プラズマによる窒素固定で月面農業を実現へ
―宇宙での食料自給と植物の健全成長を両立―
2026/05/14
発表のポイント
概要
NASA主導のアルテミス計画やJAXAによる月面拠点構想の進展により、月面での長期有人活動を支える食料生産技術の開発が重要な課題となっています。特に、月面土壌(レゴリス)には有機物や窒素肥料がほとんど含まれていないため、現地資源を活用した持続可能な農業技術が求められています。
東北大学大学院工学研究科/スペースクロステック研究センター(SXT)の金子俊郎教授、佐々木渉太准教授、大学院生命科学研究科/SXTの東谷篤志教授らの研究グループは、プラズマ技術を用いて空気から窒素化合物を生成し、特に五酸化二窒素(N2O5)を高効率に合成する技術を開発してきました。また、JAXA宇宙探査イノベーションハブ大熊隼人主任研究開発員とともに本技術の月面農場への適用可能性についての議論を踏まえ、このN2O5を水に溶かしたN2O5溶解水を月レゴリス模擬土壌に適用し、イネの生育への影響を評価しました。その結果、N2O5溶解水は窒素肥料の供給源となるとともに、アルカリ性のレゴリスを中和し、カルシウムやマグネシウムなどの必須ミネラルの溶出を促進すること、有害なアルミニウムイオンの溶出を抑制することが明らかとなりました。また、植物の窒素取り込み関連遺伝子の発現が増加し、生育が大きく向上することが確認されました。さらに、N2O5ガスの噴霧により、植物の免疫応答や成長制御に関わる遺伝子発現も変化することが示されました。本成果は、月面における持続可能な食料生産の実現に向けた重要な基盤技術となるものです。本成果は科学誌npj Microgravityに2026年5月2日付けで掲載されました。
研究の背景
NASAのアルテミス計画や欧州宇宙機関(ESA)の月面基地構想、JAXA宇宙探査イノベーションハブの「月面農場」構想など、月や火星への人類の長期滞在を目指す動きが世界中で活発化しています。こうした中、地球から食料を輸送する方法だけではコストや持続性の面で課題があり、宇宙空間で食料を自給する技術の開発が喫緊の課題となっています。
特に、月の表面を覆うレゴリスと呼ばれる土壌には、地球の土壌のように動植物の遺骸(有機態窒素)がほとんど含まれていません。そのため、植物の成長に不可欠な窒素源である硝酸態窒素やアンモニア態窒素が著しく不足しており、そのままでは作物の栽培が困難です。このような背景から、月面で食料を生産するためには、現地で窒素肥料を効率的に作り出す新しい技術が求められていました。
今回の取り組み
研究グループは、空気と水から効率的に窒素肥料成分を生成できる「低温プラズマ技術」に着目しました。プラズマは、空気中の窒素や酸素、水蒸気を電気エネルギーで活性化させ、さまざまな反応性分子を作り出すことができます。研究グループはこれまでに、少量の電力(100W未満)で、空気から直接、五酸化二窒素(N2O5)を選択的に合成する技術を開発してきました(参考文献1)。N2O5は、一酸化窒素(NO)や二酸化窒素(NO2)と比較して、水に効率よく溶解し、硝酸イオン(窒素肥料の主成分)に変化するため(参考文献2)、現地での窒素肥料生産(参考文献3)に適した物質といえます。
本研究では、このN2O5を水に溶かしたN2O5溶解水を用いて、月レゴリス模擬土壌でイネを栽培しました。その結果、一般的な水を与えた場合と比較して、イネの成長が大きく向上することが確認されました(図1A)。また、植物の窒素の取り込みに関わる遺伝子(NPF6.5/NRT1)の発現が増加することも明らかになりました(図2)。さらに、N2O5溶解水は、月レゴリス模擬土壌のアルカリ性溶出水を中和し、植物の成長に必要なカリウム、マグネシウム、カルシウムなどのミネラル成分の溶出を促進する効果があることも確認されました(表1)。一方で、植物に有害なアルミニウムイオンの溶出が大幅に抑制されることが明らかになりました(表1)。加えて、N2O5ガスをイネの葉に直接噴霧する実験では、病害抵抗性に関わる遺伝子が活性化し(参考文献4)、植物の防御システムが強化されることが分かりました(参考文献5、6)。同時に、宇宙や月面の低重力環境で問題となる徒長を抑える効果も確認されました。これらの結果から、N2O5は窒素肥料として機能するだけでなく、月面などの過酷な環境下において植物の健全な育成を支える役割も担うことが示唆されました(図1B、C)。
