東北大学 工学研究科・工学部 Driving Force 明日を創るチカラ INTERVIIEW REPORT
東北大学 工学研究科・工学部 Driving Force 明日を創るチカラ INTERVIIEW REPORT

いつか火星に降り立つ日のために。

東北大学 大学院工学研究科
航空宇宙工学専攻
博士課程後期1年
阿依 ダニシ REPORT #37

© School of Engineering, Tohoku University

宇宙飛行士選抜試験への挑戦

 宇宙航空研究開発機構(JAXA)が13年ぶりに実施した宇宙飛行士選抜試験で、2023年2月、新たな宇宙飛行士候補2人が誕生した。この選抜試験の受験者数は4,127人。現在、東北大学大学院工学研究科航空宇宙工学専攻博士課程後期に在籍する阿依ダニシさんもまた、倍率が2千倍を超えたこの試験への挑戦者の一人だった。そもそも選抜試験への応募には、3年以上の実務経験(修士号取得者は1年、博士号取得者は3年の実務経験とみなす)が求められていた。当時阿依さんは筑波大学応用理工学類の4年生、社会人としての経歴もない彼がどうやってこの応募条件をクリアしたのだろう。「筑波大学入学直後から宇宙系のサークルに入り、小型の人工衛星や探査機を作ったり、さらに、NASAが作ったヘリコプターがもうすぐ火星を飛ぶらしいというニュースが注目を集めていたことから、もっといい火星探査用ヘリコプターが作れるのではないかと独自に研究をスタートさせました。研究を進める中で、宇宙航空分野で最先端の研究を展開しておられる東北大学の吉田和哉教授や永井大樹教授からアドバイスをいただいたり、JAXAの施設をお借りして実験させていただいたりしました。宇宙飛行士選抜試験に応募する際には、そうした学部生時代の経験のすべてが実務経験に相当するものだと強くアピール。その結果、書類選抜を通り(書類選抜通過者は2,266人)、第0次選抜(英語試験、一般教養試験、小論文など)に進むことができました」。

 さらに続く第一次、第二次、第三次選抜へと進むことはできなかったものの、この挑戦は 阿依さんにとって大きな収穫をもたらしたという。「受験以前は、自分の経験や思いの中だけで宇宙飛行士という未来を描いていました。けれど、医師や自衛官、宇宙業界で仕事をされている方など、受験者との交流を通して、それぞれ違った思いや考え方を持ちながら宇宙飛行士を目指しているということを知ることができました。それともう一つは、宇宙飛行士選抜試験の厳しさ、本当に優秀な人を選抜しているんだということを実感できたことは、その後の研究や活動の大きなモチベーションになりました」。

 JAXAでは2021年以降、約5年おきの宇宙飛行士募集を予定しているという。予定通りなら次回の募集は2026年、阿依さんが博士課程後期3年の時ということになる。「もちろん、挑戦します。どんな結果になるにせよ、挑戦することが新たな展開にきっとつながっていきます。僕にとって、挑戦しないという選択肢はありません」。

ARES Projectで世界へ挑む

 阿依さんの挑戦。それは宇宙飛行士選抜試験の受験だけではない。火星探査用ヘリコプターの開発に続いて取り組んだのが、ロボットアームと生命分析装置を搭載した火星探査ローバーの開発プロジェクト「ARES Project」の立ち上げだ。きっかけは、世界中の学生が火星探査ローバーを作り、その技術を競い合う大会の存在を知ったことだったという。「アメリカ(University Rover Challenge)とヨーロッパ(European Rover Challenge)で大会が開かれていたのですが、それまで日本から出場したチームはなかった。それなら、僕が挑戦しようと。東京大学で開催されたものづくりプログラムで知り合った他大学の学生2人とともに、初号機を完成させました」。

 2号機を製作した時期に、阿依さんは東北大学大学院工学研究科に進学。入学後間もない6月下旬、東北大学が行う国際宇宙大学Space Studies Program(SSP)派遣制度を活用し、開催地のポルトガルへ渡った阿依さんは、9週間、国際色豊かなメンバーとともに、さまざまな課題やプロジェクトに取り組んだ。その間、「ARES Project」にはほぼ関われない状態だったという。ところが帰国すると、驚くような展開が待っていた。「創立メンバーの2人が学生を集め、20人程の団体にスケールアップさせていたのです。それを目にした時、団体の運営面を整え、チームで本格的に世界大会に挑戦しようという覚悟が決まりました」。

 ARES Projectは、①世界最高峰のローバー大会への出場と上位入賞、②日本の学生宇宙開発における探査ローバー開発という新分野の開拓、③日本の学生の技術力の向上と未来の宇宙開発への貢献、④チームでの活動を火星や月で実際に活躍するローバーに役立てる、⑤探査ローバー技術の応用で地球の環境問題を解決、という5つの目標を掲げ活動。現在は、東北大学や慶應義塾大学の学生を中心に、全国の大学から40人あまりの学生が参加しているという。

 2024年5月から6月にかけ、アメリカ・ユタ州で開催されたUniversity Rover Challenge(URC)の大会決勝に、日本の学生チームとして初めて出場。結果は38チーム中32位に終わったものの、回収した岩石試料の分析を行う「Science Mission」という部門において、最優秀プレゼンテーションを受賞した。この成果を阿依さんは次のように評価する。「炎天下と砂嵐という過酷な環境のもと、僕たちが持っていった6号機は電気的なトラブルで予期せぬ動作を繰り返し、タイヤ周りの部品も何度も破損しました。でも僕たちは諦めなかった。たとえ失敗だったとしても、URCに何かしらの爪痕は残して帰ろうと。回収した試料から得られた情報は少ないけれど、限られた写真と事前調査で得た知見から会場の地質を解釈し、さらに渡米した23人のメンバー全員でプレゼンを見守るという団結力が評価され、受賞につながったのではないでしょうか。次の目標は、来年の世界大会にも必ず出場し、優勝すること。そのためにも、メンバー一人ひとりとの対話を大切にしながら、チーム全体を引っ張っていきたいと思います」。

