N2O5ガスの作用機序を光るシロイヌナズナで解明
- プラズマによるオンサイトガス合成技術とのタッグで循環型農業へ -
2025/02/17
発表のポイント
概要
無水硝酸とも呼ばれるN2O5は、殺菌、治療、医薬品合成、材料合成への活用など、多くの可能性を秘めた窒素化合物です。東北大学大学院工学研究科・非平衡プラズマ学際研究センターの佐々木渉太助教、髙島圭介助教(研究当時)、金子俊郎教授は、これまでの研究で、空気のみを原料としてN2O5を選択的にオンサイト合成するプラズマ装置の開発に成功し、N2O5ガスをさまざまな植物に暴露する実験で、免疫が活性化すること、有用な二次代謝産物(注4)の合成を誘導すること、N2O5ガス自体が気体窒素肥料として機能することなどを明らかにしてきました。ただし、なぜこのような植物応答がN2O5ガスによって引き起こされるのかはよくわかっていませんでした。
今回、金子教授らは、同大大学院生命科学研究科の東谷篤志教授、埼玉大学大学院理工学研究科の豊田正嗣教授とともに、植物はN2O5ガスに暴露されると、Ca2+シグナリング経路が活性化し、その情報を全身に伝える機構を有していることを明らかにしました。これは、先行して見出されたN2O5の様々な有用効果のメカニズムの解明につながる成果です。
本成果は科学誌PLOS ONEに2025年2月6日付けで掲載されました。
研究の背景
東北大学大学院工学研究科・非平衡プラズマ学際研究センターの佐々木渉太助教、髙島圭介助教(研究当時)、金子俊郎教授は、空気のみを原料としてN2O5を選択的にオンサイト合成するプラズマ装置の開発に成功し(参考文献1)、本学が独自に支援する世界を先導する研究フロンティア開拓のためのプロジェクト「新領域創成のための挑戦研究デュオ~ Frontier Research in Duo(FRiD) ~」の一つとして部局横断的な共同研究を進めてきました。これまでに、さまざまな植物に対してN2O5ガスを暴露することで、植物免疫を活性化すること(参考文献2)、有用な二次代謝産物の合成を誘導すること(参考文献3)、さらにはN2O5ガス自体が気体窒素肥料として機能すること(参考文献4・5)などを明らかにしてきました。一方で、なぜこのような植物応答がN2O5ガスによって引き起こされるのか、そのメカニズムの多くは不明でした。
今回の取り組み
研究グループは、Ca2+のバイオセンサー(GCaMP)遺伝子を組み込んだ「光る」シロイヌナズナを用いて、N2O5ガスの暴露により誘導されるCa2+シグナルを可視化することに成功しました。1枚の葉に対してN2O5ガスを局所暴露したところ、暴露部位で10秒以内にCa2+シグナルが発生し、その後数分かけて全身にCa2+シグナルが伝搬していくことが明らかとなりました(図1)。さらに、N2O5ガスに直接さらされてない葉において、防御関連遺伝子が有意に発現することがわかりました(図2 D-F)。先行研究において、N2O5ガスの直接暴露がジャスモン酸ならびにエチレンを介したシグナル伝達経路を活性化し、植物に病害をもたらす灰色カビ病菌やキュウリモザイクウイルスの感染を抑制することを確認していますが、今回の成果により、局所的な処理であってもこのような免疫活性効果が得られる可能性を見出しました。
また、植物の防御応答に深く関連するPDF1.2という遺伝子の発現を調べたところ、オゾン(O3)ガスや一酸化窒素(NO)/二酸化窒素(NO2)の混合ガスではほとんど発現が見られなかったのに対し、N2O5ガスでは発現が顕著に見られました(図2 G)。この結果から、今回確認された全身性の防御応答は、N2O5特有の効果によるものであることが新たに明らかとなりました。
今後の展開
これらの結果は、N2O5が引き起こす多様な有用効果のメカニズムの解明に寄与するだけでなく、新たなN2O5ガス処理方法の提案にも役立つと考えられます。今回使用されたN2O5ガスをオンサイト合成するプラズマ技術は空気のみを原料とし、100W以下の電力で動作するため、再生可能エネルギーを活用することで、持続的にどこでも稼働させることが可能です。N2O5ガスの処理により、植物病害防除、機能性成分の増産、さらに窒素施肥が実現できれば、持続可能な農業システムに大きく貢献すると期待されます。

図2. (A-F) N2O5ガスが (A-C) 直接暴露あるいは(D-F) 間接暴露された葉で解析された植物防御応答関連遺伝子(OPR3・JAZ5・JAZ7)の発現レベル(処理から10分後)。(G) さまざまな組成のガスで処理した後の植物防御応答関連遺伝子(PDF1.2)の発現レベル(処理から24時間後)。
謝辞
本研究は世界を先導する研究フロンティア開拓のためのプロジェクト「新領域創成のための挑戦研究デュオ~ Frontier Research in Duo(FRiD) ~」の支援を受けて実施されました。また、本研究成果に関する論文は、「東北大学2024年度オープンアクセス推進のためのAPC支援事業」の支援を受けました。
用語説明
(注1)カルシウムイオン(Ca2+)
細胞内で遊離しているカルシウムイオンは、筋肉の収縮や神経活動をはじめとして、ほぼ全ての細胞活動に関与しています。一般的に、細胞内のCa2+濃度は、細胞外よりも1万倍程度低く保たれており、細胞内Ca2+濃度の変化は、次の生体反応を引き起こすスイッチとして機能したり、情報伝達の役割を担うことが知られています。
(注2)バイオセンサー(GCaMP)
緑色蛍光タンパク質(GFP)に、Ca2+を結合するドメイン(領域)を融合したタンパク質。細胞内Ca2+と結合すると明るく緑色に光ります。
(注3)N2O5(五酸化二窒素)ガス
酸素・窒素原子のみから構成される分子であり、無水硝酸とも呼ばれます。水と反応して硝酸(HNO3)を生じる過程で、非常に反応性が高いニトロニウムイオン(NO2+)を一時的に生じます。熱や水分に弱く保管が困難であることから、入手が難しくこれまでは広く使用されてきませんでした。
(注4)二次代謝産物
生存や生殖に必須の糖、有機酸、アミノ酸、脂質など、種を越えて普遍的な化合物群を一次代謝産物とよび、生命維持には必須ではなく、生存に有利に働く多種多様な化合物を二次代謝産物と呼びます。種ごとに多様性がみられ、その総数は20万種類を超えるといわれています。植物の香り成分や生薬の成分、フラボノイド類などが有名です。
参考文献
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https://doi.org/10.1002/ppap.202400096
論文情報
著者: Shota Sasaki#,*, Hiroto Iwamoto#, Keisuke Takashima, Masatsugu Toyota, Atsushi Higashitani*, Toshiro Kaneko* #Equally contribution
*責任著者: 東北大学 大学院工学研究科 助教 佐々木 渉太
東北大学 大学院工学研究科 教授 金子 俊郎
東北大学 大学院生命科学研究科 教授 東谷 篤志
掲載誌: PLOS ONE
DOI: 10.1371/journal.pone.0318757