今後の展開
本技術は、月の土壌に不足しているリンなどの他の栄養素を効率的に供給する方法と組み合わせることで、より実用的な月面農業システムへと発展させられることが期待できます。例えば、月レゴリスに含まれている不溶性リンを溶かし出す特定の微生物とプラズマ合成N2O5溶解水を組み合わせる研究も計画しており、複数の技術を統合することで、より高度な食料生産システムの構築につながります。将来的には、水や空気の供給、排泄物の再利用など、他の生命維持システムと連携した閉鎖系での「月面農場」の実現を目指します。
このプラズマ技術は、再生可能エネルギーで稼働可能であり、化石燃料に頼らない窒素固定プロセスとして、月面での食料生産を支える重要な技術となることが期待されます。さらに、地球上においても、持続可能な農業や窒素肥料生産に伴う環境負荷の低減にも貢献する可能性を秘めています。本技術は、未来の食を支える基盤として、月面・宇宙と地球の双方において持続可能な社会の実現に寄与することが期待されます。

図1. N2O5溶解水およびN2O5ガスがイネの成長に与える影響
A:月レゴリス模擬土壌で育てたイネの様子。N2O5溶解水を与えた場合、水のみの場合に比べて生育が良好になる。
B, C:N2O5溶解水で育てたイネにさらにN2O5ガスを噴霧すると、草丈の伸びが抑えられる様子(徒長抑制)が確認され、イネの重さや密度の比較からN2O5溶解水とN2O5ガス処理を組み合わせることで、より効率的な成長制御が可能であることが示されている。

図2. N2O5処理によるイネの遺伝子発現の変化
月レゴリス模擬土壌で育てたイネにおいて、N2O5溶解水およびN2O5ガスで処理した際の遺伝子発現を解析した結果を示している。窒素の取り込みに関わる遺伝子(NPF6.5/NRT1)は発現が増加。アルミニウム毒性に関係する遺伝子(STAR1)は発現が低下。植物の防御や成長に関わる遺伝子(ACO3、CDC48E)は発現が上昇。

表1. N2O5溶解水が月面土壌(レゴリス)の溶出に与える影響
月レゴリス模擬土壌に「水」または「N2O5溶解水」を加えたとき、水の中にどのような成分が溶け出すかを調べた結果を示している。(イオン濃度の単位は、mg/Lである)
謝辞
本研究は、世界を先導する研究フロンティア開拓のためのプロジェクト「新領域創成のための挑戦研究デュオ~ Frontier Research in Duo(FRiD) ~」およびバンダイナムコグループのガンダムオープンイノベーション公認プロジェクトの支援を受けて実施されました。また、本研究成果に関する論文は、「東北大学2026年度オープンアクセス推進のためのAPC支援事業」の支援を受けました。
用語説明
(注1)窒素固定
空気中の窒素ガス(N2)を、植物が利用できる形(硝酸態窒素やアンモニア態窒素など)に変換するプロセス。地球上では微生物がこの役割を担っているが、月にはそのような微生物がほとんどいないため、人工的な窒素固定技術が不可欠である。
(注2)五酸化二窒素(N2O5)
低温プラズマを使って空気から生成した窒素化合物。酸素・窒素原子のみから構成される分子であり、無水硝酸とも呼ばれる。水に溶かすと植物の窒素肥料となる硝酸イオンに効率よく変化する。
(注3)月レゴリス
月の表面を覆う砂状の物質。岩石が砕けてできたもので、地球の土壌とは異なり有機物や窒素肥料成分がほとんど含まれていない。
(注4)月レゴリス模擬土壌
月レゴリスに近い成分や性質を持つように人工的に作られた土壌模擬物質。月面環境を模した研究や実験に用いられる。
(注5)植物免疫力
植物が病原菌や害虫などから身を守るための抵抗力。特定の遺伝子を活性化させることで、この防御システムを強化することができる。
(注6)徒長
植物の茎や葉が光を求めて過剰に伸びる現象。月面や宇宙の低重力環境では、重力の影響が小さいため徒長が起こりやすく、作物の収穫量や品質に影響を及ぼす可能性がある。
参考文献
- S. Sasaki, K. Takashima, T. Kaneko, Portable Plasma Device for Electric N2O5 Production from Air. Ind Eng Chem Res. 2021;60: 798–801.
