チタン添加ステンレス鋼の孔食はどこから始まるのか?
―さらなる高耐食化に向けて介在物の電気化学特性を解明―
2026/10/23
発表のポイント
概要
ステンレス鋼は高い耐食性を有していますが、海水などの塩化物水溶液にさらされる環境では、介在物を起点として孔食(注3)が生じることがあります。Tiの添加はステンレス鋼の耐孔食性を向上させますが、孔食を完全に抑制できるわけではなく、Ti添加によって形成される各種介在物の電気化学特性と孔食の発生起点は明らかになっていませんでした。
東北大学大学院工学研究科の高嘉淇大学院生、西本昌史助教、武藤泉教授は、介在物の組成を系統的に制御したモデル試験片を作製し、マイクロスケールの電気化学計測技術を用いて、MnS、(Mn,Ti)S、TiS2、TiN介在物の溶解しやすさの違いを明らかにしました。さらに、実際のTi添加ステンレス鋼の孔食発生挙動を解析し、微量に存在する(Mn,Ti)S介在物が孔食の起点となることを示しました。本成果は、介在物の組成制御によるステンレス鋼のさらなる高耐食化につながることが期待されます。
本成果は、2026年10月22日(現地時間)に材料の劣化に関する学術誌npj Materials Degradationにオンライン掲載されました。
研究の背景
ステンレス鋼は、鉄(Fe)にクロム(Cr)などを添加した合金であり、高い耐食性を有する材料として幅広い分野で使用されています。しかし、海水などの塩化物イオン(Cl−)濃度が高い水溶液中では、孔食と呼ばれる局部的な腐食が発生する場合があります。孔食は、材料の一部に腐食が集中して生じ、短時間で貫通や破断などの損傷をもたらす現象です。
ステンレス鋼の孔食は、鋼中に存在するMnS(硫化マンガン)という介在物から発生しやすいことが知られています。MnSは水溶液中で溶解しやすく、その溶解生成物である硫黄(S)の作用によりステンレス鋼の表面を守るバリア(不働態皮膜(注4))を壊してしまうためです。
このMnSの悪影響を抑制する方法の一つがチタン(Ti)の添加です。Tiを添加すると、介在物の組成が溶解しやすいMnSから、より溶解しにくいTi硫化物へと変化し、耐孔食性が向上します。しかし、Ti添加によっても孔食が完全に抑制されるわけではありません。Ti添加ステンレス鋼においても介在物は存在し、どの介在物が起点となり孔食が発生するのかは明らかになっていませんでした。さらなる高耐食化を実現するためには、Ti添加ステンレス鋼における介在物の性質を解明し、孔食発生との関連性を理解することが重要です。
今回の取り組み
東北大学大学院工学研究科の高嘉淇大学院生、西本昌史助教、武藤泉教授の研究チームは、フェライト系ステンレス鋼であるFe-16%Cr合金(Type 430)を対象に、Ti添加によって形成される介在物の電気化学特性と孔食の発生起点の解明に取り組みました。
通常のステンレス鋼に存在する介在物は直径数マイクロメートル程度と非常に小さく、個々の介在物の電気化学特性を解析することは困難です。そこで、ステンレス鋼粉末にMnS粉末やTiS2粉末をそれぞれ混合し、高温で焼き固める(放電プラズマ焼結(注5))ことで、特定の介在物が形成されるように制御したモデル試験片を作製しました。焼き固める過程で成分同士が反応するため、元のMnSやTiS2だけでなく、成分が混ざり合った(Mn,Ti)SやTiNなど、4種類の介在物が存在する試験片を人工的に作り出すことができます。その試験片に対して、マイクロスケールの電気化学計測技術を用いることで、各介在物を選択的に捉え、それぞれの電気化学特性を測定することに成功しました。
その結果、溶解電位を指標として評価したところ、MnS、(Mn,Ti)S、TiS2の順に溶解しにくくなり、TiNは溶解しないことが分かりました。MnSと比べて、Tiを含む介在物は電気化学的に安定である一方、(Mn,Ti)SはTiを含む介在物の中では比較的溶解しやすいことが明らかになりました(図1)。
さらに、モデル試験片で得られた介在物の電気化学特性と、実際のTi添加ステンレス鋼における孔食発生挙動を比較しました。Ti添加ステンレス鋼に孔食が発生する電位は、モデル試験片で測定した(Mn,Ti)Sの溶解する電位域と一致していました。また、孔食の発生位置を詳細に解析したところ、Tiを含む介在物を起点に孔食が発生し、その発生位置にMnとSの濃化(高い濃度で集まっていること)が確認されました(図2)。これらの結果から、Ti添加ステンレス鋼では、Ti添加により介在物の組成がMnSからTi硫化物へと変化する一方で、比較的溶解しやすい(Mn,Ti)Sが微量に形成され、孔食の起点となることが示されました。
今後の展開
従来、ステンレス鋼へのTi添加によってMnSがTi硫化物へ変化し、耐孔食性が向上することは知られていました。本研究では、Ti添加ステンレス鋼中に微量に存在する(Mn,Ti)Sが孔食の起点となることを示し、硫化物系介在物の組成制御がさらなる高耐食化に重要であることが明らかになりました。今後はTiと共に添加されることが多いCaの影響を解明することで、Ti添加ステンレス鋼の耐孔食性を大幅に向上させることを目指します。

図1. 各種介在物の溶解しやすさの比較。MnS、(Mn,Ti)S、TiS2の順に溶解しにくくなり、TiNは溶解しなかった。Tiを含む介在物はMnSより電気化学的に安定である一方、(Mn,Ti)SはTiを含む介在物の中では比較的溶解しやすいことが分かった。
謝辞
本研究は、日本学術振興会JSPS科研費(JP22H00254、JP25K01540)と、一般社団法人日本鉄鋼協会の助成を受けて行われました。
用語説明
(注1)ステンレス鋼
鉄(Fe)に約11%以上のクロム(Cr)を添加して耐食性を高めた鋼。
(注2)硫化物系介在物
ステンレス鋼の製造工程において完全に除去しきれない硫黄(S)と合金元素であるマンガン(Mn)やチタン(Ti)等が化合して形成され、鋼中に生成する介在物。
(注3)孔食
塩化物イオン(Cl−)などの侵食性化学種の作用により、ステンレス鋼の不働態皮膜が局部的に破壊され、孔状の小さな腐食が生じる現象。
(注4)不働態皮膜
ステンレス鋼の表面に形成される、目に見えないほど薄い酸化皮膜(厚さ数ナノメートル程度)。表面を保護し、耐食性を高める役割を果たしている。
(注5)放電プラズマ焼結
黒鉛などの型に粉末を詰めて、圧力を加えながら通電・加熱することで、短時間で緻密に固化・成形する方法。本研究では、介在物を含むステンレス鋼のモデル試験片の作製に使用した。
論文情報
著者:Jiaqi Gao*1, Masashi Nishimoto*2, Izumi Muto
*責任著者:*1東北大学大学院工学研究科 大学院生 高 嘉淇, *2東北大学大学院工学研究科 助教 西本 昌史
掲載誌:npj Materials Degradation
DOI:10.1038/s41529-026-00902-9