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東北大学への再挑戦、
大学院入学

 「僕の挑戦の裏には、多くの失敗と挫折がある」という阿依さん。その一つが、高校卒業後、東北大学への進学がかなわなかったことだ。「宇宙工学の分野に進みたいと考えていた僕の第一志望は、東北大学工学部の機械知能・航空工学科でした。そして吉田和哉教授の研究室に入り、宇宙ロボットの研究に取り組むというのが、当時思い描いていた将来像。しかし、現役で不合格、浪人しても結果は同じでした」。

 阿依さんが入学した筑波大学理工学群応用理工学類はナノ技術や材料といった分野を主な対象とし、宇宙ロボットとはかけ離れた場所。しかし、阿依さんは諦めなかった。「研究室といったオフィシャルなところで宇宙ロボットを学べないなら、自分でやればいい。それが火星探査ヘリコプターの研究であり、その後のARES Projectにつながっていきました。もし東北大学に合格していたら、研究は4年生になってからやるものだと考え、学部生の間は宇宙のことはそんなにやっていなかっただろうと思います。大学院進学の際にもう一度東北大学に挑戦し、吉田教授の研究室に入ろう。そのためには、宇宙に関連した研究に自ら挑戦していかなければ。筑波大学に入学したことで、そんな強い思いを持つことができました」。

 大学院の選択では、MITなど海外の大学にも挑戦し、いくつか合格した大学もあったという阿依さんだが、最終的に選択したのは吉田教授の研究室がある東北大学大学院だった。「海外の大学院に行けば、そこだからこそ得られる経験もきっとあったことでしょう。いずれ海外に行くとしても、吉田先生に指導を受けてから行けば、活躍するチャンスはさらに増えるはず。吉田先生のもとでなら純粋に成長できるという思いもあって、東北大学に決めました」。

 吉田教授はいま、内閣府が進めるムーンショット型研究開発事業の中でプロジェクトマネージャーを務めている。担当するプロジェクトは「月面探査/拠点構築のための自己再生型AIロボット」の研究開発。阿依さんもまた、この研究開発の一翼を担っている。「ロボットのパーツを着脱・組み換え可能なモジュールとして開発し、月面環境に応じて移動方法や作業形態を適切に選択しながら、ロボット自身または他のロボットによる再構築・修復を行いミッションを遂行する、そんなロボットの研究開発に取り組んでいます。吉田先生から出される課題は難しいものが多く、求めるレベルも高いものがあります。そのレベルをクリアしない限り、『ここをやらないと、まだ駄目だよ』というように的確な指摘が返ってくるので、私たちも頑張らざるを得ません。研究室での自己再生型AIロボット開発とARES Projectの活動の両立、それが目下の課題でもあります」。

まだ人間が行っていない
惑星へ

 阿依さんが宇宙に興味を持つようになったのは、宇宙飛行士の若田光一さんが名誉館長を務めるさいたま市青少年宇宙科学館で宇宙に関する展示を見たことがきっかけだったという。「父が鉱物学の研究者で、鉱山の調査や学会での発表などに連れていってもらうことが多くあり、父の姿に『研究者ってなんか格好いいな』と子供ながらに思っていました。そんな僕にとって、科学館で出会った宇宙に関する展示は衝撃的でした。それまでも本などで見たことはありましたが、宇宙に行く宇宙飛行士という仕事があるということ、宇宙開発やロボット開発という分野があることも、そこで初めて知りました。僕もいつか宇宙に行ってみたい、よし宇宙飛行士になろう!そう心に決めたのが小学生の時のことです」。

 晴れて宇宙飛行士となった後、阿依さんが自らの足で一歩を刻みたい場所、それが火星だ。宇宙開発の現在の最大のトレンドは月だが、阿依さんにとっては「火星の方がはるかにロマンがある」という。「火星には生物がいた可能性があるというのが一点、そして何よりも、まだ誰も行ったことがないというのが、シンプルだけれど一番の魅力ではないでしょうか。月は地球の衛星なのに対し、火星は隣りにある惑星。今の技術レベルを考えても、人間を送り込むことは100%不可能というわけではないと思います。土星や太陽に行きましょうとか言っているわけではありません。一歩ずつ進んでいけば、きっと到達できる惑星、それが火星なのです」。

 月面探査ロボットや火星探査ローバーの開発研究、そして宇宙飛行士という夢の実現に向かって、阿依さんの挑戦はこれからも続く。そして、後に続く後輩たちにも「強い思いを持ち続ければ、道はきっと開ける。だから、挑戦してほしい」とエールを送る。「挑戦し続けることがやがて面白いものにつながっていく、それがロボット工学の世界です。ロボットって面白そう、やってみたいなと思ったら、面白い研究ができそうと感じる大学に全力で挑戦してほしい。どんなに頑張っても無理だろうとか、諦めるようなことはしなくていい。ぜひ挑戦してください。大学の雰囲気は行ってみないと分からないところもあるでしょうから、興味のある研究室に実際に足を運んでみることをおすすめします」。