https://doi.org/10.1021/acs.iecr.0c049152021年1月 東北大学プレスリリース
https://www.tohoku.ac.jp/japanese/2021/01/press20210105-02-n2o5.html - S. Takeshi, K. Takashima, S. Sasaki, A. Higashitani, T. Kaneko, Plasma nitrogen fixation for plant cultivation with air-derived dinitrogen pentoxide. Plasma Process Polym. 2024;21: e2400096.
https://doi.org/10.1002/ppap.202400096 - T. Yamanashi, S. Takeshi, S. Sasaki, K. Takashima, T. Kaneko, Y. Ishimaru, et al., Utilizing plasma-generated N2O5 gas from atmospheric air as a novel gaseous nitrogen source for plants. Plant Mol Biol. 2024;114: 35.
https://doi.org/10.1007/s11103-024-01438-92024年4月 東北大学大学院工学研究科 研究成果
https://www.eng.tohoku.ac.jp/news/detail-,-id,2853.html - S. Sasaki, H. Iwamoto, K. Takashima, M. Toyota, A. Higashitani, T. Kaneko, Induction of systemic resistance through calcium signaling in Arabidopsis exposed to air plasma-generated dinitrogen pentoxide. PLOS ONE. 2025; 20: e0318757.
https://doi.org/10.1371/journal.pone.03187572025年2月 東北大学プレスリリース
https://www.tohoku.ac.jp/japanese/2025/02/press20250217-01-N2O5.html - D. Tsukidate, K. Takashima, S. Sasaki, S. Miyashita, T. Kaneko, H. Takahashi, et al., Activation of plant immunity by exposure to dinitrogen pentoxide gas generated from air using plasma technology. PLOS ONE. 2022;17: e0269863.
https://doi.org/10.1371/journal.pone.02698632022年8月 東北大学プレスリリース
https://www.tohoku.ac.jp/japanese/2022/08/press20220801-01-plasma.html - R. Tateishi, N. Ogawa-Kishida, N. Fujii, Y. Nagata, Y. Ohtsubo, S. Sasaki, et al., Increase of secondary metabolites in sweet basil (Ocimum basilicum L.) leaves by exposure to N2O5 with plasma technology. Sci Rep. 2024;14: 12759.
https://doi.org/10.1038/s41598-024-63508-82024年6月 東北大学プレスリリース
https://www.tohoku.ac.jp/japanese/2024/06/press20240617-02-n2o5.html
論文情報
著者:Toshiro Kaneko*, Shota Sasaki, Daiki Suzuki, Hayato Ohkuma, Atsushi Higashitani*
*責任著者:東北大学 大学院工学研究科 教授 金子 俊郎
(ともに、同 グリーン未来創造機構 スペースクロステック研究センター 兼務)
DOI:10.1038/s41526-026-00602-3