚い大学というイメージがありましたが、それは、先輩の女性研究者の方々が、女性研究者にとって必要な支援とは何かをきっちりと表明し続けてくださったからではないか」と話す北村教授。大学にもまた、そうした思いを受け容れる風土があったということだろう。

 そしてもう一つ、北村教授があげたのが「広報や情報発信に対する意識の高さ」だ。「プレスリリースに向けた充実したサポートには正直驚かされました。着任直後に発表した歪フォトニック結晶に関するプレスリリースには、共同研究者である大阪大学の先生も参加されたのですが、『こんなにサポートしてもらえるのってそうそうないよね』とおっしゃっていました。研究の成果を学外にしっかり発信していく、社会に見せていく、そうした意識が東北大学はとても高いのではないかと感じています」。

17歳の時に見た夢を
大切にしてほしい。

 北村教授の小さい頃の夢は、「国連の職員になること」だったという。そのきっかけは、カンボジアでの地雷除去のニュースを見たこと。「国連職員になるには、何かしらの分野で博士号を取得することが必要で、それなら実験が面白い化学の世界がいいだろうと。それで選んだのが、京都大学工学部の工業化学科でした。志望を高校の先生に伝えると、先生からはすごく反対されました。いわく『医学部や薬学部の方がいい。免許が取れるし、子供ができても続けられるから』。今振り返ってみると、その頃の私はまさに反抗期の真っ只中で、だからこそ『工学部に行こう』という気持ちを押し通せたのではないかなと思います」。

 2024年6月、仙台市内の高校で開催した「東北大学出前講座」。講師の一人となった北村教授の掲げたテーマは「17歳の夢」。「伝えたかったのは、17歳の時に見た夢っていうのは17歳の時にしか見ることのできない夢なのだから、それを信じてやってみようということ。17歳ぐらいの反抗期の時期に感じていること、持っている気持ちというのを大事にして、それはそのまま貫いた方がいい。誰に遠慮することなく貫いてみて、もしそれでうまくいけばラッキーだし、たとえ失敗したとしても『反抗期だったからね』と言って笑って振り返ることもできる。だから、今思っていることを思いっきりやったほうがいいと私は思うんです」。

 大学の教員として大切にしてきたのは、「学生の“やる気スイッチ”をちゃんと押してあげること」と北村教授は話す。「みんなそれぞれ良い能力を絶対に持っています。それを是非見つけてほしいし、学生時代を通して、社会に出ていく時に軸となるものを探してもらえるといいなと思います」。

 そんな北村教授が最近気になっているのが、「勉強不足なんですが…、僕は知識が足りないから…、というような前置きをつけてから話をする学生が多い」ことだという。「謙遜する文化のせいなのかもしれませんが、そういう前置きは本来必要ないのです。最先端の研究について、最初から知っている訳がないのですから。前置きなしに『自分はこう思います』ということが言える学生さんになってもらえたら、社会に出た時、きっと高く評価されるのではないでしょうか。自己肯定感をしっかりと持ち、『自分はこういう人間である』ということを意識して、社会に役立っていってほしいなと思います」。